4,番号で管理された人々
これは、なんかのデスゲームては、ございません。
前回は、「NHKのど自慢」の予選についてこってり語りました。
本日は本編です。
テーマはオープニング。
これ、おそらく世界の人が見ると驚くべき光景だと思います。
どんな若い子も、お年寄りも年齢を問わず。
見た目が、不良もまじめな人もテーマソングに合わせて、乱れもせず手拍子をしながら行進します。
そして定められた位置へ。(あらかじめガムテープなどで目印がつけられている。)
そういった文学の素地がある、イギリス人が見れば、この国はディストピアか?と思ってしまうような光景。
でも地方の日本社会の多様性を表し手もいる私にとって安心できる光景なのです。
また、すごいのは、観客の熱気。地元の親族一同。友達など、いつのまに作ったのかわからない横断幕まで・・・。
今、令和です。
でも、都会にいると忘れてしまった日本の心が思い返される・・・。
最高のデジタルデトックス。
さらに驚くべき事!
ここでは「名前がありません」
名乗りません。御法度なんです。
個人情報に配慮した結果出はないんです。だってずっとこれだから。
順番になったら、司会者は、
「去年なくなった天国のおばあちゃんのために歌います。」
「会社の同僚と登場です。」
「中学からの同級生です」
「地元で魚をとってます。」
「高校野球部で毎日練習しています。」
みたいな一言のナラティブ(物語)を語り、
※※※※※※※※※※※※
それに促される形で、順番がきた「素人」は、自分の「番号」を名乗り、そして「曲名」しかいえません。全部番号で管理され、そしてそれを破る人は1人もいません。
ベルトコンベアなんです。
視聴者は、横断幕などから個人情報をかろうじて見ることはできます。それは風景。自発的なものではない。
例外をのぞいては・・・。
次回例外を説明します。
同じ、共有体って本当に面倒だけど安心でもありますね。都会人というの本当に人工的につぬられて価値を共有してるのだけなのかもと思ってしまう相馬ゆうでした。
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