夏の音
5月末に階と付き合うようになってから、あっという間に6月もすぎ、7月も中盤になり夏休みに入ろうとしていた。
クラスでは、席替えもあり階とは離れてしまった事もあり、関わる機会が少なくなってしまった。
そういえば、先月デートというものを初めて経験した。
階も好きなアーティストが主演の映画。私も見たかったので、話が決まるのも早かった。
お昼前に待ち合わせし、牛丼を食べ
階はデートで牛丼ごめん。と言っていた。
そんな事ないのに
映画を見た。その後は感想をあーだこーだ言いながら、映画館の入っているモールの中をショッピングして回った。ウィンドウだけど。
女の子は遅くなったらいけない。と17時に家に着くように送ってくれる所が、金メッシュの見た目とは相反する真面目さで
楽しかったまた行こな。
と頭をポンポンとする階に鼓動を刺激されていた。
夏休み、階は結構バイトが入ってるって言ってたな。
親戚の家に居候の立場。自分の分くらいは稼ぎたい。という階の思いを痛いほど感じ、身体が無理していないかだけが心配だった。
私もバイトを始めたい。と母に相談した事もあった、もちろん階に影響されてだが、自分で何か役に立つ。事もして見たかった。
が、母の返事はノーだった。
夜遅くなるのは何があるかわからないのと、勉強をして、少しでも上の大学を目指して欲しい。との事だった。
もちろんそれに歯向かう訳にも行かず、あっさりと計画は白紙になった。
夏休みに入り1週間が過ぎた頃、今日は階と水族館へ行く約束をしていた。
待ち合わせは10時に駅前。昨日の夜再度階と確認し、間違いはないはず。
10時半になっても来ない。
何度かメッセージを入れて、電話をかけて見ているけれどでない。
何かあったのではないだろうか。そんなマイナスを掻き消しながら、携帯を握る。
階の家に行ってみよう。そう思い自転車を漕ぎ進めた。
階の家には前までは行ったことがある。
10分程自転車を走らせた、階が向かって来ているかもしれない。と周りを凝視しながら漕ぐ私は、周りから見たら可笑しかっただろう。
あ、階の自転車。
家の自転車置き場には、階の自転車が停まってあった。
確かこの時間は階一人のはず、チャイムを押してみようかと思っていると、中から声が聞こえた。
「出て行けや!もうくんな!」
階の怒号と共に玄関から女の人が出て来た。
階のお母さんだ
私を視界に入れたのち、何事もなかったかのようにスタスタと歩いて行った後ろ姿は、そして何より、私を見つめる目が階に似ていた。
開きっぱなしのドアの向こうで、階が呆然と立ち尽くしていた。
「階?だ、大丈夫?」
「入るか?」
階の後を追い、部屋へ入った。
ベッドに机にギターが置かれた階の部屋。
初めて入るな。
「さっきの、俺の母親。
3年ぶりくらいに顔見せたと思ったら
金せびりよった
おれ、なんでギター続けてんやろ」
そう言って見えた水に濡れたエクボは
天使ではなく悪魔にキスされたのではないかと言うくらい、消したい痣のようだった。
【空に焦がれて 明日は焼かれて
雫が 海へと流るるは
果てない旅は続くでしょう
地平線は 広大な証
いつかそこへ 着けるように
君と 着けるように】
これは階が歌ってくれた歌。ギター片手に、何度も聞かせてくれた歌。とても好きな歌。
ほぼ涙で歌っているのかすらわからない声を出しながら、私は階を抱きしめた。ただ。
「秋音はあったかいな。」
自然と重なった、初めてのマイナス距離は
階の胸の中に包まれて
鈍い痛みは、ぎごちなく固く結んだ手の温もりと階の眼差しで消えた
階の孤独が、吐息が、心が
音楽が鼓膜から脳神経を伝わり
ドーパミンをもたらし、身体中の快楽を味わうかのように
確かに私の心を包み込み、
血液となって私の身体を先の先まで巡っていた。
数ヶ月後迎える秋に、彩りを待つ青葉の様に
太陽を探しながら、二人はただ重なり合っていた。




