38,蛍の光~グランドフィナーレ~
よく考えると、なんで蛍の光なんでしょうか?
答えは出ません。
紅白歌合戦の連載も残りわずか。
あと三回で書き終わる予定です。
流れとしては紅白の終わりを考察。(今回)
次回、来年のトリを大胆予想。
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紅白歌合戦は、
結果発表
そして「蛍の光」を全員で合唱――グランドフィナーレ――
という流れになっています。
結果に対しては前回考察した通りなのですが、毎回のラストで思うことが・・・
出演者のほとんどが一斉に「蛍の光」を歌う。今回はVaundyをはじめ、通常枠で登場した人ほとんどいる。みんな「蛍の光」なのにノリノリです。衣装も新年のよう。
たくさんの人がよく考えると、意味もなく出てきて同じことをする。それだけで凄いパワフルです。
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「蛍の光」毎回指揮者の・・・おそらく日本でも有数の”指揮者”の先生が指揮すると
ChatGTPで確認すると
藤山一郎(~第43回)
宮川泰(第44回~第56回)
平尾昌晃(第57回~第67回)
都倉俊一(以降)
初代の藤山一郎さんは北島三郎さん並に紅白にでているんですね。
でも、指揮者の意味ありますか?合唱の役割分担なし――つまり斉唱スタイルですし、カラオケですし・・・。
――ダレに向かって指揮しているのでようか??
もちろん指揮の役割は0ではないと思うんですが、演出の一部。
お約束というよりはもうここまでくれば「様式美」というかんじですね。
世界中の数多のショーのラストででとられる方法ですがこの様式美をやめてしまったら抗議の電話がきてしまいそうです。
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そして盛り上がったラストが終わると、静寂のあと、「お寺の鐘」。「行く年くる年」です。
これも、カウントダウンをするわけでもなく、冷静に考えるとなにを伝えたいか分からない風景を中継した番組ですが、それを確認してチャンネルを変える人の方が多いような。
正確なデーターは確認してる訳ではないですが、紅白終了、静寂、除夜の鐘までがワンセットのような気がします。
なんか様式美ってわかっていても美しい。
なぜ、テンプレが、歴史が、繰り返しが心に残るかという根拠はわかりません。
でも、どこかで都会生まれでも地方に育っても、何となく集団で共有している景色ってあるんだろうなって。
それって誰が決めたわけでもないけれど、いつの間にか共有している誰もがもつイメージがあるんだといつも気づかされます。
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次回、紅白の来年のトリは??というテーマを無責任に考察します。
紅白の視聴者は、終わるとすぐチャンネル変えるものなのでしょうか?
それとも少し「ゆく年くる年」を確認しするもんなのでしょうか?とりあえず私は後者なので、この考察を。




