第十一話 あの日の約束
うう・・・・・・最近書くペースが落ちているぞ俺。
「ヒラケゴマ」
英介が僅かに聞き取れる位の音量でそう呟いた。あの噂の通り、その言葉がキーワードだったらしく古ぼけた扉がカチャと鍵が開いた様な音が鳴る。金属の取っ手を掴んだ英介は取っ手を捻り扉を開けた。俺はそれに無言で着いていく。中はよく見るバー内装で結構広い、壁際には横に長いソファにテーブル、その上には何も乗せておらずガラスのテーブルが天井から吊り下がっている少し薄い光を発するランプの光を反射している。
それまでは良いが壁に並んで五台ほど配置されているスロット、同じくその隣にはルーレットが配置されていて、意外にもバーの雰囲気とマッチしている。他にもダーツやビリヤードと、広い店内に所狭しと配置されている為ほんの少し狭く感じる。ソファにお互いが対になる形で座る。銀縁メガネのブリッジに人差し指を軽く当てて口を開いた。
「さてと。まずは誠の姉さん、美咲さんの話だったね。えーと、君は死んだ、とは言っているけどコッチじゃ行方不明って事になっていて、警察で捜索が進められている。美咲さんにとっては死んでいるより行方不明の方がよかっただろう、だって行方不明ならまだ生きている可能性があるんだからね。まぁ取り敢えずは誠は死んでいない、という事で話を進めようか」
「ああ」
「それじゃ、話を始めよう」
英介は自分のバーテン服に手を突っ込み一枚の写真を取り出し、テーブルの上に置いた。それは俺と英介と姉さんの三人が写っているプリクラだった。
「美咲さんは君が行方不明になったと知り、酷く絶望していた。それはもう一日三食のご飯を一日一食しか食べなかったりするぐらいにね。で、これは流石にマズイと思って美咲さんに必死に皆で言い聞かせたんだ、誠が君を置いて何処かに行く事なんてありえない、きっとその内ひょっこり帰ってくる・・・・・・ってね。でも、余り効果は無かった。ますます状態は悪化していくばかり・・・・・・遂には部屋に閉じこもって学校にさえ行かなくなったんだ」
俺は無言で話に耳を傾けた。しかし、自分が姿を消した事で姉さんとの約束を破り、更には姉さんを絶望させてしまった。どんどん自分の心が闇に飲まれていく、大きな罪悪感に・・・・・・。
「ああ、心配しないでくれよ? 部屋の前にご飯を置いてる、一応は食べてるみたいだった。それと・・・・・・どうやら美咲さん、ずっと部屋の中で君の事を呟いているんだ。偶に部屋の前を通ると聞こえてくるんだ「誠・・・・・・誠・・・・・・」って・・・・・・呼んでいるんだよ、君を」
知らなかった・・・・・・姉さんがそこまで追い込まれていたなんて・・・・・・・。それなのに俺は嬉々としてこの世界を楽しもうとしていた。だが漸く知る事が出来た、姉さんの心境を、絶望を。でも遅かった、遅すぎたんだ、せめて転生する前に神様に姉さんの事を聞いていればこんな事には・・・・・・。
「でも、僕はこうしてこの世界に来てしまった・・・・・・。もう美咲さんの心の支えとなるのは父さんと母さんだけだ・・・・・・。美咲さんが今どうなっているのかは僕にはもう分からない、無事を祈るだけだ・・・・・・」
「なぁ、俺は・・・・・・俺達は、この先どうしていけば良い? 何をすれば良い?」
自分の声とは思えないほど、小さく、掠れて、弱々しい物だった。英介はそれに酷く悔しがっている様子で、自身の唇を強く噛み締めながら言った。
「僕達には、ただ美咲さんの無事を祈り続ける事しか出来ない。・・・・・・大丈夫さ、父さんと母さんが何とかしてくれているハズだよ。きっとそうさ。父さん特有の寒いオヤジギャグで何とかしてるって! ・・・・・・効果の程は見込めないけどね」
「ははっ、そうだな」
英介の御陰で場の空気が見違えるほど良くなった。俺も何時までもくよくよしてられないなぁ・・・・・・。今出来る事はただ祈る事、姉さんの無事を祈るだけ、今はそうしていればいいんだ、しないよりはマシだ。姉さん、アンタの弟は元気にやってるよ、だから心配しないでくれ。元の世界に居る姉に心でそう願った。
「それに、“美咲さんがこの世界に来る可能性も無い訳じゃあない”」
唐突だった、余りにも唐突過ぎて頭の処理機能が追いつかなかった、まさに俺の頭はフリーズしていたも同然だった。
「・・・・・・どういう意味だ?」
俺が声を低くして問いかけると、英介は銀縁メガネのブリッジをもう一度くいっと上げ、腕組みをしながら言った。
「まぁこれは僕の仮説だけどね。って事で聞いてくれ。まず誠と僕はこの世界に来ている、これは偶然かい? いや、偶然にしては運が良すぎる、つー事は美咲さんの後から来るんじゃね? と言う仮説だよ。確証はモチロン無いけどね」
「取り敢えず殴って良いか?」
「うわぁー! お願いだからその振り上げた拳を御収めください!!」
はぁ、全くコイツは何も変わってないな、いやたった数日間の間で何が変わるんだ? もう一度大きく溜め息を吐く。
「全く、お前って奴は・・・・・・っとそうだ。シャドーって奴から頼まれてな、お前のトコに言って届けものを受け取ってきて欲しいって言われたんだが」
「ん? ああ、これね」
英介は自分のアイテムウィンドウを開いて、一つの木箱を取り出した。
「これを渡してくれ」
渡された木箱を受け取ると、何だか中身が気になってきた。だが俺はその欲を脳内の何処かに吹き飛ばして、その木箱を俺のアイテムウィンドウにしまった。
「・・・・・・なぁ英介、一つ聞いていいか?」
話のネタが無くなり、お互い無言でただソファに座っているだけの状態だったが。不意に気になる事が思い浮かんできて、この空気を入れ替えるためにも俺は話を切り出した。
「なんだい?」
「何で英介はカジノバーを経営しようと思ったんだ? お前の事だから繁盛はしてるんじゃないのか?」
英介は顎に手を当てて言った。
「何でって・・・・・・特に意味は無いよ、カジノとバーがやりたくて、一緒にして経営してるってわけさ。で、実はここ情報屋の客もくるんだ、それ目当てで来る客も多い。実際表の店とは違ってこっちは裏の店だからね、正直あんまり客は来ないよ。頻繁に来るのがシャドーだね」
それを聞きながらソファに座る。そうか、とだけ答えて、思い出したかの様に今日のスケジュールを脳内で再生する。確か今日は武闘大会の参加登録に英介に会う、後者はもう完了した。それに時間は分からないが恐らく先程カジノに入る前は日が既に傾いていた。・・・・・・あ、エーリ忘れてた。うわー、今頃怒ってるんだろうなー。さっさと参加登録しないと参加登録が締め切られるかもしれない。
「そうだ、なぁ英介。武闘大会に出場してみないか?」
俺は何の脈拍もなく話を切り出した。口を開けたままポカンとしている表情で、突然だねぇ・・・・・・と小さくボヤく英介。
「何で?」
「そりゃ、優勝賞品だよ。シャドーが言ってたがどうやらそいつは聖剣って噂だ、それと賞金百万Gだとよ。どうだ? 参加してみないか? 大会にはタッグ戦もあるみたいだしさ」
俺はこの街を歩いている時に見つけた張り紙を思い出した。どうやらシングル戦にダブル戦、それにギルド同士がメンバーの中から五人選んで他のギルドと戦う、と張り紙に書かれていた。ギルド、と言うのは冒険者ギルドとは異なって、冒険者達が創った集まりみたいな物だろう。
「それと・・・・・・俺達と一緒に魔王を倒さないか? いわゆる冒険の旅って奴だ。どうせ儲かってないならよ、コッチに来た方が楽しいぞ? ちなみに金髪美少女も居るぞ?」
その瞬間、英介が突然ソファから立ち上がり座っている俺の肩をマシンガントークと共にグワングワンと揺さぶってきた。
「何ぃ!? 金髪美少女だとぉ!? ならこんな店とはオサラバだぜふははははは! 大会にも出場してやるさ! さぁ共に旅をしようじゃないか誠!! ひゃははははは!! 美少女サイコー! 金髪サイコー!! 遂に僕にも美少女と一緒に旅が出来るんだね! 遂に長年の夢が叶ったぞぉぉぉぉぉぉ!!! HAHAHAいやぁ誠の御陰で美少女に出会えるなんてねぇ! もう誠って実は神じゃないの? 実はそうなんじゃないの? そうなんでしょ? 縁結びの神様か何かでしょ?」
「ちょ・・・・・・やめ・・・・・・うぷっ・・・・・・」
聞こえていないのか全く反応しない英介、このままではゲロッてしまう、何とかして止めなくては。俺は渾身の力で誰もの弱点である弁慶の泣き所に蹴りを入れた。いくら攻撃力が倍になっていようが魔法使い系の錬金術師の力なんてたかが知れてるし、英介だって確か防御とかいろんなステータスが倍になってたとか言ってたから多分大丈夫だろう。
「おんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 僕の弁慶の泣き所がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
案の定、英介は俺の肩から両手を話し床の上を脛を抑えながら転げまわった。ざまぁないな。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・全く少しは落ち着けよ」
着崩れた白衣を手早く直す。今だ床で脛を抑えて芋虫みたいな状態で右を向いたり左を向いたりとして、何だか新種の生き物を見ている気分になってくる。しかもウネウネしてるし・・・・・・。
「な、なんてことをするんだぁ・・・・・・この白衣の悪魔め・・・・・・!」
「あ~あ、残念だなぁ~。どうやら俺と金髪美少女だけで旅をする事になりそうだよ」
「すんませんでした! だからそれだけはやめてください! この通り!!」
さっきまで床で悶えていたが瞬時に床に見事としか言えない完璧な土下座を披露した。何故だか負けた気がするのは気のせい?
「まぁ今回は許してやろう、だが次は情け容赦無く最上級魔法を零距離でぶっぱなすからな?」
「もう二度と絶対に何があろうともしませんッッッッッ!!!」
そう言ってもの凄い勢いで頭を下げる。勢いのあまりバーテン服からスルっと何かが落ちていく。それはやがてガラスのテーブルに落ち、カチャと音を立てる。俺はそれを手に取ってみる。どうやら落ちたものはネックレスらしく、チェーンが眩く銀色に光を帯びている。
蒼く澄んだ宝石が装飾されており、どことなく気品がある。英介はアクセサリーとかは滅多に着けていない。なのでこれはこの世界で手に入れた宝か、或いは客が忘れ物をして、その客が取りに来るまで預かっているとか?
「これお前のか?」
ネックレスを何時の間にやら土下座の状態から立ち上がっている英介に渡す。すると今まで忘れていたかのように「あっ」と声を出す。
「そうだそうだ。すっかり忘れていたよ。これを誠に渡してくれって美咲さんが・・・・・・」
「姉さんが?」
「ああ。実は美咲さんが君の誕生日が近いから何か買ってあげたいって言っていてね。それで暇を持て余していた僕を引っ張ってアクセサリー店に行ったんだ。そして美咲さんは悩みに悩んだ末にこのネックレスに決めたんだ。でも・・・・・・誕生日まで後三週間を切ったって所で君は行方知れずとなった。本当は美咲さんが渡したかったんだろうけど、頼まれたんだ。このネックレスを君に渡してくれと・・・・・・」
英介は渡されたネックレスを俺に渡し返し、受け取ったネックレスを無言で首に着けてみる。着けた直後に、俺は懐かしい安心感にも似た何かを感じ取った。
「これで僕の頼まれ事も終了だね。さて、さっさと武闘大会に参加登録しなくちゃね、締切は明日の午前零時までだからね。そう焦ることはないからゆっくり行こうよ」
「悪いがそんな訳には行かないんだよ、外でその金髪美少女が待ってるんだ」
「待たせてたの!?」
「待ってると言ってもどっかの店見てくるって言ってたからな、と言っても早く行くに越したことはない」
そして俺達は早足にカジノバーを後にし、カジノを出た。首に着けているネックレスを握り締め、姉との数々の思い出を脳内で再生しながら俺は誓った。もう二度と姉さんを悲しませない、そして姉さんの弟として恥のない生き方をする。この二つの誓いを頭に焼き付けて俺はエーリを新たな仲間、親友でもある英介と共に探し始めた。
既に日は暮れ、街頭が光を放っている。空には大きな満月が雲一つ無い空で輝いている、そして空には一つの流星が宇宙を駆けた。その光景はとても印象に残った・・・・・・。
誤字脱字、矛盾などがありましたら報告よろしくです。