8.推しのカラーを身に着けるのは淑女のたしなみ
「おはようございます!お兄様!」
私は初日から、登校するカイルを玄関先で捕まえることに成功した。
よおおっし!!
早朝から張っていた甲斐があった!
カイルは朝から爛々と目を輝かせる私を見て、一瞬戸惑ったようだった。
……ごめんね、人形姫だったマグノリアはもういないんだ……テンションが、徹夜のテンションが、マグノリアの仮面をかぶる余裕を与えてくれないのである。
ふふふふふ、時間が会えば、一緒に行く。その約束は守ってくれるよね!?
馬車に、二人。そのためなら何時間でも待てますけども!
「おはよう、マグノリア。……少し隈ができているようだよ。君の美貌は武器なのだから、気をつけて」
何か一言嫌味を言いたかったんだろう、はしゃぐ私に小馬鹿にするような目を向ける。しかし、気にしていただけるだけで天にも登る心地である。ガン無視される事も想定していたので、その優しさに顔が緩んでしまう。
「心配してくれてありがとうございます、お兄様!」
今日から聖堂に通う。
昨日は楽しみすぎて眠れなかった。ゲームでは何度図書館に出入りしたことか。ゲームでは大体キャラがいる場所が決まってて、カイルに会いたければ図書館だ。もう私はゲーム内で、図書館に住んでいたと言っても過言ではない。
ルーカスはなんか残念な感じになっちゃったけども心強いし、レオンもいるし、アルフレッドとカイルのバチバチが間近で見れると思うと楽しみで寝られるわけがない。ベッドには入ったし横にはなっていたが、ほとんど眠れなかった。
しかしこちとらピチピチの14歳だ。元気いっぱいだ。たとえ徹夜していても楽しみなら全然動ける。
それよりも、最高潮のテンションの時に、推しから心配のお言葉をかけていただいたその有り難みで、興奮して倒れそうだ。
前のマグノリアなら、見た目しか重要じゃないのね、とか思っていたかもしれない。隈が出来てるなんて言われたら、1日外に出ないだろう。めんどくさい女である。
そんなほぼ徹夜の私は、暗いうちから支度を済ませ、屋敷の玄関でカイルを待ち構えていた。
早起きに付き合ったメイドがゲンナリしている。
まだ一言言いたいのか、カイルはじろじろ遠慮のない目で私を見ると、フン、と鼻で笑う。
「あと、最近よくやってるその髪型だけど」
「はい!可愛らしいでしょう!? このリボン、お兄様の瞳の色のようでしょう!?」
はっ! 話の途中で遮ってしまったわ! でも、仕方なくない? 髪型が変わったことに気づいてくれていたなんて!!
カイルは私の勢いに呆れたのか、トーンダウンした。
「……うん、そう、なのかな?」
「ほら! 黒の中に紫の糸が織り込まれているんです!」
さすが、前のマグノリア。ガチ恋勢。
黒と見せかけて、光にかざすと紫に光るとか、カイル色の小物がとても多い。
せっかくなので、ツインテールには必ず使っている。推しアピールである。聖堂でも、しっかりと、カイルの素敵さをアピールして行く所存である!
「……アルフレッドの瞳の色はエメラルドグリーンだけど……」
「私は黒と紫の方が好きですから!」
そもそも、マグノリアの銀髪とアメジスト色の瞳には、エメラルドグリーンのリボンはあんまり似合わないとおもうし。
カイルは小さく溜息をつくと、話にならない、といった表情で外に向かう。
「待ってください、お兄様!」
私は置いていかれないように、お兄様にくっつ…こうとして、流石に遠慮して後ろを歩いた。
……お許しもなく触っては、ダメな気がするのだ。
玄関の重厚な扉を二人の使用人が開ける。なんかすごいよね、自動ドアかってくらい、いいタイミングで、綺麗に開けるの。
私はドアを押さえる二人にぺこりと頭を下げて通り過ぎる。エレベーターでドアを開けてもらった時、ありがとうございますって言うじゃん。
でも、一度ついついありがとうって言ったらカイルにすごい怒られてたの。使用人が。主人に礼を言わせるとは恥を知れとか言って。
それでカイルと一緒の時は目礼だけにしている。
朝の冷たい空気。天気も良くてよかった。初日から雨だと気分が上がらないもんね。
私は上機嫌で、カイルの後ろについて馬車が待つエントランスへ。しかし、そこには馬車を邪魔するように、
……まさかの騎士が居た。
「おはようございます。マグノリア」
レオンが馬で待っていた。……馬、大きいなぁ……
我が家は西洋風お化け屋敷のような、ゴシックな感じでまとめられた屋敷。庭もエントランスも、黒に統一されている。そこに、何故か堂々と、真っ赤な騎士がいる。
ノワールの馬車は、馬も黒か白で統一されている。そこに、赤栗毛の馬に派手な鞍、体育会系男子は目立つ。
朝でもどこか暗く沈んだ落ち着いた空気の中に、一人胸を張り堂々としていて、浮いている。
「は…? 誰だ君は」
カイルが目をむいている。驚くとこういう顔をするのね。それも可愛くて魅力的です。
「今日から聖堂に通うと伺いまして、お迎えに上がりました」
レオンはそんなカイルには目もくれず、馬上から私を見据えて言う。表情が読めなくて怖い。あと、馬が大きい。
……専属の騎士って言われたけど、何かのイベントの時とか、私から声をかけないと来ないと思っていたのだが。
ルージュ姉様、『貸し出す』って言ってなかった? それって借りに行かなければ来ないってことだと思ってたんだけど??
……こういう風に、押しかけてくるのもあるのか。
今日から聖堂に通うという情報は、お父様→ルージュ姉様→レオン、と、伝わったのだろうか。お父様が護衛を頼んだ……? いや、それなら私に言うわよね。
「お、おはよう、レオン。迎えに来てくれるなんて思わなかったわ。聖堂にはお兄様と一緒に行くから、護衛は結構よ」
「俺も聖堂に通っていますので、お気になさらず」
……騎士ってそういうもの?
やんわりと断るが、バシッと答えが返ってくる。断っているのが伝わらない。
「おい、貴様は誰だと聞いている」
無視された形のカイルは、機嫌を損ねた鋭い声でレオンに向かった。しかしレオンは気にもせず、私をじっと見つめている。
……主人から、紹介せよと、そういうことかしら。
「お兄様、レオンですわ。私の騎士なんですの。先日ルージュ公爵からいただきました」
「いただいた……? ルージュ公から? ……ではこいつはルージュの騎士? ルージュの騎士を、マグノリアが?」
カイルは信じられないものを見たというように、目を大きく開けてわなわなと指をさす。
お兄様しっかり!キャラを保って!
私がカイルに紹介したからか、やっとレオンがカイルの方を向く。どういうシステムなのこれ。
「カイル様、聖堂ではお目にかかったことがありますね。改めてレオンと申します。どうぞお見知り置きを」
「あ、ああ。……ルージュ公が目をかけていると聞いている」
カイルは気を取り直したように、眼鏡をあげると、いつものように余裕の表情となった。
「フ、成程。この僕に今のうちから恩を売ろうと言うことか。さすがルージュ公、お目が高い」
「いや、ただルージュ公が、マグノリアを気に入っただけですよ。あの人はそんな事まで考えてません」
カイルはムッとしたのを隠さず、剣呑な目つきでじろりとレオンを見上げる。
レオン、そんな事言わないであげて。お兄様は否定されたりするのが苦手なのよ。
「……フン」
睨まれても平然としているレオンを一瞥して、カイルは馬車に乗り込んだ。無視することにしたようだ。
「待ってお兄様」
続いて乗り込もうとしたら、鼻先で扉を閉められてしまった。意地悪である。心が小さすぎる。でも好き。
「マグノリア、こちらへ。私の馬は貴女を乗せても全く問題ない」
レオンが私に手を出す。
ええーカイルと一緒に行きたかったのにー
馬車を見ると、御者が出発の合図を受けたようだ。走り出す準備を整えている。
……これは仕方ない。馬、大きいし、マグノリアは小さくて軽いし、二人乗りしても大丈夫だろう。それに、ちょっと乗ってみたい……と、思ってレオンの手を取ろうとした時。
ガチャリ、とわざとらしく音が響いて馬車の扉が開いた。
「……マグノリア、一緒に行くのだろう。乗りたまえ」
乗りたまえ、いただきました!!!
尊大な態度のイケメンの『〇〇したまえ』って、いいですよね!!!
「はい!お兄様!」
レオンをそのままにして、差し出されたカイルの手を取って馬車に乗り込む。
そうして私は上機嫌で、不機嫌にそっぽを向くカイルの横顔を見つめながら、聖堂へ出発したのである。
不機嫌でも美しい横顔である。
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2025/4/4 加筆修正