片眼鏡の憂鬱4~サイン
34.だいたい兄貴のせい の、ブルーの話です。
「ほら、眉間に皺もないし、睨んで無いし! 優しそうでしょ!?」
「へー、よく撮れてるね。なるほど、君が持って行った貴重な一つは、この為だったのね……」
マグノリアちゃんから写真を受け取った。そこには彼女と眼鏡の男が並んでいる。
最近優しくなったという、兄貴だ。
なるほどね。そう言う事ね。
……マグノリアちゃんに僕ごときが優しくしても、何も思わないわけだ。
「お兄さんに貸しを作っとくのもいいかもね。……レオンくんだったっけ? 話を聞こうか」
レオンを奥の部屋に連れて行った。これは男同士話さないといけない話のような気がする。
彼女と僕と、二人で楽しく作った「写真」には、これまで僕がみた事ないマグノリアちゃんが写っていた。
幸せそうにうるむ瞳、大好きなものを抱きしめているような表情の彼女。
大切そうに寄り添われて隣に移っている兄貴は、顔は知っている。黒い髪に眼鏡の端正な顔立ちの男だ。
少し前から、兄が帰ってくるのだと嬉しそうにしていた。意外と仲がいいんだなと思っていたけれど、それどころではなかったわけだ。
キョトンとした顔の兄貴に殺意を覚えた。ふざけんなお前いつもその顔の彼女といて何とも思わないのか!?
少しだけ。ほんの少しだけ、アルフレッドに同情した。
……これは、うん。
婚約者にこれをされたら辛いだろう。
「で?」
ルージュのところのレオンと、膝をつきあわせて座る。
いつもクールぶっているくせに、なぜかそわそわチラチラと落ち着かない。
「なんなの。なんか言いたいことある?」
「いえ……あまりのキャラの違いに戸惑っているだけです」
「僕はオンオフ切り替えてんの。ずっとオンのそちらと一緒にしないで」
ルージュ公はなんだかいつも熱い。というか、ルージュは領内で競争しているから、どこでも気が抜けないんだろう。うちはそういうのないから。
「手短にしてよ。マグノリアちゃん帰っちゃうじゃん」
「俺としては、なぜちゃん付なのかが気になりますが……」
「可愛いんだから、つけるでしょ。ちゃん」
「……そうですね」
さっさと本題に入ってほしい。
「では……現在、マグノリア・ノワール嬢はアルフレッド殿下と婚約関係にあるのはご存じのとおりですが」
「本当腹立つよね。戦争でも起こしてやろうかと」
「……」
「ああ、ルージュ公もそう思ってるってこと? 乗るよ、そちらの騎士団と、うちの魔法兵団で組めば王家ぐらい滅ぼせるでしょう」
「……いや、あ、それもありかと一瞬思いましたけど、マグノリアは戦争はしたくない主義のようなので」
「だよねー」
マグノリアちゃんが、やって、って言ったら単騎でもやるし。一応、前聞いたらやめてくれと言われた。
僕より血の気の多いルージュが、理由なく大人しくしているわけがない。
「で、ノワールのカイルがそれを平和的に解決しようと今動いていまして。五公の承認を集めているところなんです」
「わかった、いいよ」
「……え?」
「確かにね、五人の承認があれば無かった事にできるもんね。サインするよ」
五人が集まるのは五公会議くらいしかなく、そうすると王に秘密で動くのは難しい。
大人はメンツとか繋がりとかつい考えてしまうから、それをやろうとは思わなかった。
しかし、もし話を持ってきたのがレオンではなくてルージュ本人とか、カイル・ノワールとかだったら、僕は裏が恐ろしくて良いと言わなかっただろう。
僕のところへ寄越した人選も、正解だ。
「はあ。で、もう一つあるんですけど話していいですか?」
「なに」
「マグノリアとアルフレッドが婚約解消してしまうと、次はジョーヌのほうにあの、……殿下が行ってしまうということで。五公の血縁者から配偶者を選ぶという決まりを破棄」
「オッケー」
「……ありがとうございます」
行ってしまうって地雷物件扱いだよ。酷い事言われてるね。王子なのにね。自業自得だけどね。
ジョーヌは嫌だろうね。娘をあれにやるのは。
まだお嬢さん9歳だし、歳の差だって……あれ、僕とマグノリアちゃんの方が離れてるわ。
……ということは、その問題は年もたてば解消されるか。じゃあ置いておくとして。
ただ、アルフレッドもその方が幸せだろう。自由恋愛出来ないから、あんな捻くれちゃったんだろうし。
「一応聞いておくけど、外戚の問題でそうなってるんじゃなかった? どうするの?」
「そもそもこれが決まったのが建国直後の事で、当時は聖霊公爵と王の関係がまだ理解されて居ませんでしたから。今とは事情が異なります。それに、婚姻に際して五公の反対が無いと言うのも条件に入れれば」
「ふん、考えてるならいい。僕もそう思うし」
昔からの不要な決まりごとの一つだ。
むしろそれを利用したいと考えるノワールが一番、サインしそうにない。
「で、マグノリアちゃんがフリーになったらどうなるの? 君、狙ってるわけ?」
「はあ、まあ、俺としてはやぶさかではないですが」
「その程度なのか。じゃあ、僕がもらう。それならなんでもサインするよ」
「……もらう、というのは」
「僕がマグノリアちゃんを幸せにするよ、って言う事」
「……それは」
「何」
「……今回の趣旨は、マグノリアを自由にしたいということからきています。なので、婚約解消の後誰かと結婚を約束をするのはできない」
「ふうん?」
「俺もですが。終わった後に、それぞれアプローチして、マグノリアが選んだ、ということであれば」
「マグノリアちゃんが誰を選ぶかなんて、君分かってるでしょう」
「……」
「僕でも、君でもないよね。お兄さんだ。でも、僕覚えてるけど。マグノリアちゃんをアルフレッドに推薦したの、お兄さんだよね?」
二年前か。
まだ可愛かった甥っ子が、嫌なヤツに妹を押し付けられたと嘆いていた。
その子は明らかに血の繋がっていない兄貴が好きで、自分の事を嫌っていると。
その話を聞いた時は、さすがノワール、鬼畜な事をすると思ったものだ。
「さすがにそれは、虫が良すぎるんじゃない?」
「……カイルは、それを反省して今回のことを言っています。なので、自分はその資格はないと」
わかってるんだ。
……まあ、それなら少しは、ほかの男が入る余地はあるかな。
少なくともマグノリアちゃんにとっては、今よりは、絶対にましだろう。
「本当? そうならいいよ。サインするものあれば頂戴」
そうしてスクロールを受け取って目を通す。
今聞いた事しか書いていない。シンプルでわかりやすい、お手本の様な文章だ。詐欺みたいな事をする気は無いようだ。
すでに、ジョーヌとルージュのサインがある。
発案者はカイル・ノワール。なのに、現ノワール公のサインはない。
聖霊も味方につける気かな? せいぜい頑張る事だ。
僕はそのスクロールに、三つ目のサインを書いた。
「ほら。カイルに言っておいてね。僕を敵に回したくなければ、姑息な真似はするなよって」
ブルー公は25歳です。マグノリアちゃんとは9歳差ですね。
ルーカス(22)と違ってこの世界の人なのであまり気にしていないです。
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