第3話 2年1組 三浦先生の憂い
「にゅっふふふ。わったしの、ぱーとなぁAIちゅわぁーん! よろしくねっ」
浮かれておかしなテンションにはなっているが、惣賀 天麗は美少女だ。すれ違いざま振り返る生徒が多いのは、彼女の発する奇妙な言葉に驚く者と、見惚れる者の両方がいるからだろう。
「あなたがわたしのモノになるなら、おとーさんの我儘も許せるってものよね! にゅふっ、にゅふふっ」
朝のホームルーム5分前。予鈴を耳にしながら教員と 天麗の進む学園の廊下は、慌てて教室へ飛び込む生徒らの喧騒があふれている。
だから聞こえないと思っているんじゃないだろうな――と、 天麗の担任となる男性教師・平瀬は頭を抱え込みたい衝動をじっと堪える。彼女一人なら、そこまでの苦悩は無いだろうが、彼の担当する一組にはもう一人、彼女と同種であろう生徒が居るのだ。
「惣賀さんは、とってもパートナーAIが好きなんだな」
「好きなんてっ! そんな平坦な言葉で言い表さないでくださいよぅ。未知への憧憬、最先端への賛美、わたしと言うしがない14歳に心底連れ添ってくれるかけがえのない素敵なぱーとなぁへの敬愛盛り盛りなんですからっ!」
「そ、うか。やっぱりそうなんだな」
「うにゅ?」
「いや、他意は無いんだ。ただ、よく似た生徒が……惣賀さんとはとってもフィーリングが合いそうな生徒の顔が浮かんでな――」
「誰ですっ!? え、同担断固拒否ですよ。ぱーとなぁAIちゃんはわたしのものですから」
「同担? いや、彼には彼のAIが有るから」
「ならば問題ないです。ちゃんと仲良くできます」
おかしな自信を見せ付けられたところで、ちょうど目当ての教室に辿り着いた。生徒らは全員席に着いたのか、教室前後の扉はしっかりと閉じられ、中からは微かな話し声が聞こえるだけだ。
「じゃあ、挨拶の準備は良いか?」
「オケです! AIちゃんと過ごすため、わたしは頑張りますっ」
タブレットを胸に抱え、反対の手でビシッと敬礼を決めた 天麗に、平瀬も思わずピンと指先を伸ばした手を、額の前に掲げる。
「ではっ、行きまっしょぅ! って、平瀬センセ何やってるんですか」
年甲斐もなくツラれて取った敬礼ポーズに、羞恥でしゃがみ込んだ平瀬だ。半分は君のせいだろうと云う言葉を飲み込んだ平瀬の頭に、 天麗の呆れ返った視線が降り注ぐ。
「いや、うん。ちょっと惣賀さんに振り回される未来が見えて、目眩がしただけ」
「おぉっ、未来が見えちゃうだなんて! さすが最先端を行く学園の先生はチートですねっ」
「うん、違うけど、そういうことにしといて」
職員室から教室までの短時間で、平瀬は一コマ授業を済ませたくらいの疲労感に見舞われている。気付きたくなかったが、この惣賀 天麗は、周囲を巻き込む天性のモノがあるらしい。
「がんばれ(……おれ)」
「はい、準備万端ですっ」
からりと、軽やかな音を立てて教室への扉が開く。
輝かしい前途へ向け、揚々とした思いに顔を輝かせた 天麗は、ついに一歩を踏み入れた。
不可解な事件の起こりつつある、私立多聞学園中等科 2年1組の教室へと――。