片眼鏡の憂鬱1~出会い
本編で完全にすっ飛ばしたブルー公爵の話です。しばらく続きます。
王子をやっている甥っ子が、女の子を紹介してきた。
魔道具作りを教えて欲しいと言う。
たまにあるのだ。人づきあいをできる限り避けているというのに、顔が良いと評判だからか公爵だからか知らないけど、どうしても一度会ってくれと言われる事。
魔道具の話なんて、だいたい僕に会うための言い訳だ。一通り説明させて、へーすごーいさすがーとか言って、後は違う話になるんだ。
その子は甥っ子の婚約者らしい。そんなの叔父に紹介するなよと思ったが、義姉の口添えもあって断り切れなかった。
そんな時は、家の工房に1人で来てもらう。僕なりにおもてなしすることにしている。
大体は逃げ帰って、2度と戻ってこない。
家の工房は、ブルー公爵邸の庭の隅にある。
門を入ってから、よく見なければわからないような脇道に入って、雑木林の中を進むと見えてくる。
石造りの簡素な建物で、入り口にはがらくたがそのまま積みあがっているので、頭の悪い奴にはゴミ置き場に見えるかもしれない。
そんなわけで、こっちに来てもらうと、「たどり着けなかった」と言われることもあるのだが、別に魔法を使っているわけでもないから、たぶんスルーしたんだと思う。
その日のお客様は、ちゃんとたどり着けたようだ。
「こんにちは、アルフレッド様の紹介で来ました。どなたか居らっしゃいませんか?」
何とも長閑な女の子の声が聞こえてきた。
僕は、お客様が戸口に立ったのを確認して、順番に魔道具を発動させていく。
ギィィ…と、音を立てて扉が開く。昼なのに、不自然に暗い室内。一歩踏み入れたのを確認して、ぼんやりとあかりをつける。
「なんか、お化け屋敷みたいだな、ウチとは違うタイプの遊園地の。ええと、お邪魔します」
ぶつぶつと呟きながら彼女は一人工房に入ってきた。
ぎしぎしと不気味な音がする。中央の作業台に明かりをともした。
中央の作業台には、人間の1/2くらいの大きさの大きな人形が横たわっている。
彼女がその前まで来た時
ぎぎぎ…と、不気味な音をたてて人形が起き上がる。かたかたと音を鳴らし、不気味に見えるように動かした。
「ヨウコソ ボクガ ブルー ダヨ」
そう喋らせ、かくん、と、お辞儀させた。
僕を模した恐ろしいほど整った顔と、浅黄色のガラス玉を使った目だけをお客様に向ける。
無表情のガラスの目は、僕はぞわぞわして好きなんだけど。怖いらしくてこれでだいたいは悲鳴をあげて逃げていく。
のだが。
「え! すごい! かわいい!! ブルーのキャラドールだ!」
きゃあ!と、彼女ははしゃいだ声をあげた。
「動くー! どうなってるの!? あー、関節が魔道具になってるのかなっ!? お洋服も再現度高いー! すごい細かい! モノクルも似合ってるー!」
なぜか人形に嬉々として話しかけている。
「こんにちは! あなた、かわいーわね!! お喋りできたりするの?」
仕方ない。思ったようには行かなかったけど、これの話ができるなら、少しくらいはいいか。
「さすがに自分では喋らないよ。あらかじめ吹き込んだのだけ」
隠れていた衝立の後ろから出て行く事にする。
「ブルーは僕だよ」
「こ、これ、作ったんですか!?」
「そうだけど」
「師匠! 師匠と呼ばせてください! 私も作りたい! か、カイルのキャラドール欲しい」
氷の美貌と謳われるブルー公爵が、瓶底眼鏡にツナギで出て行っても、全く意に介さなかった。
「初めまして、マグノリア・ノワールと申します」
「ああ、アルフレッドから聞いてる。ノワール公の娘さんでしょ」
銀色の髪にアメジスト色の瞳。黒と白を基調にした、フリルとリボンいっぱいのワンピース。
紫と白の薔薇の飾りがついたヘッドドレスから、緩く巻いた長い髪が、左右の肩に流れ落ちている。
そういえば、ノワール公爵の娘さんて、”人形姫”なんて呼ばれてた。見た目は確かにそうかもしれないけど、人形と形容するには元気が良すぎる感じがする。
「早速ですけど、このお人形、原型から作ったんですか!?」
「人形本体は人形師に頼んだよ。僕は動くようにしただけ。関節とかは口出しさせてもらったけど」
「これだけ動くのに倒れないのもすごいですね」
「動かすとどうしてもバランス崩れるからさぁ、動きの制限が多くてね。これはここから動かさないから、つるしてるんだよ、ほら、よく見ると糸あるでしょ」
「わ、ほんとだ。だから操り人形みたいに動いたんですね」
「座ったまま手を振るくらいなら結構簡単だよ」
「おお! こっち見た! ちょっと関節見せてもらいたいんですけどお洋服めくっていいですか」
「やめて、一応僕がモデルだから、なんか恥ずかしい」
元気すぎる人形みたいなお嬢さんは、人形がお好きのようだ。原型、って言葉は作り方知ってないと出てこないよ。
「……ほかにも、色々動くのあるけど、見る?」
「見ます見ます!」
僕の趣味で作った玩具を楽しそうに見てくれて、色々質問してくれて、僕の顔とか仕事とかには触れなくて、いい子なんだなあと思った。
ブルー公爵は、物凄く顔がいい人間嫌いの魔道具オタクです。
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