第七章 静寂を揺らす悪意、夢の街に忍び寄る刃
リアナが、朝の空気を吸いながら眉をひそめた。
「風の流れが少し…違う?」
リディアは広場に視線をやる。花の香りが薄く、街路樹が微かに揺れていた。
ジロウは店の外で、仕入れ帰りの荷物を背負いながら空を見上げた。
(空気が重い。まるで……大気が沈んでいるみたいだ)
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「昨日までと明らかに違うわ。これは自然の揺らぎじゃない」
エレシアが厨房の扉を押しながら口を開く。
「この感覚……魔核か? いや、それよりも……もっと厄介な“何か”の波動」
彼女の目は、ただの店員ではなく“王”のそれに戻っていた。
「エレシアさん…まさか、何か起きるんですか?」
リディアの問いに、エレシアはほんのわずかうつむいてから答えた。
「この町の地下に……精密に仕込まれた何かがある。今までは静かだったが、昨夜から脈動が強まってる。目覚めの前兆、かもしれない」
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その時――
「ジロウさーん!大変ですーっ!」
市場から駆け込んできたのは、いつも店に来てくれる町の雑貨屋の少年だった。
「井戸の水が、真っ黒なんです!しかも、鳥が近づくと……バタって……!」
「……魔素だ」
即座にエレシアが断言した。
「しかも、ただの魔素じゃない。汚染された“呪核”の気配。誰かがこの町の命脈に干渉してる」
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「どうする、ジロウさん?」
リアナの目は、冗談もない真剣なものだった。
「戦う? 逃げる?」
「逃げるって選択肢、最初からないでしょ」
ジロウは笑った。だがその瞳は、どこまでも冷静で、鋭かった。
「この町は“帰ってくる場所”なんだ。ここを奪われるなんて、冗談じゃない」
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「……準備するぞ。俺は地下に行って“それ”を確かめる。
リアナ、リディア、エレシア。三人は町の人たちの誘導と避難を頼む」
「了解!任せて!」
「わかりました。誘導経路は北口が最も安全です」
「ふん、私に指図するとはいい度胸だな……だが、命令通りにしてやろう」
エレシアはジロウと目を合わせると、ほんの少しだけ、頬を緩めた。
「無事に戻ってこなかったら、許さない」
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ジロウが地下道の蓋を開けた瞬間、ぞわりと背筋を這う悪寒が走った。
(これは……ただの呪核じゃない。人為的に“育てられた”魔核か)
そして、闇の奥から聞こえる声――
《ようやく来たか、“元・勇者”。お前の帰る場所など、この街ごと、闇に塗り替えてやる》
「……なるほど。これは、ただの災厄じゃない」
「誰かの、悪意だ」
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その頃、町ではリアナが子どもたちの手を取り、
「大丈夫だよ! ジロウさんは絶対負けないから!」と叫びながら走っていた。
リディアは町の高台に立ち、誘導の合図を冷静に指示する。
「こちらに来てください。南側に抜け道があります!」
エレシアは空を見上げていた。
「これが……“人の町”か。守るべき居場所。まったく……面倒な気持ちになったもんだ」
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そして、地下でジロウが見上げた魔核は、まるで生きているように脈動していた。
その中心に立つのは、仮面をつけた女――
「“楽園”とは、素晴らしい名だ。だが、楽園はいつか崩壊する。私は、それを見届けたいだけよ」
「……残念だな。俺は、“誰かの幸せの場”を、まだ壊され慣れてない」
ジロウの拳が、静かに構えられる。
――次章、戦火はついに“美食家の楽園”へ。
希望か、崩壊か。
笑顔を守るための、最初の戦いが始まる。