誕生日
お久しぶりです! 自分が誕生日なので、誕生日SSを書きました!
<Magnolia>
「僕の隣にいてくれて、ありがとう」
ふわりと細められる銀縁眼鏡の奥の黒い目は、わずかに紫色に光っているように見える。
これは夢だ。だって──
これはゲームのカイルルートの、最高のハッピーエンドのスチルだ。これが出ると「あああ!! お前は誰だ!」と、憤っていたものだ。
いやだってさあ、ここだけなんか違うんだよ。悪の華として暗躍していたカイルが、突然デレるハッピーエンド。
これより絶対、ヒロインへの思いとアルフレッドへの嫉妬でぐっちゃぐちゃになって、ヒロインを拉致監禁するメリバエンドのほうがカイルらしいって。
でも、カイルとのイベントを失敗しないで全部こなすと、ハッピーエンドになっちゃうわけです。なので私はこの絵を何度も見ております。
というわけで、どうやら私は今、ゲームの夢を見ているようだ。
甘ったるいカイルがこちらに手を伸ばす。細い、筋張った冷たい指が髪を梳いて……それでふと目が覚めた。
「お兄様?」
目の前に本物のカイルの顔があった。まだ夢をみてる? いや、眼鏡が違う。ゲームより健康的で落ち着いた顔。慌てて手を引っ込めて誤魔化すように眼鏡をあげるカイルは、夢じゃない……
「お兄様!!」
一瞬で覚醒した私はガバッと起き上がる。何で? 何でいるの?
最近忙しすぎて、家に帰ってこなかったのに!
「どうしたんですか? お仕事では?」
「さっき戻ってきた。もう出る。……今日、誕生日だろう、これを届けようと」
ベッドサイドのテーブルの上に、小さな包みがあった。
紫色の薔薇が一輪添えられている。
「ま、まさか、誕生日プレゼント……?」
「……大したものじゃない」
「いや!? この薔薇だけですでに世界の半分もらった気分ですけど!?」
「こんなもの、庭にいくらでも咲いてるだろう」
「ほ、保存魔法、すぐに」
薔薇に手を伸ばすが、私より早くカイルが手に取った。
顔を近づけてフッと息を吹きかける。瞬間、薔薇はそのままの姿で、雰囲気だけが作り物のようになった。
「ほら」
何でもないもののように渡されるが、これはゲームの中では重要アイテムである。ゲームではいつもマグノリアが髪につけている。
「ありがとう、ございます」
ゲーム内で、マグノリアがカイルから貰った唯一の贈り物。……大切にしよう。
包みの中は、ヘッドドレスだった。黒と紫の宝石があしらわれた、フリルとリボン満載の、私が好きなやつ。
……私が好きなやつ、という事はですよ? カイルのカラーリングなんですよ。
……推しから、推し活グッズを貰った……?
きゃー!! 内心、テンション爆上がりである。
「お兄様のカラーをお兄様から貰えるなんて!! 一生大切にします!」
「ま、まて、僕の色、というか、そういった意図はなく……君、いつもそんな色の髪飾りをつけているから好きなのかと……」
「ええ、好きですよ。お兄様の瞳の色ですもの」
今日早速つけていきますね! と、髪に当てて見せると、カイルは慌てたように眼鏡を直した。
そこにはアメジストのグラスコートが揺れている。
ふふふ、……この何とも言えない恥ずかしさが、少しは分かったか!?
<Leon>
「おはよう、レオン!」
超ご機嫌なマグノリアの頭に、見覚えのない頭飾りが乗っている。カイルの魔法の気配がする。カイルがこういうことをするなんて珍しい。
「おはようございます、マグノリア。護衛のチャーム、ちゃんと持ってますか?」
「持ってるわよ、ほら」
俺が渡した大変貴重な護衛アイテムは、あれからいつもハンカチと一緒にポケットにねじ込まれている。これのせいで誤解されたと言って、ペンダントにしてくれないのだ。
「ちょっと貸してください」
「はい、返すわ」
「いや、返されませんけど」
「だって、なんかそれ……」
「また誘拐されたらどうするんですか」
むう、と、不満げな顔をする。
いまだにマグノリアは、常に俺に位置情報が筒抜けなのが気になるらしい。護衛以外の目的では利用しない、カイル以外には絶対に情報を漏らさないと、機密保持契約書まで作ったのだが。
しかし、そんな顔を気にする俺ではない。用意してきた細いチェーンの先にチャームを通し、マグノリアの前に跪いて、転ばせないように気を付けながら、さっと細い左足首を押さえた。
何やらよからぬ気配を感じたのか、マグノリアは足を引こうとするが、そんな抵抗は無駄である。
「なに!?」
「こうしておいてください。見えるところにつけた方が、牽制になるでしょう」
足首にチェーンを巻く。アンクレットだ。
マグノリアの細い足首を包む白のレースのストッキングに、黒いチェーンに赤い宝石のチャームが揺れる。
これでよい。誰にも手出しはさせない。俺はそれに満足して立ち上がった。
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。ああ、誕生日プレゼントなんだ。……でもこれ、また、誤解されそうじゃない?」
マグノリアはアンクレットを見ながら首をかしげた。
「だからチェーンを黒にしたんです。これなら俺が、ノワールを主君としているように見えるでしょう」
「そうかしら……それもそうね。レオンはお兄様とも仲いいわけだし……ん? そうするとこれって概念アクセサリー……ふ、いけないわさすがに身内で生モノは……ふふっ」
なにかブツブツとつぶやき、少し不気味な笑みを浮かべる。どうやら何か納得したらしい。
「ありがとう、レオン! 大切にするわ!」
マグノリアはぱあっと、晴れやかな笑顔で言った。
本当に、ちょろいな……どう見たって、俺の物だと主張しているようなアクセサリーなのに。俺が側にいられないときに、良い虫よけになってくれるだろう。
しかし。彼女の晴れやかな笑顔には邪なものが混じっているような気がする。……何故か背筋に悪寒が走った。
<Lucas>
お、いたいた。
レオンが実技のクラスだから、マグノリアは俺のところに来るかと思ってまっていた。しかしいつまでたっても来ないから、探しに出た。
マグノリアは中庭の東屋にいた。リリアンや他の女友達と、楽しそうに話している。手元にいくつか包みがある。どこの世界でも、女子高生はプレゼント交換が好きなようだ。
……俺はじーんとして、その光景を見つめる。あのマグノリアが、こんなに明るく幸せそうに過ごしてるなんて。なんだか小さい頃から見守っていた、親戚のおじさんのような気分になる。
アニメのマグノリアはいつも一人か、カイルに連れまわされていた。それが今では、カイルから離れていても、友人に囲まれて良く笑うようになったのだ。
邪魔をするのも悪いような気がするが、今日は、レオンが離れるタイミングがこの時間しかない。
親戚のおじさん枠であるところの俺は、今のうちにおめでとうとだけは伝えたい。
「あ、ルーカス!」
近づこうとしたらマグノリアが気が付いて、たたたっとこちらに走ってきて、ちょこんと見上げた。
俺はとても背が高いので、小さなマグノリアは俺の顔をみようとすると、反りかえるように顔をあげる。
その上目遣いで見上げる姿がとても可愛い。この可愛さは俺しか知らないはずだ。背が高いってええなあ。
「見て見て! カイルからこれ貰ったんだ! 推しからグッズ貰えるとか私前世でどんな徳積んだのかな!?」
……カイル。仕事の合間を縫って一生懸命、マグノリアに似合う、喜びそうなものを探したのだろうに。まあ、喜んではもらっているけどな。グッズ扱いされるのは複雑だろうけど。
「あとレオンから、これ。レオンとカイルの概念アクセサリーらしいよ!?」
うん、それは絶対、違うな。
足元ってところになにかフェチ的なものを感じたので、マグノリアの脳内でレオンがどうなっていようが、別にいいやと思った。カイルは被害者だな。
俺には、イケメン共のように、自分を主張するようなアクセサリーを渡す勇気はない。
他の生徒に聞かれないように少しかがんで、マグノリアにこっそり囁いた。
「教員室おいで。イチゴのショートケーキ買っといた」
「あはは! なんか誕生日っぽい!!」
この世界はゲームの世界だからかやたらと洒落ていて、誕生日ケーキに定番はない。
イチゴのショートケーキで釣れたマグノリアと、俺たちにしかわからない話をして、楽しいひと時を過ごした。
<Blue>
作業場をいつもより少し片づけて、作業着ではなく魔術師っぽい私服で、彼女が似合うと言ったモノクルをつけて、僕は待ち構えていた。
カランコロン、と、来客があったことを知らせるチャイムが鳴る。前は勝手に入ってきてくれたのに、最近は僕がドアを開けないと入ってきてくれない。
「いらっしゃい、マグノリアちゃん。……久しぶり」
「こ、こんにちは……」
後ろに赤いデカいのを引き連れて、少しやりにくそうに、愛想笑いを浮かべている。
あのダンスパーティー以来、なかなか来てくれなくなった。だから今日だけは絶対立ち寄るように、”お兄さんがやりにくくなっちゃうかもね”、くらいの圧力はかけた。
……ああ、これが悪手なことは、自分でよく分かっている。でも、来てもくれないよりはましだ。
「マグノリアちゃんお誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「渡したいものがあったんだ。それだけ受け取ってくれる?」
「……はい」
もう、あの笑顔は見せてくれないかもしれないけれど、でも、嫌われてはいない。よそよそしい態度は僕が男だから警戒しているのではない、気持ちに応えられないから、後ろめたいだけだ。
ならば、僕は僕にできることをするだけで、そしてこれは、絶対に気に入るはずだ。上手く行けばまた、遊びに来てくれるようになるかもしれない。
僕は賭けに出るような気持で、大きな箱を開けて見せた。
「え!! なにこれすごい!!」
「うわ」
赤いのが信じられないという顔をして僕を見たが、お前も大概だからな? マグノリアちゃんの足元、僕が気づかないわけないだろう?
「わーー!! かわいい!! ねえ、みてみてレオン、かわいいね!?」
「……ええ、そうですね、マグノリアは可愛いです」
レオンが奥歯に物が挟まったように、微妙にずらしてコメントした。マグノリアちゃんは、デフォルメしたマグノリアちゃんの人形を箱から出してそっと抱きしめた。うん、可愛い。
「簡単なギミックをつけておいたよ、ほら、首の後ろの魔法陣に少し魔力を通してごらん。自分と同じ動きをしてくれるよ」
「おおおおお」
早速、可愛いポーズを取らせようと、自分が可愛いポーズをとるマグノリアちゃん。可愛いなあ。
僕はいそいそと用意していたカメラを手に取ると、片づけて少し雰囲気よくしておいた窓辺で人形と遊ぶ彼女の写真を撮った。……これで一つ目の目標は達成だ。
目標はもう一つ。ごくりと唾を飲み込んで、できるだけ平静を装って、何でもないように声を掛ける。
「また遊びにおいでよ、僕からはもう、何も言わない。約束する。普通に友達でいいからさあ」
ぎくっと、思い出したようにぎこちなくこちらを見る。一瞬忘れてただろ、僕が結婚を申し入れていること。本気だと、ちゃんと伝えたことを。
「え、えーと、それは」
彼女はしどろもどろに言葉を濁す。
……仕方ない。背に腹はかえられない。
「作り方教えてあげるから。眼鏡も作れるよ」
「え」
「……黒い髪にして、身体は華奢な少年。白い肌で、少し顔細めに作ろうか」
「なっ」
「目もさ、こう、黒いけど光に当てると紫色になるように細工して」
「ぐっ」
で、でも! あんまりこちらに来るとっ と、往生際悪くごちゃごちゃ言っているので、僕はなんだかおかしくなってきてしまった。
嫌われてはいないんだ。趣味も話も合うんだ。君だって、気楽に遊びに来られるなら、来たいんだろう?
それで、わざとらしくちょっとため息をついて見せた。
「別にいいんだけどさ、可愛いだろうね、その人形と並べて写真撮ったら」
「…………そうですね」
負けた、というようにマグノリアちゃんはがっくりうなだれた。
「レオンと一緒でも、いいですか……」
「それはまあ仕方ないかな」
よし。これでまた、楽しい日々が戻ってくる。
<Kyle>
日付が変わる直前に、屋敷に帰ってくることができた。
マグノリアはもう寝ているだろうし、プレゼントは届けられたから良いのだが、朝、嬉しそうな彼女を見て、出来るだけ帰ってこようと思ったのだ。
寝顔だけでも、僕には活力になる。
そっとマグノリアの部屋に入ると、朝にはなかったものが色々と増えていた。友人達から祝ってもらったのだろう。
よほど嬉しかったのか、リボンやメッセージカードも壁に飾られていた。
机の上にやたらと精巧につくられた少女人形が鎮座している。デフォルメされているが、マグノリアをモデルにしたのだと一目でわかるような愛らしい人形だった。……贈った人間は一人しか思いつかない。
……まさか奴め、手元にも同じ人形を置いていたりしていないだろうな。もし不埒なことをしていたら、どんな手を使っても抹殺してやる。
人形の側に、レオンが持たせている護身用のチャームが、黒いチェーンに通されて置いてあった。
事件があってからはポケットに入れていたようだったが、僕も落としそうで心配だった。黒いチェーンに赤い宝石が良く似合っている。
見えるところに、僕が贈ったものがなくて、少しだけ不安な気持ちが胸をよぎる。
喜んでいたように見えたが、気に入らなかったのだろうか。どこかにしまい込んでしまったのだろうか。
……僕の下心に気づいて、恐ろしくて遠ざけてしまったのかもしれない。
何を馬鹿な、あれだけ大好きと言っておきながら……と寝顔を見ようと寝台に近づいた。
「……なんだ」
つい、安堵とともに自分の口から嬉しそうな息が漏れる。
枕元にはヘッドドレスと、一輪の紫の薔薇。
マグノリアは薔薇の香りを嗅ぐようにそちらの方に顔を向けてすやすやと眠っていた。
その寝顔を見ていたら、ふと、心の奥から彼女に伝えたい言葉が浮かんできた。
……こんなことを言われても困るだろうか。
いや、解釈違いだとかよく分からないことを言って嘆くかもしれない。彼女は僕が、たとえ一人でも、誰にも理解されなくても、目的に向かって強く走り続ける姿が好きだと言っていた。
一人で強く生きる僕が好きだから、僕が寄りかかってしまったら「解釈違い」かもしれない。
でも今日は、君が生まれた日だ。僕は君に感謝をしたい気分なのだ。
どうせ寝ているのだからいいだろう。安らかな寝顔に囁く。
「僕の隣にいてくれて、ありがとう」
読んでいただきありがとうございました。




