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木枯らしを肴に夜を飲む

作者: 辻堂安古市



なろうラジオ大賞参加作品です。




 



 外は冷たい木枯らしが吹き荒れ、古びたドアを揺らしている。


 俺は風で押し付けられたドアを少し乱暴に開け、バーに入った。室内に入っても風の音は薄暗い室内に響いている。



 店の奥にあるカウンターの隅で、奴は濡れた野良犬のように背中を丸めていた。目の前には手付かずの安ウィスキー。氷だけが溶けて、琥珀色を薄めている。


 俺は隣のスツールに腰を下ろし、黙ってバーボンをダブルで頼んだ。





「終わったよ」


 しばらくして、奴がグラスに向かって呟いた。


「俺はな、あのプロジェクトに、全てを賭けてたんだ。全てが上手くいっていると思ってた。それが、たった一夜でスクラップだ。今まで築きあげてきたもんが、全てパーだ。笑えるだろ?」





「笑えねえな」


 俺はオイルライターで咥えた煙草に火をつけ、紫煙を天井に吐き出す。


「だが、驚きもしない」


 奴がゆっくりと顔を上げる。その目には、敗北者特有の濁った光が宿っていた。


「あんたは強いな。いつもそうだ」


 声が錆びついていやがる。

 似合わねえ。

 全くなんて面してやがんだ。

 いつもの飄々としたお前はどこ行っちまった?





「強いんじゃない。慣れてるだけだ。この街は巨大な賭博場だ。イカサマだらけで、力を持っている奴の一言で、時々、身ぐるみ剥がされる夜がある。それだけのことだ」


 俺は自分のグラスを持ち上げ、奴のグラスの縁に軽く当てた。


「慰めてくれてるのか?」


 奴が皮肉っぽく笑った。


「まさか。傷口に塩を塗りに来たのさ」



 俺はバーボンを喉に流し込んだ。

 焼けるような熱さが胸へと下っていく。

 

 






「いいか、底まで落ちたってことは、足場ができたってことだ。地面ってのはな、蹴っ飛ばして這い上がるためにあるんだぜ」


「洒落た事言いやがんな。似合わねえぜ」


「ぬかせ。やりたいことがまだあるからこんな所で燻ってるんだろが。どうせ見限られてんだ。とっとと神でも悪魔でも蹴っ飛ばしやがれ」



 奴はしばらく俺の顔を見ていたが、やがて微かに口角を上げた。そして、目の前にあった薄まったウィスキーを一気に飲み干した。眼には、少しだけ以前の太々しさが戻ってきている。



「不味い酒だ」


「ああ、最低だな」



 俺はマスターに、もう一杯ずつ同じものを、と指で合図した。外の風はまだ止みそうにない。



「ついでにギムレットでも飲むか?」


「バカヤロウ。夜はこれからだろ?」









 木枯らしの後だ。

 明日は多分冷え込む。

 が、空は晴れ渡るだろうさ。



 

 











お前がなんかやらかしたってんなら、一発殴ってやるよ。それで十分だろ?





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