この結婚には、意味がある?
今日、世間知らずの王女を妻にした。
"愛さない"──こともないが、優先順位は低い。
美しさだけが取り柄の、つまらない女だから。
国王へのご機嫌取りで娶ったが、この大家門エルズ公爵家にとって、王女降嫁など大した価値もない、おまけのようなもの。
王女にも、最初に上下関係をわからせておく必要がある。
夫であるこの俺、スタン・エルズが絶対的上位者であると。
「アリア王女。いや、もう俺の妻となったのだから、アリアと呼ばせて貰おう」
初夜の衣装に着替えて待っていた新妻に、はっきりと告げる。
「俺たち夫婦の関係は、オープンマリッジとする」
花と燭台で飾った寝室で、王女……いや、アリアはキョトンとした表情で俺を見た。
この反応の鈍さ、噂通り、頭が少し弱いらしい。
「俺への干渉は許さん。わかったな?」
アリアはコクリと頷いた。
「では、今後ひとりで寝るように。気が向いたら、呼んでやろう」
言い置いて踵を返し、アリアを残して部屋を出る。アリアからの反応はなかった。
(ちっ。引き留めるなり、追いすがるなり、何か一言くらい言え)
俺は、妻や恋人には容姿のみならず、知的な会話や駆け引きも求める主義だ。
こんな手ごたえのない女ではなく、刺激のある相手を渇望している。
もう少しで俺に落ちそうな、王太子妃マデリーン様のような……。
マデリーン様は、隣国から嫁がれた艶やかな美女で、革新的な考えの持ち主。とても俺好みだ。
魅惑たっぷりな彼女の肢体を思い出し、沸き立つ興奮を咳払いで誤魔化す。
(ふふふ、新婚初夜に訪ねて行けば、マデリーン様にも俺の気持ちが伝わるだろう)
マデリーン様は、義妹にあたるアリア王女を嫌っている。
才女のマデリーン様と愚鈍なアリアでは話も合わないだろうから、それはそうだろう。婚家の小姑など、目障りなだけだしな。
マデリーン様の嫌いなアリアを、新婚初夜に放置する。
これは彼女の意にそうはずだ。
(ご褒美をいただかねばな)
マデリーン様は時折、バラを愉しむため離宮に宿泊されていて、まさに今夜はそうだ。伺うには絶好の機会。
その晩、俺は外泊し、けれどアリアからの抗議はなかった。
王女といえど六番目の娘、王宮での注目度も低く、ひっそり暮らしていただけのことはある。立場は弁えているようだ。
(その点は褒めてやっても良い)
俺は心の中で頷いた。
◇
「それでね、旦那様、ううんスタン様? ああっ、どちらでお呼びすれば良いかしら。照れてしまいますね」
食事中だと言うのに、落ち着きなくくねくねと身体をひねるアリアに、ため息が出そうになる。
新婚だし、せめて朝食くらいは、と一緒にとってやったら、よほど俺の気を引きたいとみえ、アリアはずっと喋っている。
昨晩「話せ」と思ったが、前言撤回だ。やはり黙ってろ。
「どちらでも良い。好きに呼べ」
うんざりしながら答えると、アリアはひときわ声を張り上げた。
「じゃあスタン様! わたくし、昨日はたくさんの方にお祝いのご挨拶をいただきましたの。この家の家令でしょ? それから──」
家令が女主人に挨拶するのは当たり前だろう!
どうでも良い話ばかりだ。侍従とか、騎士たちと会話したなど。
だがやたら、男の話題が目立つか?
まあいい。
婚姻関係を継続したまま、他の異性と自由に恋愛するオープンマリッジを提案したのは俺だ。
しかし托卵させるわけにはいけない。他の男の胤を育てるなんてまっぴらだ。
日々、避妊薬を飲ませるよう、家令に指示しておこう。俺はまだ、アリアを抱く気はないし。
昨日離宮に訪ねていくと、マデリーン様は実に機嫌良くいらした。
あたたかく俺を迎えてくれて、「あたしが受け入れたのだから、アリアは拒絶して」と請われたのだ。嫉妬だろうか。愛らしい。
彼女と良好な関係を続けるため、アリアは当面後回しで良いだろう。
熱い一夜を思い出し、俺が満足していると、アリアの声が耳に飛び込んできた。
「──でね? ヴィンス・シラク騎士団長はわたくしのことを、とても気遣ってくださったのです」
(ヴィンス? 聞き覚えがあると思ったら、落ちぶれた従兄の名前じゃないか。シラクという姓になった時、嘲笑ってやった記憶がある)
ヴィンス・シラクの元の名は、ヴィンス・エルズ。このエルズ公爵家の直系だった。
ヤツの父親(俺の伯父にあたる)が、エルズ公爵家の当主を務めていたが、派閥争いで敗北。
推していた第一王子の事故死責任を負わされ、辺境へと追放になった。
その後、現正妃ファビュラ様の推薦で、傍流だった俺の親父が公爵家を継いだが、早々に他界。俺が公爵家当主になったというわけだ。
ヴィンスはエルズ姓を奪われた後、騎士になり、戦場を駆けずり回ってようやく末端の騎士爵とシラク姓を得たはずだった。
(いまは団長になっているのか。そういえば王女の輿入れに、王宮騎士の隊列が付き従っていたが、あの中にいたと言うわけか?)
ははっ。笑いがこみ上げてきそうだ。本来自分が得るはずだった公爵位と王女降嫁を、騎士として護衛しなくてはならんとは。
(俺には耐えられん屈辱だな。くくくっ)
王家とエルズ公爵家の結婚式は、それはそれは壮麗だった。
末娘の結婚に、国王が張り切った結果だ。
国王の子は六人。
第一王子は元正妃・リラ妃の息子。英邁で知られていたが、母親ともども亡くなっている。
第二王子は現正妃ファビュラ様の王子。第一王子亡き後、この国の王太子となった。マデリーン様の夫だ。
第三王子はリラ妃腹。他国の寄宿学校に留学、もう何年も帰国してない。影の薄い王子だ。
四番、五番はファビュラ様が産んだ王女たちで、すでに他国に嫁いでいる。
六番目が俺の嫁となったアリア。リラ妃の最後の子で、国王にとっても末っ子にあたる。
第一王子が事故で亡くなった後、長男を喪った心痛で、リラ妃もすぐに病没した。十年前だから、アリアが八歳の計算か?
その後側妃だったファビュラ様が、繰り上がって正妃となった。
ファビュラ様とは、父の代から懇意にさせて貰っている。
俺のもとにアリアが降嫁したのは、正妃様から彼女の監視役を任された、と窺うことも出来るが……。
(ま、実際は末娘びいきな国王が、アリアを手元に置いておくために、有力貴族である俺に嫁がせただけだろう。監視など必要のない馬鹿女だからな、アリアは)
俺はカトラリーを優雅に操るアリアを見る。
リラ妃によく似ていて、国王が可愛がるのも納得だ。
朝の光の中に煌めく、柔らかに波打つ金髪。長いまつげに縁どられた大きな瞳は、どんな湖よりも青く澄んでいる。小さな鼻に、可憐な口元。白い肌は陶器のように滑らかで、程よい胸のサイズは、さぞかしこの手にフィットするだろうな。
(いつかは抱くことになるわけだが……)
もっと勿体ぶったほうが、俺の有難さがわかるだろう。
◇
これまで通り、俺はアリアを放置して遊び歩く生活を続け、ある日。
アリアが言った。
「今夜の舞踏会は、予定通りご一緒くださるんですよね」
にっこりと微笑む、相変わらず頭空っぽの妻。
「ああ。もちろんだ。国王陛下が主催される、王宮での宴だからな」
王女の婿として周囲の羨望を浴びるのは、それなりに快感だ。
マデリーン様にも会える。
俺が頷くと、アリアは嬉しそうに今夜着ていくドレスの話を始めた。生地から選んだなど、どうでも良い話を延々とする。
内心呆れたが、おしゃれに励んだことを褒めてやると、喜んだ。
名ばかりの妻に鷹揚に接する俺は、とても良い夫だろう?
しっかり国王にアピールしてくれよ?
そんなことを思いながら、夜会に臨んだ。いつも通りの、変わりない日常──の、はずだった。
◇
「きゃあああああ!」
アリアの悲鳴が、会場いっぱいに響き渡る。
後ずさったアリアが、テラスのドアを開いたまま、ホールに尻もちをついた。
「エルズ公爵夫人、どうされました?」
幾人かがアリアに駆け寄る様子を見ながら、俺は呆然と、何が起こったのか把握しようとした。
俺の腕の中にいるマデリーン様も、同様に驚いている。
アリアをエスコートして夜会に来たところまでは、問題なかった。
それぞれ別れて動き、宴もたけなわ、俺は恋仲となったマデリーン様との逢瀬を楽しむため、テラスに出た。
見晴らしが悪いため人気のない、左隅の小さなテラス。外の木立と、広間のカーテンの陰に隠れて、人がいても気づかれない。
誰も来ない場所で、けれども王宮の一角というスリルを楽しんでいたら、情事をアリアに目撃された。
あいつは俺たちを見て、悲鳴をあげた。
浮気現場を見たから?
いや、なぜだ???
俺は困惑する。
オープンマリッジであることは、互いに承知しているはずだろう?
「どうしたのだ、アリアよ」
「お父様、彼が! スタン様が王太子妃様と不倫してるのぉぉぉぉ!」
やってきた国王に、いつも通りの大声でアリアが叫んだ。
「なっ……! やめろ、馬鹿女ぁぁぁぁ!!」
俺は慌ててアリアの口をふさぎに飛び出す。
アリアを羽交い絞めにした俺を、国王が冷たく見下ろした。
俺の、仕舞いきれてない下半身を見下ろしながら、凍るような声で問う。
「どういうことだ、エルズ公爵」
「あ、いや、いえ、これはその……」
「ぐすっ、お父様。スタン様とわたくしはまだ、夫婦関係になってないのです。スタン様はわたくしのことがお嫌いみたいで……」
「何?」
「は?」
「だって一度もわたくしとそういう行為をしてないでしょう? スタン様は結婚式の夜も、別の女性のもとでお泊りになったわ」
会場の温度が一気に下がったのを、全身で感じた。
まずい。これはまずい。
「ア、アリア、何を言っているんだい? 俺たちはオープンマリッジにしようと話したじゃないか……」
彼女に小声で耳打ちすると、ぐるん、とアリアが俺に振り向く。
「オープンマリッジ。つまり開けた結婚関係。互いに"隠し事をしない"という意味でしょう? だからわたくしは会話した男性を、逐一スタン様にご報告していたわ。なのにスタン様はわたくしに秘密で、不倫してらしたなんてーっ!!」
アリアの絶叫に、俺は青ざめた。
オープンマリッジを、そんな意味でとらえていたとは。
この女の馬鹿さ加減を、見誤っていたのだ。
俺の後ろで、きっと王太子妃マデリーン様も同じお顔をなさっていることだろう。
正面には、国王の後ろで唖然としている王太子。
国王は、見たことがないほど恐ろしい顔をして、俺を睨んでいる。
(とんでもない事態になってしまった……!)
その後のグダグダは、もう言葉にしたくないほどの有り様だった。
◇
下位令嬢で遊ぶのとはわけが違う。
俺の相手は、"王太子妃"という高い地位にあった。
今回の件が知れ渡ってしまったため、不倫の痕跡に対して、厳密な調査が行われた。
その過程で、マデリーン様が国費と国家機密を、実家がある隣国に流していたことが判明。
離宮から、秘密の使者に情報を渡していたらしい。バラのための滞在は、口実だった。
王太子夫妻は離婚となり、マデリーン様は罪人として拘束された。
国民には明かしてないため大っぴらには裁けず、取り調べの末に強制送還されることになるだろう。が、故国でも二度と太陽の下は歩けまい。隣国に突き付けた激しい抗議と賠償請求から、国交が危うくなっている。責任を取る人間の中に、マデリーン様は必ず含まれるはずだ。
妃の管理不行き届きとして、王太子にも責任が及んだ。
第二王子は王太子の地位を返上。近々、遠い領地に封じられる。
次の王太子には第三王子が指名され、留学先から呼び戻されることが決定。
正妃ファビュラ様の王子が落とされ、亡きリラ妃の遺児が王統を継ぐということだ。
今後、王宮の力関係も変わっていくに違いない。
そして俺は、公爵位から降ろされた。
(くそぉっ、次の公爵がヴィンス・シラクだなんて……!)
もともと直系だったヴィンスが、公爵家に戻り、新エルズ公爵となるらしい。
そして俺の元妻、今回の騒ぎの原因を作ったアリアは……。
(エルズ公爵夫人のままだと?!)
俺との婚姻が白い結婚だったことを、使用人たちが証言。
王宮医の確認の後、婚姻は無効とされ、アリアとヴィンスが希望した結果、彼女は新エルズ公爵の……、つまりヴィンスの妻となることになった。
(そんなバカげた話があるか? アリアが騒ぎさえしなければ。いや、最初の夜に、オープンマリッジの意味をきちんと理解させておけば)
だがもう、どうにもならない。
俺は名もない平民に落とされてしまい、公爵家どころか、どの貴族家の門もくぐることが出来ないからだ。
「スタン・エルズ前公爵様は、闘病中の薬が合わずにお亡くなりになった。貴様ッ、平民の分際で、前公爵様の名を騙るとは、投獄されたいか!」
門番に怒鳴られ、槍で追い払われるなど、初めての経験だった。
公爵としての俺は、表向き、"狂人"として死んだことにされてしまっていた。
王家の権威と名誉を守るため、"気がふれたエルズ前公爵が王太子妃を襲い、精神を治療中に死亡した"。
そう公表されたらしい。
(とんだ汚名だ。あの女、マデリーンだって喜んで俺に身体を差し出してきたくせに)
もし王太子妃の罪が不貞行為だけだったら、俺だけを犠牲に、揉み消すつもりだったかも知れない。それならまだ、王太子の地位は守れた。
利敵行為が発見されたから、有耶無耶に出来なくなっただけだ。
(ぐッ)
肩に担ぎあげた荷が、重く食い込む。
働かなければ、今日一日の飯にさえありつけない。
(アリアめ。あいつが馬鹿すぎたせいで、俺が日雇いの仕事なんかをするハメに……)
腹が鳴る。服が臭い。汗が汚い。ヒゲも伸びた。見窄らしい。
(こんなみじめな姿は俺じゃない。これは夢だ。悪夢だ。早く覚めてくれ──)
天頂の太陽が容赦なく照り付け、俺の足元に奈落のような黒い影を落としていた。
◇◇◇
「アリア奥様。オープンマリッジとは、夫婦がお互い以外のパートナーと、自由恋愛を楽しむことだそうですよ」
わたくしの髪を結いながら、侍女長が告げてくる。
エルズ公爵夫人のための部屋。当主が代わっても、ここはわたくしの部屋のままだ。
「まあ、そうだったのね。でももう、すべて終わったことよ」
単語の意味を初めて知ったフリをしながら、侍女長の話をさらりと流す。
新婚初夜にふざけた提案をしたスタンと、わたくしの認識が噛み合っておらず、"夫に冷遇されながらも貞淑に尽くそうとした公爵夫人"。というのが、世間が知るわたくしの姿だ。
だってそう見せるよう、振舞ったもの。
(結婚初日にスタンが"オープンマリッジ"なんて提案を持ち出したのは、さすがに予想外だったけれど……)
それがなくても、あの男の末路は決まっていたから、関係ない。
ファビュラ妃に与し、お母様を毒殺した功績で、公爵家を手に入れた男の息子。
父親ほどの頭脳もなく、警戒心もガバガバ。けれど自惚れだけは人一倍だった。
(スタンはファビュラ妃を味方だと信じてたようだけど、自分の父親が早世した原因を知らないのかしら)
"リラ妃暗殺"を知る者は、少ない方が良い。
生かしていては、いつ寝返るかわからない父親を殺し、操りやすいスタンを公爵家当主に据えたファビュラ妃。彼女の手は血に塗れてる。
(でも、愚かすぎるスタンのせいで足を引っ張られるまでは、想定外だったみたいね。ましてや息子が王太子から外されるなんて、思ってもみなかったでしょう)
彼女の大切な第二王子は失脚したけれど、いつまた返り咲くかわからない。
(……復帰なんてさせないけど!)
昔のようにやられるままの、わたくしじゃない。
大兄様の事故は、ファビュラ妃が仕込んだものだった。
お母様も毒殺された。
ちぃ兄様は他国の学校に追いやられた。
まだ子どもだったわたくしは恐怖に震え、そんな中、力づけてくれたのは、兄様たちの学友だった公爵家のヴィンス様。
大兄様こと第一王子派だったヴィンス様とその父君は、しかし、ファビュラ妃と第二王子によって、エルズ家から追い出されてしまった。
わたくしも王宮に閉じ込められていたから、ヴィンス様とはお会いできないまま数年。
ヴィンス様は騎士となり、実力で這い上がってらっしゃった。
騎士爵と新しいシラク姓を足掛かりに、騎士団で成果を出され、ついには騎士団長へ。
たとえお会いできなくてもヴィンス様のご活躍を聞くだけで、わたくしの胸は弾み、励みとなった。
そんなヴィンス様は、第三王子であるちぃ兄様と、密かに連絡を取り合っていたらしい。
ちぃ兄様は留学先で味方を増やし。
ヴィンス様は国元で王宮中枢に入り込む。
彼らの連携を知ったのは、王宮騎士となったヴィンス様が、わたくしに接触してくださった時。
"必ず巻き返す。何としてでも生き延びてくれ"。
ちぃ兄様からの伝言を、ヴィンス様は届けてくれた。
驚いたのは、その後のお言葉。
ヴィンス様は真剣な表情で、わたくしに言った。
「私も第三王子と同じ気持ちです。あなたに平穏な生活と栄光と取り戻すため、力を尽くします。だから、待っていてください、アリア王女」
わたくしを労わり、"ずっと守りたい"と告げてくれた。
ご自分だって家と爵位を追われ、苦労されているのに。わたくしたち兄妹のために、動いてくれている。
胸が熱くなった。
わたくしにも出来ることがあれば、ふたりを手伝いたい。
決意したわたくしは、ひっそりと生きるのをやめ、表舞台に出るべく父王に強請った。
「わたくしを、エルズ公爵家に嫁がせてくださいませ」
周囲に頭の緩い、甘えん坊の末娘として認知させているのだ。この立場を利用しない手はない。堂々と、何度も願い出る。
意外にもファビュラ妃は妨害してこなかった。彼女には、わたくしを"取るに足らない娘"と思い込んで貰っているし、子飼いのスタンのもとに降嫁するなら、より御しやすいと考えたのかもしれない。
だけどわたくしは、ファビュラ妃が知らない、スタンのよこしまな恋慕を掴んでいた。
スタンは王太子妃マデリーンに気がある。
マデリーンといえば、叩けばいくらでも埃が出る小物。
彼らにはぜひ、効果的に踊って貰いましょう。
そしてスタンを追い落とし、エルズ公爵家をヴィンス様に取り戻して差し上げる。
そうすればヴィンス様が使える権威も、彼の守りも、ずっと強固なものになる。
いずれお戻りになるちぃ兄様にとっても、味方は強い方がいい。
わたくしのしつこい頼み込みに、ついに父王が折れた。
「確かに、我が国きっての公爵がいつまでも独り身では、様にならんな」
こうして結ばれた縁組だけど、スタンは最初から、わたくしを舐めきっていた。
予想通りわたくしを放置して、マデリーンへの猛アプローチを開始する。
マデリーンはこれまで、わたくしをストレスの捌け口として嬲っていた女。
奥向きを取り仕切るファビュラ妃が許しているのを良いことに、わたくしにワインを浴びせ、突き飛ばし、ドレスをすり替える。とにかくあらゆる嫌がらせを繰り返してきた。
そんな性格だから、優越感を味わうために、わたくしの"夫を奪う"という行為に出た。代償も考えず、楽しむためだけに、スタンの手を取ったようだけど。
「きゃあああああ!」
夜会に響く、声量いっぱいのわたくしの悲鳴。
本当に驚いた時には、声なんて出ない。
予定調和だから、最大音量を出せるのだ。
わたくしは、お腹いっぱいに吸い込んだ空気を、日ごろ鍛えた腹筋で力の限り絞り出し、悲劇の新妻を演じる。
ここまでお膳立てすれば、あとの展開は、あっという間だった。
*
*
*
「いかがでしょうか? ご希望通りに結えておりますでしょうか?」
鏡台の前で、侍女長がわたくしに問う。
「とても素敵だわ。ありがとう」
整えて貰った髪に、気に入りの飾りを挿し、わたくしは自分の姿を確認した。
髪飾りに光る宝石は、ヴィンス様の瞳の色だ。ドレスの色も揃えてある。
「そうそう、寝室のろうそくは新調してくれた?」
「はい。ご命令通り、奥様が輿入れの際お持ちになったものは、すべて廃棄いたしました」
スタンに指一本触れさせないよう、眠りを誘発する特別なろうそく。ヴィンス様との間には必要ない。
わたくしはにっこりと微笑んだ。
「今日はヴィンス様がお屋敷にご帰還される日だから、しっかりとお出迎えしないとね」
「正当な主のご帰還を、使用人一同、心より喜んでおります」
一歩下がった侍女長が、後ろに並ぶ使用人たちと共に頭を下げた。
先々代公爵の家族に仕えていた使用人たちは、スタンたち親子を快く思ってなかったようで、当主交代に館が活気づいている。
(わたくしの心も、色めいているわ)
スタンに嫁いだあの日。花嫁の護衛として寄り添ったヴィンス様は、誰の耳にも聞こえない声量で、わたくしに言った。
「もしお辛いなら私に命じてください。何もかも投げ捨てて、あなたをお救いします」
彼は、王命による結婚に、わたくしが逆らえなかったと思っている。
「大丈夫です、ヴィンス様。わたくしを信じて、待っていてくださいませ」
言葉を返すわたくしを、悲痛な面持ちで見つめてくださったヴィンス様。触れることが出来ない手の代わりに、わたくしたちは視線を交わし合った。
いつまでも、離れがたい思いで、視線を外すことが出来ない。
でも周りの人間に怪しまれるわけにはいかない。そっと目をそらし、視線がほどけた辛さに、胸を引き裂かれた。
あの時わたくしは、自分の奥に眠る特別な気持ちと、彼がわたくしに向けてくださっている想いが、同じ種類のものだと知った。
これからは誰憚ることなく、ヴィンス様に伝えることが出来る。
わたくしが愛しているのは、あなただけだと。脇目もふらず、ただあなたひとりだけを愛し抜くと。
オープンマリッジなんて、おとといきやがれ! ですわ。こほん。いまの口の悪さは聞かなかったことにしていただくとして……。
表がざわめき立つ。ヴィンス様がご到着されたみたい。
「さあ、お迎えにいきましょう」
わたくしは公爵夫人の部屋を出て、気が付くと駆けながら。
恋しいヴィンス様の元に急いだのだった。
お読みいただき有難うございました!
先日「オープンマリッジ」という単語を知りまして。「何それ、みんな知ってたー?」と言いたいがためだけにしたためた短編。なのに、私史上初と言っていいくらい、キャラ多いの…。
ややこしくてすみません。
大兄様は第一王子、ちぃ兄様は第三王子で、アリアと同腹の兄妹になります。
【補足】
◆王家
第一子(王子(元王太子・死別))、第三子(王子)、第六子(王女)がリラ妃の子ども
第二子(王太子)、第四子(王女(嫁ぐ))、第五子(王女(嫁ぐ))がファビュラ妃の子ども
◆エルズ公爵家・代々当主
先々代公爵(ヴィンス父(兄・直系・死亡))─先代公爵(スタン父(弟・傍流・死亡))─公爵(スタン(失脚・傍流))
騎士団長ののち公爵兼任(ヴィンス(直系))
この家系の流れはおかしい、などありました場合は、「この世界ではこうらしい」と受け止めていただけますと幸いです。
なお、本作品では、異世界の言葉を現代の単語に置き換えております。
オープンマリッジは、アリアの世界ではたぶん違う文字列……。
あとR15つけてますが、子どもがのぞいてもギリ大丈夫、くらいに仕上げていますので、オープンマリッジの解説など少し意訳しています。気になる方はお調べください。
「俺たちの戦いはこれからだ」的なとこで終わりましたが、ファビュラ妃には勝つ予定。
お話を楽しんでいただけましたら、下のお星さまを色づけて応援いただけますと、めっちゃ喜びます♪ どうぞよろしくお願いします!!ヾ(*´∀`*)ノ




