片眼鏡の憂鬱5~パーティー
「……なんでそんな、アホみたいな顔してんの」
ノワールの屋敷でパーティーをやるので来てくれと誘われた。
僕はそう言うのは苦手だ。任意なら絶対行かない。だけどマグノリアちゃんの頼みだし、顔を出しに来た。
いつもの格好でいいっつーから、いつもの仕事の格好で来た。
せっかく来たのに、マグノリアちゃんは僕の顔を見てぽかーんとしている。
「せっかくお人形みたいに可愛いのに、そんな顔しちゃダメだよ」
きちんとドレスを着たマグノリアちゃんは、とっても可愛かった。このまま固めて持って帰って飾りたい。ああそうすると喋らなくなっちゃう。だめだね。
「いつものって、そうですよね、そっちですよね…」
「オンオフは切り替えんの。オンでしょ、今日は」
「師匠のオン、初めて見たんで……ちょっとびっくりして。え、そんなに美人だったんですか。モノクル似合いすぎじゃないですか」
そういえば、いつもうちの工房に来てたから、仕事用の格好であったの初めてかもしれない。一応、それなりの魔導士の格好をしているし、眼鏡もいつものではなく、モノクルにしているから顔も目立つと思う。
「ブルー公から師匠の声がする……師匠ってほんとにブルー公だったんだ…」
呆然と呟いている。だから誘ったんだろうに。
美人、と言われて初めて少し嬉しかった。それでちょっとだけ、気が大きくなったのかもしれない。
「僕からの申し込み、ちゃんと届いてるんでしょ」
「……はい」
「僕、マグノリアちゃん以外に喋れる女の子いないから。マグノリアちゃんが断ったら僕一生独身だからね」
「それは……なかなか答えにくい話ですね」
「バルコニーにいるから、後でおいでよ」
僕がこういうところにいるのは本当に珍しいので、周りがざわざわしはじめた。面倒くさい。
誰からも話しかけられないようにツンとすましてその場を離れ、バルコニーに隠れる事にした。
+++
……これじゃだめだ。
さっきから、マグノリアちゃんはおっかない兄貴に始まり、赤いのとか、知らないやつとかと踊ったりしている。
そして兄貴の事好きすぎでしょ。何あの顔。デレデレじゃん。
あの赤いのはずっとマグノリアちゃんの背後にいる。いつもは従者みたいな格好してたから気にしてなかったけど、こういうところで、ルージュの騎士の正装で、マグノリアちゃんを護るようにしていると、悔しいくらい絵になる。
背ぇ高いな。顔も男らしくてキリッとしてて、ガタイもいい。……女の子ってああいう方が好きだよな、きっと。
僕なんて下手すると姉妹だからなぁ。
マグノリアちゃんもアイツには気を許しているんだろう。気にせず連れ回している。
アイツはマグノリアちゃんと仲が良いのを見せつけて、他の男を牽制してるつもりなんだろか。
僕がマグノリアちゃんと仲が良いことを知っている人なんて、ほとんどいない。それはそれで良いけどさ。
……それは、噂の候補に名前もあがらないって事か。
「マグノリアちゃん」
「はい?」
「……一曲、踊ろう」
「師匠、踊れるんですか?」
「わっかんないけど。授業で習ったし大丈夫じゃない、僕美人だし」
「自分で言うんですね」
あははといつものように笑うマグノリアちゃんの手を取って、ものすごく久しぶりのステップをふむ。
「……師匠、確かに雰囲気で誤魔化せてはいますけど、今度練習しましょう……」
「うん。じゃあそれはマグノリアちゃんが、僕の師匠になってよ」
なんだかんだ、マグノリアちゃんと踊るのはちょっと楽しかった。
それに、今度、という言葉が嬉しい。また遊びに来てくれるということかな。
「ねえ、見てマグノリア様と踊っていらっしゃる方」
「あれは幻の氷の美貌のブルー公爵では」
「すごいな、社交の場にいるの初めて見たぞ」
「ノワール公は彼とも繋がりがあるのか……」
ざわざわ声がする。僕を引っ張り出したマグノリアちゃんのお兄さんの評判が上がってしまったようだ。
ああ、嫌だなあ。
君は、アレが好みのタイプなわけ?
チラッとノワール公を見る。黒い髪、黒い目、黒い燕尾服。気障な眼鏡を掛けている。黒ずくめなのに妙に目を引く。
でも、細くて背もそんなに高く無いし。大丈夫、僕も見た目は負けてない。
僕よりずっと若いのに、堂々としたホストっぷり。仕事できそうな雰囲気。
あの兄貴がいろいろ考えているんだろうか。であれば多分、こっちからせっつかなければ、落ち着くまでは断られないだろう。僕がいれば他を断り易いだろうし。
僕との繋がりを簡単に手放すとも思えない。
コミュ障なりにいろいろ考えながら、マグノリアちゃんを見つめる。
かわいいなぁ。いつも近くにいてくれたらいいのに。
曲が終わる。ちょっと残念だ。ダンスはいいな。理由なく手をつなげる。
「ブルー公爵にご挨拶を」
「お兄様」
「……」
少し余韻を味わっていたら、ノワール公が笑顔でやってきた。貼り付けたような、胡散臭い笑顔だ。
何気なく、マグノリアちゃんの手をとり、何気なく、僕から引き離す。
「先日の件はご賛同いただきありがとうございました。おかげで妹もこのように、明るくなりまして」
いや、マグノリアちゃん、前から明るかったけど。
ペラペラと喋るノワール。マグノリアちゃんはノワールにスッと寄り添った。それはもう、自然に。
そして、兄貴に合わせて、とても公爵令嬢らしく、微笑んで言った。
「ええ、感謝申し上げますわ、ブルー公爵」
ノワールも当然のように肩に手を回す。マグノリアちゃんは引き寄せられて微笑む。
僕はとても悲しくなった。
こんなマグノリアちゃんは知らない子だ。
ノワールは値踏みするように僕を見た。なんて失礼なやつだ。
僕は無言で会釈して、その場を離れた。
+++<magnolia>
カイルは無言で去っていった師匠を視線で追っている。
師匠、ほんとに人見知りなんだな。
そう聞いてなかったら私なんかしたかな!? って思うような態度だ。
カイルは口許には笑みを貼り付けたままだが、目は笑っていない。何でだろう。ブルー公と交流が持てる機会なんてそうそう無いし、それを作ったのはカイルなのに。
「お兄様?」
カイルは表情を緩めて私を離した。
「ああ、いや、……何を話していたんだ?」
「え? ダンスを練習しましょうと言う話を」
「そうか」
そして少し口の端を上げる。
「まるで、魔法使いと人形の様だったな」
「私は、お兄様の人形ですわ」
少し寂しそうに見えたのは私の願望だろうか。
いつもなら頭を撫でてくれそうな雰囲気だったけど、人前だからか、ふいと視線を外して腕を差し出す。
「僕も一通り挨拶は終わった。君と話したいと言う人も多い。……後は僕がエスコートしよう」
カイルに寄り添うと、なんだかとても落ち着く。しっくりくる感じがした。
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