第二十一章 沈黙の谷と、封じられた料理魔法
冷たい霧が、辺りを包んでいた。
ジロウたちは、馬車を停め、岩陰で風を避けながら進んでいた。
「……音が、消えてる」
リアナが声を出したつもりでも、その声は風にすら届かない。
この地――沈黙の谷は、古の魔術により“音の魔法”が封印された禁域だった。
「……この空気、音波が完全に遮断されている」
リディアが無音で唇を動かし、小さな魔石板に文字を映す。
『視覚コミュニケーションでいこう。合図はこの動きで』
(指三本で「警戒」、手を挙げて「停止」、包丁ポーズで「行動開始」)
イヴァは魔眼で周囲を見回しつつ、呟くように笑う。
「……こういう静けさも、悪くないわ」
ジロウは頷いた。
彼もまた、昔、集中して包丁を研いでいた深夜の厨房を思い出していた。
古代調理魔法の遺跡
谷を進んでいくと、岩壁の向こうに古びた石扉が現れた。
そこには、かつてこの地に存在した“調理魔法学派”の痕跡が残されていた。
リディアが解読しながら小声でつぶやく。
「……“最後の晩餐を知る者のみ、扉を開けよ”……?」
「要するに、答えは料理ってことだな」
ジロウはインベントリから素材を取り出し始めた。
霧がかった中でも、香ばしい香りが立ち込めていく。
リアナとリディアが準備に加わり、イヴァが岩の上で皿を冷やしながら笑う。
「……さて、異世界流“静寂のディナー”、始めましょうか」
封印が解かれた瞬間
ジロウが作り上げたのは――“聞こえない料理”。
蒸気の立ち方、彩り、皿の余白、食感すら視覚に訴える、五感のうち「聴覚」以外で完結する完璧な皿だった。
皿が扉前に置かれた瞬間、淡い光が放たれる。
キイイイ……ン。
霧の中、封印が砕けた音が、ようやく耳に届いた。
「……音が、戻った……!」
リアナの声が響いた時、ジロウは微笑んで言った。
「“静けさ”も調理のうちさ」
謎の少女との邂逅
開かれた扉の先にいたのは、一人の少女だった。
灰色のローブ、青い瞳、長い白銀の髪。
「……あなたが、ジロウ?」
その声は、まるで水面に揺れる月光のように澄んでいた。
「私は“ノエル”。この世界における、“最初の転生者”」
ジロウたちは静かに目を見開いた。
「ようやく……あなたが来てくれた。すべての“召喚”の、本当の意味を話す時が来たわ」




