第十二話 動き出した闇
空は暗黒の雲が広がり、天の光が差し込む隙間すらない。そんな空の下、一つの禍々しさを感じさせる城が建てられていた。鉄鋼の門に行くための橋には黒の鎧に身を包んだ兵士達がそれぞれ槍を持って渡っていく。最後の兵士が渡り切ると、ギギギギと重々しい音を立てて橋の鎖が巻き取られ徐々に上げられていく。
鉄鋼の門には矢塔に配置されている兵士が弓を手に持ち、目を光らせている。城壁には無数の茨が成長し、絡みついていた。禍々しい姿のその城のとある一室にて、黒い羽を持ち、全身を黒一色の比較的軽装の物を着ている物が一人、王と思われる男に赤いカーペットに片膝を付き、丁寧な口調で会話をしていた。
そんな城のとある部屋に一人の男がいた。男は玉座に座り、表が紫、裏が赤のマントを羽織り。強靭な体つきは見たもの全てを圧倒し、誰もが百戦錬磨と思わせる、そんな肉体を持っていた。厳つい顔からは鋭い目付きで、その眼光のみで一騎当千の戦士でさえ、尻込みしてしまうのではないだろうか?
広い部屋に玉座に座る男、魔王。魔族の頂点に立つ者として、威厳に溢れている。この世界、グランアースに蘇ってから十数年、世界の人々は既に魔王が復活したことを知っている。だが本当の目的は当本人である彼にしか分からない。分かるはずもない。人間風情に気高き魔族の心など分かる訳がない、我が心の奥底に秘めている野望など、到底分かるまい。そう・・・・・・“複数の世界を掌握”など、理解出来まい。
ニヤリと不気味に微笑む。歴代の魔王達にも不可能だった複数の世界の掌握、だが今の魔王、我には可能だ。この世界に稀に現れるという“次元の狭間”それを調査し続け、発見した。次元の狭間には世界を行き来する力がある、と。だが行き来するのには膨大な量の魔力が必要になる、しかし・・・・・・我はそれさえも何の苦も無く乗り越えていった、簡単だ。それを超すほどの魔力を手に入れれば良い。
魔王は蘇った時から魔力の量が異常なほど多かった。それこそ魔族が腰を抜かす程に。その魔力を有効活用する為、自ら魔法の道を進んだ。だが何をどうやっても闇属性以外の魔法の習得には至らなかった。しかし、魔力の多さがそれを補っていた。剣を捨て、杖を持って戦った魔王は歴代でも今の魔王を合わせてたったの二人。
殆どの魔王は剣を武器に生きた。しかし杖を武器に生きた魔王は他の魔王と比べると魔力はずば抜けて高かったのだが、それ以外が魔族の王にあるまじき低さだったので、その魔王は自らに定期的に補助魔法を掛け続け、何時でも戦闘に備えていたらしい。
しかし現魔王は杖を武器としているため物理攻撃力は他の魔王に比べれば低いが、膨大な魔力とグランアース全ての闇属性の魔法を習得したと言っても過言ではない程にまでとなった、闇属性魔法の数々。補助魔法により自身を強化し、より強くなる事が出来るのは杖を持つ魔王だけ。それも魔道書を読み、魔法を習得した魔王だけが使える補助魔法。
例えどんなに強い勇者が現れようと、その全てを蹴散らす自信が、魔王には確かに有った。それは過信では無く、自分の強さによる圧倒的な自信。早々にこのグランアースを支配し、次は新たな世界を支配していく。そして複数の世界を掌握する、世界がどれほどの数なのかは分からない、だがどれほどの数であろうとも支配する野心に溢れていた。
ククク・・・・・・と薄気味悪い笑いをしながら魔王は、先月にクローラクロス大都市に送り込んだ兵士が持ち帰ってきた情報を思い返していた。『計画は順調。武闘大会の閉会式に計画を発動可能』その計画は遂に魔王が動き出したと世界に知らしめる為の物であり、失敗は許されない。
クローラクロスを落とせば次々と周辺国に緊張が走る。時間を与え、自軍を強化されては面倒だ。そこで、クローラクロスを落とし次第、魔王軍を周辺国へ向かわせ、多数の城の同時攻略に当たる。無論、兵の質も今まで強化してきた事もあって段違いだ。ちょっとやそっとじゃ全滅など到底有り得ない。
そしてクローラクロスで行われる計画が成功すれば、国は落とせる、兵力が増す、兵の装備が新調できる、資源や資金の足しになる、などなど・・・・・・かなりの利益が見込める。それゆえにこの計画を失敗するのは認められないため、魔王直々の部下達を送り込み、計画の準備をさせていた。そして、もう直ぐクローラクロスでは盛大に舞踏大会が開催される、その閉会式の時を狙って計画を発動する。最も、その事には既に成功は決まっている。
数々の国を落とし、やがてはグランアースの掌握・・・・・・だがそれでも一つの世界を掌握したのみ、我は複数の世界を手に入れたい、次元の狭間に入れば異世界へと召喚される。
「魔族の王として、これ以上人間に負け続ける訳にはいかん! 我がここで終止符を打つ! 我にはそれを可能にする技量がある! 我には複数の世界を掌握するという野望が、計画があるのだ! まずはこのグランアースの掌握だ!! フハハハハハハハ!!!」
高らかに宣言する魔王。その声は城の至るところに轟いていった・・・・・・。
「なぁなぁエーリちゃん、今から僕と一緒にお茶でもしない?」
「え、ええと・・・・・・」
「だから初対面の相手に初っ端からナンパ仕掛けんなつってんだろうが!」
外でずっと放置されて涙目だったエーリを何とか慰め、今日中には武闘大会への参加登録を済ましておこう、と武闘大会が開かれるドームみたいな会場にやってきたは良いがその道中に英介がエーリを見てから狂ったかの様にナンパしている。エーリが若干、というかかなり引いてる。
腰まで届く金髪に赤い目、まぁ普通に可愛いんだが・・・・・・これからどうするんだよ、毎日ナンパすんのか? 流石にそれは無いだろうがコイツの事だ、絶対にやらかすだろう。何をって? 宿屋に止まれば部屋を覗く、ドサクサに紛れて変態丸出しな行動をする、フラグを立てる(死亡フラグも)などなどエトセトラ・・・・・・。
「どうやら間に合った様だな。それじゃ、参加登録してくるからエーリはここで待っていてくれ。ただし英介、テメーはダメだ」
「えー」
「えー、じゃねぇ! またナンパするだろうが!!」
「美少女をナンパしろと天からお告げが・・・・・・」
「どやかましい!!!」
英介の頭をむんずと掴み、受付まで引っ張っていく。その様子をエーリは苦笑しながら見ていた。周囲の人々は奇妙なものを見る目で此方を凝視している。
「イテテテテテッ!! 分かった! 分かったよ! 分かったからその手を話してください!!」
「やなこった」
「一蹴された!?」
受付に着く。受付の女性が頬を引き攣らせている。俺は掴んだ手に力を込め、受付の女性に英介の顔面を見せる。
「二名で参加しまーす」
「は、はいっ! に、二名様ですね!? こ此方におおおお名前をお書きくださいませっ!!」
余程怖がられたのか、ブルブルと震えた手付きでペンと紙を手渡してくる。ここでさっきからうるさい英介を頭部から手を離す、後ろに吹っ飛ばすのを忘れずに。ぐっはぁ! と聞こえてくるが、無視する。空耳だろう。
紙に俺と英介の名前と必要事項を書き終え、向きを逆にして渡す。そういえばさっきから後ろの方でギャーギャー騒いでる輩が居るな、どうにかしてくれないか? 結構声が響いてるんだが・・・・・・。まぁ、その内警備員でも来るだろう。
「はい。マコト・キシベ様にエイスケ・サイトウ様ですね? 大会は明後日の午前十時からとなりますので、遅れることのないように、お願いします。そして対戦相手の組み合わせについては当日説明いたします」
もう慣れたのかそれほど驚いている様子では無くなった。まぁ、俺の少しばかりキレていたからちょっとばかり荒々しくなってしまった。今度から気をつけるようにしよう。
「分かった」
受付に踵を返しエーリの所へと戻る。
「終わったぞ。じゃ、宿に戻ろうか?」
「え、いやあの人どうするんですか?」
「ん? 置いてく。放置だ」
ニッコリと笑いながらそう言う。若干だがエーリが頬を引き攣らせている。いいじゃないか、あんなナンパ野郎と一緒に旅なんてゴメンだね。大体アイツと宿に泊まると平気で風呂覗きに行きそう・・・・・・いや行く、絶対に行くな英介は。覗きに行かないときは、世界は終末を迎えているだろう。
「誠酷い! 何もそこまですることないじゃないかぁ~!」
「お前がナンパするからだろうが、何回も」
「ううっ、その通りです・・・・・・」
半泣き状態でヨロヨロと戻ってきた英介に正論を言って黙らせる。てゆーかコイツから変態要素を取ったら何が残る? メガネだけだろう?
「ちなみに、ナンパとかしたりする度にお前は今回の様に酷い目に会う」
「うう、善処します・・・・・・」
「ははは・・・・・・こんな人と旅するのかぁ・・・・・・」
「何だ? 嫌か? 英介と居る旅は」
英介は美少女とかと会うたびにこうなるんだ、それ以外の時は普通なんだが・・・・・・。間違い無く旅の途中で美女や美少女に会うだろうから、その度にナンパしたりするのは軽く予想できる。やはり英介はここで切り捨てるべきか? いや元の世界では一つ屋根の下、姉さんと共に世話になってた訳だし・・・・・・この性格を直そうにも方法が分からん。
「いえ、嫌って訳ではないんですけど。ほら、私って行く宛がないじゃないですか? だからマコトさんに着いていくしか無くて・・・・・・。ですけどマコトさんの友人さんですので、多少の事は我慢します」
「・・・・・・だ、そうだが? 多少の変態行為を控えるのなら、連れていってやっても良いぞ?」
それからの英介の行動は速かった。高速で飛び上がり空中で足を折り畳み、床に着地し、両手を前に突き出し、床に添える。そして・・・・・・。
「是非! お供させてください!!」
完璧なまでのジャンピング土下座だった。
「・・・・・・まぁ良いだろう。それじゃ、腹も減ったし宿に行くか」
「あ、それについてなんだけど。僕は店を売却してからそっちに行くよ、武闘大会が終わるぐらいになるかな?」
土下座の態勢のままそう言ってくる英介、ハッキリ言うとかなりシュールだ。
「それと、街を出るときは気を付けてね。何だか最近魔物による被害が後を絶たなくてね。理由は分からないけど妙に活発になってるんだ、数も増えてるみたいだし・・・・・・。街を出ることはないとは思うけど・・・・・・」
「ここに来るときは一匹も会わなかったが・・・・・・・? 運が良かったのか?」
「さぁ? 良く分からないよ」
魔物による被害ねぇ・・・・・・活発化して数も増えてる、か・・・・・・冒険者ギルドのクエストが増えてそうだな。
「・・・・・・まぁ良いか。それじゃまた明日、八時位にここに集合な」
「オッケー、じゃあね」
立ち上がった英介が、銀縁メガネのブリッジをくいっと上げる。そして一瞬だけエーリを名残惜しそうに見て、踵を返して行った。まだ懲りてねぇのか?
「・・・・・・アイツに何かされたら直ぐに言えよ? ちょっくら殴り倒してくるから」
「ははは・・・・・・手加減はしてあげてくださいよ?」
そうして俺達も夜の街を歩き、宿へと戻っていった。
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