第十章 王都より召喚状、記憶とレシピの封印
「王都からの召喚状……か」
ジロウは焚き火の前で、文面を何度も読み返していた。
“記憶および記録管理に関する聴取”――
要するに、過去の異世界召喚と、彼が知る“特別な何か”について話を聞かせろということだ。
(ついに来たな……俺の“最初のレシピ”に触れてくる気か)
朝。店の準備をしていたヒロインたちに、ジロウはそっと告げる。
「王都に行ってくる。たぶん、すぐには帰れない」
「……ふーん。それで、私たちを置いてくつもりだったの?」
エレシアが組んだ腕をじっと見つめたまま解かない。
「いや、今回は俺ひとり――」
「ダメ。行く」
即答だった。
「そりゃあたしも行くに決まってるでしょ!」
リアナが拳を振り上げる。
「ジロウさん抜きで楽園の味、守れるわけないじゃん!」
「姉さん、店はどうするんですか」
「お店は、王都で“臨時支店”開いちゃえばいいよ!」
「……発想がすごい」
リディアは呆れながらも、しっかりと鞄にスパイス瓶を詰めていた。
ジロウは、ふっと息を吐く。
「……ま、こうなると思ってたけどな」
*
王都――それは、かつてジロウが初めて異世界に召喚された場所。
重厚な石造りの街並みに、見上げるほどの魔術塔、中央広場には“歴代の勇者”の像が立ち並んでいた。
「懐かしい……けど、なんか胃が痛いな」
「王都って、空気もかたいんですね」
リディアがメモ帳を片手に、街並みをスケッチしている。
「ジロウさん、あの像に似てる人いますよ!ほら!」
リアナが無邪気に指さすその銅像は――
“初代召喚勇者・ジロウ”と刻まれていた。
「え、ジロウさん、あれ……」
「10年前だ。あのときのこと、あんまり覚えてないけどな」
彼らが向かったのは、王都魔術研究局。
重たい扉を開けると、待っていたのは黒衣の老魔術士だった。
「ようこそ、ジロウ殿。いや、“記憶を封印された者”と呼ぶべきか」
「……やっぱり、そういう話か」
「かつてあなたは、異世界召喚の連鎖を断つために、“最初の料理”を封印した。
それは、異世界と現実を繋ぐ鍵となる――“世界を変えた味”。」
「それが、俺の記憶に?」
老魔術士は静かにうなずく。
「近年、呪核が自然発生ではなく“人工的に増やされている”事例が複数発生している。
封印された“あのレシピ”が、何者かに狙われているのだ」
ジロウは拳を握った。
(“最初のレシピ”――忘れたはずの、あの味……
あれは確かに、どこかで世界を救った。誰かの心を繋いだ――)
「頼む。再び、あなたの記憶の扉を開いてほしい。
それが、“世界を守る最後の手段”になるかもしれない」
その時、ジロウの中で何かがわずかに軋んだ。
浮かぶのは、異世界の城の台所。
香るのは、ほんのり甘い、あの懐かしい――
「……わかった。俺、思い出してみるよ。“あのレシピ”を」
その瞬間、街の空が急に曇った。
空にうっすらと浮かぶ黒い魔法陣。
「これは――魔核反応!? 王都上空に……!」
エレシアが魔力を感じ取り、顔色を変える。
「まさか……!」
ジロウは、静かに上着を脱いでエプロンを締めた。
「さあ、営業再開だ。
この街の食卓も、守ってやらないとな」
――“美食家の楽園”、今度の舞台は王都。
世界の味覚と歴史が、再び“料理”で交差する!