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濡れた壁【夏のホラー2025】

作者: 江渡由太郎  原案:J・みきんど

【濡れた壁】ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なあ、あの部屋、やっぱ変じゃねえか?」


 寮の廊下を歩きながら、親友の瀬川が囁いた。

「五号室、壁、濡れてたって……昼間、掃除当番の北原が言ってた」


 俺、あつしは言葉を濁した。

 知っていた。否、気づいていた。自分の部屋――五号室の壁が、じっとりと濡れていることに。


 窓も開けていないのに、カーテンの裏が濡れている。

 触れた掌が、じゅるりと音を立てて水気に染まる。

最初は結露かと思った。けど……臭い。土と藻と、腐った水槽のような臭い。


 夜、天井から水滴が落ちてきて、頬を濡らした日があった。

 目を開けると、布団の上に立っていた。誰かが。

――いや、"何か"が。


 その足元が、水浸しのままだったことをあつしは今でも覚えている。

 真夜中に、びちゃりびちゃりと濡れた音が、部屋の隅から聞こえる。

 見に行く勇気などなかった。ただ布団をかぶって震えた。


 けれど、その音はあつしの耳元まで近づいてきた。

 濡れた髪が、あつしの首に垂れてきて、冷たい雫が背中を這った。


 その日以来、壁がどんどん黒くなっていく。

 湿り気では済まされない。カビではない。

 "人の顔"のようなものが浮かんでいる。

 女の、ぐちゃぐちゃになった、見開いた目。


 ある晩、夢の中で、水に沈んでいく部屋を見た。

 天井から天井へ、水が満ちていく。逃げようとするが足が動かない。

 壁の中から、両手が伸びてくる。

 あの目。壁の女が、あつしの腕をつかんで沈めようとしている。


「返して……返して……返してよぉ……!」


 その声が耳の奥で繰り返される。

目を覚ますと、布団がびしょびしょだった。

俺は一度だけ、声の主を見た。


――髪の長い、びしょ濡れの女子高生。

 制服が水に貼り付き、首から下が、ありえないほど曲がっていた。


「あなたが、持っていったんだよ……あの時、石を……」


 思い出した。

 中学の頃、肝試しで立ち入った"深町ダム跡"。

 そこに沈んだ旧校舎の慰霊碑の石を、一つ、記念に持ち帰った。


 あれからあつしの周りで変なことが起き始めた。

 当時のメンバーの一人が首を吊り、もう一人は行方不明。

 あつしはそれを、全部偶然だと見ないふりをしてきた。


 今、そのツケが――五号室の壁に現れている。


 瀬川がある日、部屋の前で立ち尽くしていた。

「おい、あつし……お前んとこの壁、動いたぞ……」


 あつしは、逃げられない。

 壁の女は、俺が返すその日まで、ずっとそこにいる。

 今日もまた、天井から落ちる水が、あつしの目を覚まさせる。


 振り返ると、壁から顔が覗いていた。

 目だけが、開いて、あつしをじっと見ている。


 じゅるり……と壁の音が鳴った。

 もう、外に出ても水音がついてくる。

 寮を出ても、駅のホームでも、家に戻っても。


 雨の日でもないのに、あつしの足元には、ずっと……

濡れた足跡が続いている。





#夏のホラー2025

#ホラー小説

#ホラー短編小説


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