第10話 ちょっとヤな感じ?……のする席替え
教員の間で、若い三浦のフットークの軽さは、長所と捉えられている。
けれど、立場変わって生徒からの評価はまた別で——世の中に不偏の価値など存在しないのである。
新年度ひと月どころか半月を経ずして行われた席替えは、予告されていたとは言え天麗にとって驚天動地に近しいものでしか無かった。
翌日朝のホームルームでその席替えは早速行なわれたのだ。
しかも、視力などの要素もしっかりと盛り込みAIに算出させた、最適解のレイアウトらしい。担任の三浦は、自信満々に「文句ないだろう」と胸を張っている。
「薮りんの、あの鮮やかな手捌きを見守る、稀有な機会を取り上げるなんてっ! ミュウーラはなんて無慈悲なことをするのよぉっ」
最前列、中央の席でブツクサと文句を言う天使こと天麗に、新たにお隣さんとなった碇 亜美が呆れ返った視線を寄越す。
「あんだけ騒いだんだから、アタシは仕方ないと思うけど? それよかこんな先生の真正面だってことに文句は無いわけ?」
「先生との相対的位置関係よりも、周囲の人間関係の充実の方が、わたしには重要なのです!」
言ってから、ハッと息を呑み、目を大きく見開いて亜美をまじまじと見詰める。改めて向き合えば、顔だけは美少女天使な天麗に、今度は亜美が息を呑む。
「そう言えば、碇さんはAIについての造詣はいかほどなのでしょうか!? 昨日は薮りんの神タッチに夢中で、皆様への興味は後回しになっていましたが……それはそれで、とても勿体無いことをしていました!
というわけで、気分も新たに友好を深めたいのです。個人を思い遣り、めいっぱい親身になってくれる最先端AIへのお考えは!?」
「アタシの使い方なんて普通だよ。勉強の補助とか、ちょっとした相談とかだけ。
薮がちょっと……アタシらの理解を超えてるだけだよ。ね? 稜斗」
「え? なんだって? 亜美」
天麗とは逆の隣の席を向いて、亜美が男子生徒に同意を求める。サラリと呼んでいるが、下の名前を呼び捨て合いにしている。
「もしかして、カレピですか?」
「普通に仲が良いだけよ、もぉ。恥ずかしいわ、ね?」
意味深に否定でもない言葉を返す亜美は、満更でもなさそうに頬を染めて、稜斗の方を見ている。
新たな友達ゲットのチャンスかと思いきや、どうやら彼女は、反対隣の来生 稜斗と懇意のようだ。この状況であまり話し掛けては、友だちになるどころか、彼女らの不興を買うに違いない。
(早速ボッチは嫌なんだけどなぁ。この学校なら、趣味の合う子が居ると思ったのにぃ)
ションボリと肩を落としつつ、救いを求めて亜美とは逆を向けば、既に男子同士の気の置けないコミュニティが出来上がっている。
ならば後ろ、と振り返ったところでバチリと大きく見開かれた瞳が、目に飛び込んできた。
(ツインテール女子、怖っ! えっ、わたし、何かやらかしましたかぁっ!?)
強い視線は好意的なものではない。慄き、涙目になっていると、僅かに相手の視線が揺らいで、今度こそハッキリと天麗を捉える。ギクリと表情を強張らせて、顔を逸らされてしまった。
どうやら、彼女が見ていてのは天麗ではなく、隣の亜美——そしてひょっとしたら、来生 稜斗も含めてなのかもしれない。
(ジェラシーってやつですかねぇ? ふむ。確かに来生さんは、スッキリ整ったお顔ですもんね。ま、ソレだけですけど)
チロリと、興味を惹かれてやまない薮の方を見遣る。彼は列の最後尾、後方扉横の席でタブレットに視線を落として作業に没頭中で、一瞬も視線は合わない。
カカカカカカ……
と、背中を丸めて、画面にダイブしそうな姿勢のままキーボードを叩く姿は、見れば見るほど齧歯類だ。
(にゅふふ、癒されますねー)
ほくほくと頬を緩ませる天麗は気付かない。
ツインテール女子、一色 恵利花が再びどんよりと濁った視線を、隣で和やかに談笑する亜美らに向けていたことを。
机移動の済んだ教室を三浦が見渡す。
この上なく、学習意欲を削がないAIによる完璧な配置のはずだ。
「っかしいなぁ……」
呟いたのは、微かな違和感を感じたからだ。生徒同士の会話か、目配せし合う様子か。とにかく、しっくり来ない。
教室に満ちる空気が、どこかギスギスしたものを孕んでいる——具体的な言葉で言い表せないけれど。
理論的なAIを押し退けてまで、野生の勘を生徒に押し付けることもできない。
三浦は、微かに首を傾げて、困惑を飲み込んだ。




