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6.最初から親密度MAX


 それから数日経ったある日の昼下がり。


 私はついに三日後に控えた聖堂入学に、ウキウキわくわくと心躍らせていた。

 結局、取り巻きはうまく作れなかったのだけど、ルージュ姉様のおかげでお友達はできたし、聖堂に行ってもボッチって事は無さそうだ。


 ゲームのマグノリアはカイルと一緒か一人ぼっちだった。だいたいカイルと居たので、そのままのポジションであれば、役得である。


 しかし、大人しく無表情なお姫様は私には荷が重すぎる……やはりここは悪役としてカイルと双璧を成すのが目指すところかと。


 クローゼットを見ながら、どんな格好で通おうか考えていると、こんこん、と、扉がノックされた。


「どなた ?」


「マグノリア、今良いかい?」

「……ふぐっ」


 突然の、扉越しのカイルの声に動悸息切れが始まる……のを、手の甲で口を押さえてなんとか飲み込む。


 最近、ようやく、屋敷でカイルに会っても挙動不審にならなくなってきた。

 ……たぶん? 隠せてると思うんだけど?

 それでもやはり、こう、不意打ちお兄様は、刺激が強すぎて身体に悪い。


「ど、どどどうぞ、」


 ちょ、ちょっと、部屋に! どうしよ、どこに座ってもらう!?

 内心テンパりながらも人形姫マグノリアの皮を必死でかぶる。しかし、どうしても口元が緩む……


「失礼」


 お行儀良く自ら扉を開けたお兄様は、残念ながら扉からこちらには入ってくれず、私の方に僅かに身を乗り出して言った。


「マグノリア、君に会いたいって人がいるんだけど、顔をだせるかい?」


 その姿があまりにも自然で、そのオフショットを目撃できた事に感謝の祈りを捧げるとともに、少し違和感を感じる。


 カイルが誰かのために何かするなんて下心があるときだけだ。


 どんなに小さいことでも絶対に絶対に裏がある。


 昨日だってそうだ。おやつのクッキーの最後の一枚をそっと私にくれた。「これ、好きだっただろう?」胡散臭い笑顔でクッキーを指す細い指。

 喜んで口に入れた瞬間、「あとはよろしく」と流し目をくれて去っていき、入れ替わるように飛び込んできたのは口煩いマナー教師。

 カイルに何か言おうとしていたようなのだが、モゴモゴと咀嚼していて挨拶が遅れた私に標的を変えた。私はそれで10分も! お小言をいただいたのだ。


 普通に、ちょっと誤魔化しといて、とか頼んでくれたら、私はカイルのためなら喜んで何でもやるのに!


 いやあでも、胡散臭い笑顔に流し目はご褒美ですから10分のお小言など安いもんです。いや、ほんと実質タダ。て言うかこちらが払わないと。なのでまた最後のクッキーをくれたら喜んで食べます。


 そんな彼がですよ。


 王子の婚約者たる妹を、人に紹介するなんてまあ、どんな魂胆があるのだろうか!?


 私はどんなスタンスで望めばよろしいのかしら!?


 と、思うところなのだけど、カイルの様子が普通すぎて良くわからないのだ。本当に、仲良い友達紹介するね、みたいな、そんな感じなのだ。

 こんなオフショ、朝ぼんやりしている時を廊下で見かけるくらいしかない。


 唇は歪めてないし、目元も蔑んでいない。

 はあ、こうしていると整っている顔立ちがよくわかる。綺麗。美人。ああ、顔面が天才…


 そうだ、私などにカイルの考えてる事などわかるはずがない。

 どんな事でも従うのみ! である。


「もちろんですわ、お兄様の頼みですもの」


 さあ、何が来るのか!?


「僕の知り合いなのだけど。近くまできたから寄ったんだって」


 ……は? 近くまできたから寄った? 知り合いが!?


 なにそれ。そんな普通の理由ある?


 カイルはとにかく性格が悪いので、家に来る友達など皆無である。用事もないのに家になど来たら、ボロクソにいやみを言われてしまうだろう。


「どうして私に会いたいのかしら」

「さあ? もうすぐ聖堂に通うから、顔見に来たんじゃない?」


 理由もわからず家に上げるとは、しかも頼みを聞くとは、どういうことなのだろうか。カイルらしくない。


 カイルがなにかしら恩を感じている…? そんなわけあるかーい。

 何か、利用価値があるに決まっている。


 降りていくと、そこには大柄の男性がいた。私の姿をみると、足元まで覆う厚手の白いローブを揺らし、身体ごとこちらを向く。そして安心させるようににっこり微笑んだ。


 その微笑みは慈愛に満ちた菩薩のようで、緊張していた私の心をふわりとほぐした。


 この人知ってる……!


 新米神官のルーカス。ゲームの攻略対象の1人だ。田舎から出てきたヒロインに世話を焼いてくれる、聖堂の運営の人だ。


 他の攻略対象と比べるとちょっと地味だが……やさしさと大人の余裕と色っぽさが感じられる、年上の癒し系キャラクターだった。


 それでもやはり、イケメンである。顔が、整っている。微笑む優しそうな蜂蜜色のタレ目はカイルとは正反対の、真心が感じられる温かさがある。長い黄緑色の髪を左肩の前で緩く結い、身体をゆったり覆う、神官の服を着ている。

 背が高くて大柄だが威圧感がなく、包容力がある年上のやさしいお兄さん。

 たしかキャラ設定では22歳188cmだった。ということは今は20歳か。


「はじめまして、マグノリア・ノワールと申します」


 身体が覚えているカーテシー。

 優雅にできたと思う。身を起こすと、ルーカスは胸に手を当てて、お祈りのような神官風の挨拶を返した。


 私と目が合うと、その視線に蕩けるような温かいものが混じる。……なんというか、最初から親密度MAXみたいな顔されてるんですけど……


 え? 初対面だよな?


 もう一度記憶を探るけれどやっぱり会ったこと無いはずだ。しかし、マグノリアが興味が無さすぎて忘れている可能性も、まあまあある。


「ルーカスは僕の候補時代の世話役だ。聖堂の教員もしているから、これから何かあれば頼るといいよ」


 ルーカスはヒロインがブラン候補として聖堂にやってきた時の世話役、メンターのような役割だった。

 カイルがノワール候補だった時もルーカスがメンターを務めていた。……ちなみにそれは公式情報にはありませんでしたが薄い本では当たり前の設定でした。


 ほうほう、しかしこれであれが妄想でないことはハッキリしたわけですな。


 ……大柄な、優しい、大人の色気のあるルーカスにいろいろ教えてもらう、小柄な、生意気な少年カイル。


 うん。うん。うん。


「初めまして、マグノリア。少し貴女とお話がしたくて参りました」


 あーよかった。初対面だ。忘れてたわけではなかった。

 心に染み入るような優しい声。ルーカスはテノールの良く響く声をしている。ゲームの序盤でたくさん出てくるから、馴染みのある声だ。


「カイル、少し外してくれますか?」

「マグノリアは大切な妹なのでね、ルーカスとはいえそれは遠慮して欲しいな」

「カイルは優しいのですね。しかしマグノリアも新しい生活が始まるにあたり、家族には言えない不安を抱えているかもしれない。私は神に使える身ですから……カイルにとっても都合が良いのでは?」

「……わかった」


 わかった!!!???


 ……カイルが、ルーカスの言うことを、聞く!? 私としては大変な情報である。メモを取りたい。どうしてそういう関係になったのかあらゆる可能性を考え書き記したい。


 ルーカスと二人きりになる。いいのか。一応、ルーカスいい年の男性なのに。妹と二人きりにしていいのか!? それだけ信頼しているのか!? 


 え!? カイルが他人を信頼!?



 少しの沈黙。ルーカスは耳を澄ませているようだ。カイルが離れたことを確認しているのだろうか。

 そして、ルーカスは突然真剣な顔をして私を見つめた。


「マグノリア。私と一緒に来てください」

「え?」


 大きなルーカスに詰め寄られてついつい後退る。

 しかしルーカスは構わず、少し屈んで私と目線を合わせた。


「あなたは今、色々辛い思いをしているのでしょう、私が貴女を助けます。聖堂で保護する事もできます」


 ルーカスがじっと私を見つめる。

 なに? なに? 何を言ってるの?


「よく考えてください。カイルやノワール公があなたに何をしているのか。それは我慢する事ではありません。私は貴女を助けるためにここに来ました」


 ??


 ちょっと前のマグノリアなら、やっと私の事をわかってくれた! とか思ったかもしれないが、今の私はそんなことないのである。


「先ほどもそうだ、カイルは貴女を支配下に置き、この屋敷に閉じ込めている。自分の指示がなければ動けないように貴女を洗脳しているんだ」

「せ、洗脳だなんて」

「洗脳ですよ。カイルのためなら自分がどんなに傷ついても構わない、そう思うのは歪な関係だ」


 わかっとるわ! そんなことは!


 来るのが遅い!

 前のマグノリアなら、こんなイケメンに真摯に言われたら、そうかもって思ったかもしれないけどもう遅い!


 私は! わかってんの! 推しと好きは違うの!!


 でも、そもそもなんでそんな事知っているんだろう? モラハラ男は外面がいい。カイルも例外なく外面がいい。外で妹を虐げているなんて言うわけない(そもそも虐げられてはいないと思うが)。


「良く考えてみて。カイルは貴女の事を本当に思ってくれていますか?」


 と言うか、ルーカスってこんな感じだったっけ? ずいっとこちらによってくる。真剣な蜂蜜色のタレ目が近づいて来る。


 ルーカスは攻略対象だが、正直チュートリアル要員としか思ってなかった。


 ルーカスがマグノリアを案じるシーンなんてなかった。そこに関係は無かったはずだ。

 なんでこんなに見つめられるのだ。


「……」


「……あれ?効かない?」


 ルーカスが、首を傾げた。


「な、何が?」


「……そうだなあ、とか、言うこと聞かなきゃいけないなあ、とか思いません?」


「思いませんけど」


 何を言っているのだこの不審者は。そんなの私がカイル以外に思うわけない。


 ルーカスが眉間にしわを寄せて、ボソリとつぶやいた。


「……まじかよ、チート効かないとかねぇだろ」


 ……ち?

 今チートって言わなかった?


 チート、という言葉はこの世界にはないと思うんだけど……

 そしてこの口調、ルーカスに二面性があるとか腹黒だとか言う設定はない。


 ルーカスは穏やかで虫も殺せないような優しい人で、だからいろいろあって、ジョーヌ候補を辞退して神官の道を選んだ、自己肯定感の低い面があるそんなキャラクターだ。


 間違えても、「まじかよ」なんて言ってはいけない!!!


 っていうか、チートって何よ! 私もそんなのないけども!!


「チートって何!? 転生する時、世界の声とか聞こえたわけ!? 私はないけど!? ずるくない!?」


 悪役令嬢転生のお約束としては、ストーリーはわかっているけど、チートは転生の時に授かるというより、能力引き継ぎとか努力の結果、というのが多い気がする。

 残念ながら、私には、引き継げるような才能も、努力する時間もない。


 私の嘆きに、ルーカスが目を見開く。


「マグノリア、もしかして」

「ルーカスこそ」


 二人しばし、見つめあったのであった。


「うおあああ……」


 そしてルーカスは悲痛な叫び声をあげて床に崩れ落ちた。


「まじか。まさかマグノリアが……もしお仲間がいるなら、マグノリア以外でお願いしたかった……これじゃ人生の楽しみ99%消えた」


 ルーカスは、お仲間であった。



読んでいただいてありがとうございます。

よろしければブックマーク、評価、よろしくお願いいたします。


2025/3/30 加筆修正。倍くらいになってしまった……

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― 新着の感想 ―
まさかのお仲間出現!? ていうか、薄い本が情報源って(笑)。
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