5.騎士貰っちゃった
そうしてお茶をいただいておしゃべりして、そろそろ終わりとなった頃、ルージュ姉さまがこっそり私に耳打ちした。
「ねえ、私のマグノリア、お近づきの印にプレゼントをあげるわ!」
そう言って、私だけ会場に残るように言って、他の方たちを見送りに行った。
何だろう? プレゼントって言ってたから、怒られるとかじゃないと思うけど、ルージュ姉さまの迫力にはドキドキしてしまう。
「お待たせ、マグノリア。こっちよ。少し……汗臭いかもしれないけど」
庭園の入り口から、広大な運動場のような場所に出た。確かに……少し汗臭い。
「ここはルージュの騎士の訓練場よ。ルージュの騎士、知ってる?」
訓練場では若い男女が大勢、様々な訓練をしていた。剣や槍、体術、馬もいる。
ルージュの騎士……あったぞ、何か設定があったぞ。
でも、カイルに関係なかったから……よく覚えてない。なんか、ルージュ領の特別な騎士なんじゃなかったっけ?
そうだ、攻略対象の一人がそれを目指していて……
「レオン!ちょっと来なさい」
「はい!只今!」
うわ、そうだ、レオンだ! 攻略対象の一人。
ルージュの騎士を目指して訓練している騎士見習い。細マッチョのキリっとした美男子。唯一上半身裸のスチルがあった。後、なぜかよく濡れてた。
無表情無愛想だけど優しい、正統派騎士キャラである。
レオンはよく通る声で返事をすると走ってやってきた。
「遅い!」
「すみません!」
……体育会系だなあ……こわっ オタクには乗れないノリである。
ルージュ姉さまに一括されても表情は変わらず、前まで来るとパッと休めの姿勢をとる。動きのキレがいい。訓練用のシャツを着てても、かっちりしているのが分かる。カイルの胴の倍くらいあるんじゃないだろうか。
同い年だから今はまだ14歳か。背もまだ高くない。カイルと同じくらいかな。ゲーム開始時にはカイルよりずっと高かったから、これから伸びるのだろう。
なんとなく表情があどけなくて、かわいい。
やっぱりレオンも、マグノリアとは接点はなかったはずなのだが……
ルージュ姉さまはレオンの方をポンと叩く。少しだけレオンの身体が揺れた。……相当強くたたいたようだ。
「あなたの主人を決めたわ」
レオンは一瞬怪訝そうな目をしたが、すぐにきりっとした表情に戻る。うん、拒否とか質問とかできない関係なんだね。
するとルージュ姉さまは、私ににっこり笑った。
「マグノリア、ルージュの騎士は特別よ!レオンはあなたにあげるわ!」
「は?」
猫の子をあげるみたいに言われた。
いや、猫の子でもそんなに簡単にやり取りしてはいけない。飼い主にふさわしいか確認してから譲渡するものではないか。
「レオン。マグノリアよ。さっき私の妹分になったから。命を賭してあなたが守りなさい」
「は!」
いや、「は!」じゃないでしょ!?
「といっても、レオンはまだ見習いだから、正式なルージュの騎士ではないけれど。あなたも王子の婚約者なら、これから色々あるだろうし、なんかあったら優先で貸し出すから。……ルージュの騎士を持っていると、箔がつくわよ」
レオンはヒロインの護衛をする事になるはずだ。ここでマグノリアの騎士になると、いろいろ物語に影響があるのでは……?
でも……私の頭に一つの考えが浮かぶ。
これで、レオンルートを潰しておけるかもしれない。
はっきり言って、ヒロインが普通の感性をもつ女の子だったら、レオンに惹かれる確率は高いと思う。普通に考えると1番いい彼氏になりそうなんだよな。かっこいいし優しいし強いし。
私はにっこり笑ってまずルージュ姉様に御礼を言う。
「ありがとうございます! お姉様! 大切にいたしますわ!」
そして右手をレオンに差し出す。
レオンは真面目な顔で跪き、私の手の甲に唇を落とした。
「命に代えてもお守りいたします。姫」
「マグノリアでいいわ」
「わかりました。マグノリア」
……うーわー、これは、お兄様負けたわ。
そうだ、レオンは、人気が高かった。カイルは一部の熱狂的な過激なファンが多かったので熱量としては負けていないが、レオンルートが一番ドキドキするって評判だったよな。
うーん、これはお兄様はだめだ。ヒロインが特殊性癖じゃなければお兄様に勝ち目はないわ。……いや、私ならね? どんなにいばらの道でもお兄様ルートを選びますけどね?
心の中のカイルに、一生懸命弁解していると、赤い瞳が真摯に私を見つめていることに気が付いた。
その目には、侮りも悪だくみも値踏みもなくて、本当にただ真っ直ぐ「私」が映っていた。
……それを見て、私とあろうものが、ドキドキしてしまう。
はっきり言って、元のマグノリアだったらもうカイルのことなんて忘れたのではないだろうか。好きそうだ。
……マグノリアはもっと世界を見るべきだった。男はカイルだけではないのだ。
はっ……こんなんじゃダメだ!! この程度あしらえないようでは、とても悪役令嬢にはなれない!
真っ直ぐに見つめる瞳を気合いを入れて見返した。こんな正統派に負けてたまるか。カイルのほうが千倍美しいしかっこいいしかわいいし賢い。私はそのカイルの義妹なのだ。
扇を口元に。そして、カイルを思い出して、唇を片方釣り上げる。
「よろしくね。私のために、……世界の歯車を回してちょうだい」
運命を変えてほしい、って言いたかったんだけど。お父様らしく言えたかしら。
こうして私は、取り巻きよりはるかにゲットが難しい、ルージュの騎士をゲットしてしまったのだった。