倫理観にかかっている
ルーカスの話
一章と二章の間と、二章完結後です。
カイルを遊学に行かせた。
マグノリアが、とんでもないことを言い出したからだ。
何だって? 濡れ衣を着せられて情報を吐けと脅されたが、それがあまりにもかっこよすぎて、ついつい一方的に情熱をぶつけて悪いことをしてしまった?
……どう考えてもカイルが悪いだろ。前半と後半の罪の差が激しすぎる。
つまり、一方的にマグノリアを振り回し勘違いし、密室に連れ込んで脅した、って事だろう!? 無事でよかった以外の感想は出てこないわ!
それをなんだかゲームの一場面のように喜んで話すマグノリアは、依存しているとか、洗脳されているとしか思えない。
しかし、マグノリアにそう言ったところでどうせ「それはアニメのカイルだから。ゲームのカイルはそんなことしないから」で済まされるのはわかっていた。なので適当に話は合わせたが、内心はらわたが煮えくり返っていた。
なんでこいつは、まだ夢の中にいるみたいになっているんだ。間違えばそのまま何をされていたかわからないぞ。ゲームだろうが、アニメだろうが、それは画面越しの話で、今そこにいるのは、思春期真っただ中の男なんだぞ。
気をつけろと言ったところで全く聞いてないし、とにかく、離しておかなければと思った。
誤算だったのは、アルフレッドが思ったよりも馬鹿野郎だったことだ。
もう少し、カイル以外にも目を向けられるようになればいいと思ったが、あの馬鹿のせいで「カイル早く帰ってこないかなあ」と言うようになってしまった。
会えない時間が恋を育てるのか。そうくるか。勘弁してくれ。
……俺にできることなんて、無駄話に付き合ってやることくらいだ。
と、思っていたのだが。
それから一年ほどたったある日、珍しく、教員室に誰もいなかった。
レオンもアルフレッドも実技の授業に出ていて、暇を持て余したマグノリアとグダグダとどうでもいい話をしていた。
「ルーカスはチート能力、使ってるの? 猫耳奴隷少女とか助けないの?」
「何言ってんだ。鬼畜からお姫様を助けようとして失敗したんだ。もう心折れた」
「たしかに、全然効かなかったもんね」
あはは、と、マグノリアが笑う。マグノリアは俺の能力を信じていない。
「ルーカスのはチートじゃないとおもうの。説得とか交渉が得意なだけでしょ。無理やり言えば、『転生したら交渉術Lv.99だったので無双します』みたいな」
「いや、これはスキルじゃなくてチートだって。じゃあもう一回やらせてよ」
それはちょっとしたいたずら心だった。確かに以前、マグノリアには効かなかったから。
はあ?と、マグノリアがにらむ。
俺は能力を発動させながら、その目に視線を合わせた。
「要件は、目を合わせることと納得させること。この間はマグノリアの状況が思ったのと違ったから失敗したんだと思う。でももしかしたら転生者には効かないということかもしれないから、試しておいた方がいいだろう?」
そうかも、と、思ったのだろう。かちりとハマった感じがした。真面目な顔をしてこちらを向き、「わかったわ」と大人しくなった。
まじかよ。
そんなに簡単にいくか?
能力の特性だと思うが、信用度合いによってかかりやすさが違う。ここまで簡単にいくと言うのは、完全に信じられている証拠だ。大丈夫なのか、チョロすぎではないか?
とにかく。自分の好みの美少女が、暗示にかかった状態で目の前にいる。おそらく、今なら何を言っても意のままだ。
……俺はここからどうしたらいいんだ……? どんな、どんなエロ漫画だよ……!!
様々な展開が一瞬のうちに頭を駆け巡ったが、下手をすれば確実に殺される。そもそも、学生と教員だ。マグノリアはまだ年齢的には中学生だ。保護されるべき対象だ。というか、保護しようと思ってカイルから引き離したのに、俺が何かしちゃだめだろう!?
ということで、俺の中の天使と悪魔の戦いは熾烈を極めたが、天使がかろうじて勝利した。
効いた、ということはわからせておかないと後々やばいなと思ったのと、このくらいはいいのではないだろうかというちっちゃい悪魔が生き残ってしまったのだろう。
ここは乙女ゲームの世界。俺は、攻略対象の一人だ。ならばその範囲内なら、良いのでは……
ごくりと喉を鳴らす。
だって俺、マグノリアめちゃくちゃ好きだったんだよ。今この世界で、マグノリア好き度合いで行ったらぶっちぎりの一位だよ。このマグノリアがあのマグノリアかどうかと言われるとちょっと違う気もするけど、今こうして大人しくなってると、無表情キャラのマグノリアに、ちょっと近いわけよ。
何もしないほうがおかしいだろ。許される範囲! 許される範囲で!
よし、そもそもルーカスはどんなキャラだったか。年上の、優しいお兄さんだ。色々あって実は人生諦め気味。……うん、あんまりパッとしないな……なんていうか、漬物みたいなキャラだな。
まあ、こいつは、カイルみたいなヤツが好きなんだ。多少ホストみたいになっても平気だろ。
そう思って、彼女の小さな手を取って両手で包み込んだ。
このくらいなら、いいよな!?
「?」
「こうしたほうが効くんだよ。全力でやらないとわからないだろ」
一瞬躊躇したマグノリアは、そういわれるとそうか、というようにおとなしくなる。……いや本当に、大丈夫なのかよ。俺の良心にいろいろ委ねすぎだろ。
「マグノリア」
吐息交じりにささやく。我ながらええ声だなぁ。
マグノリアの目がぼんやりとしている。
「いつも頑張っているのを俺は見ているよ。一生懸命で、ちゃんと行動して、いつも明るくて、そういうマグノリアも、すごくいいと思う」
こんな機会だ、いつもは言えないことも言っておこう。
「お前は本当にかわいいな、顔もだけどさ。カイルもアルフレッドも、何でこんなにかわいい子を悲しませるのかなぁ。俺、どうせならルーカスよりカイルがよかったな。アルフレッドでもいいか。そうしたら、もっと堂々と甘やかしてやったのにな。カイルだと怒られそうだな。まあ、これは関係ない。忘れてくれ」
「わかった、忘れるわ」
「ドライだな」
あんまり素直に忘れると言うので、笑ってしまった。
「最近嫌な事も多いだろ。たまにはただ甘やかしてくれる人に甘えてもいいんだよ」
俺は慰めるように手を撫でた。
「ねえ、マグノリア。今からでも俺のところにおいで」
瞳が揺れる。それを見て、俺は、ありったけの思いを込めて囁いた。
「大切にするからさ。一緒に暮らそう」
そうしてマグノリアは、なんと、ぼんやりと頷きそうになったのだ。
「あああ、ほらほら!! 効いただろ!?」
「はっ」
危ないところだった。俺の心が悪魔に支配されるところだった。
「な、なに今の」
マグノリアはただただ動揺している。
「今日からルーカスのうちの子になるんだーって、何の疑問もなく思ってた……怖っ」
「こういう悪いお兄さんもいるんだから、気をつけなきゃダメだぞ」
マグノリアも赤くなったり青くなったりしているが、俺も内心バクバクしている。こんなに上手くいくとは……
「……ルーカス、カイルを説得する時とかも、こんな、甘ったるい雰囲気にしてるわけ……?」
「そんなわけあるか。人によって納得させやすそうな感じにする。カイルはもともとのルーカスが関係を築いてたから」
そう考えると、別にマグノリアを口説く必要もなかったのだが、気づかないようなのでそっとしておいた。
「効いただろ、チート」
マグノリアは頷くしかなかった。効いてないとは、これは言えないよな。
+++
時は流れ、マグノリアが晴れてフリーになってからの話。
最近、マグノリアはよく俺のところに来る。
どうやら婚約が解消になったわ兄貴が公爵になったわで、未婚の男性からのお誘いが急増しているらしい。
埒が明かなくてこの間カイルが申込手続きと期限を設定していた。書類選考からと応募要項に書いてあったので、おそらくすべて書類選考でお祈りされるのだろう。
そんなわけで、聖堂に来ている時は本人に直接アプローチできる良い機会だ。一人になると大変な事になる。レオンが睨みをきかせてはいるが、レオンも学ぶために来ているわけなので、ずっと一緒にはいられない。
俺も出世したので、教員室に個室がある。ちょうどよい避難場所として使われているのだ。
「ルーカス、俺が戻るまで頼む」
「はいはい、ここに座ってな。勉強あるなら見てやるから」
ちょこんと座って、ふう、とため息をついたマグノリアに話しかけた。
「大変そうだな」
「そうねー。こうなるとは思わなかったなぁ。こういう時って、婚約解消された令嬢に問題があるってことで、不遇の立場になったりするんじゃないの? それでお兄様に溺愛されたりとかさあ」
不遇の立場からどうやって兄からの溺愛に繋がるのだろうか?
はたから見れば、結構カイルは溺愛……とまではいかなくてもかなりマグノリアを大事にしていると思う。
「カイルはどうしてる?」
「カイルはカイルで忙しいよ。家でもあんまり話せないな」
いきなり立場も変わったし、忙しいのはわかる。でも、マグノリアも寂しそうだ。もう少し、何とかしてやればいいのに
「……心配じゃねえのかな」
「何が?」
「マグノリアが誰かについて行ったりしないか」
「あはは」
マグノリアは思わずといったように笑った。
「そこまで子供じゃないわ……私はずっと家にいるの。そのうちカイルの補佐をするんだから」
自分に言い聞かせるように言うマグノリア。中身が変わったとか言ったけども、結局一途で健気なのは変わらないんだよな。
そこまで想われているのに、寂しくさせているカイルに腹が立つ。
もっと、溺愛してやれよ。わかりやすく愛を囁けよ。解釈違いとか言われるのが怖いなら、健康的になった時点でとっくにキャラ変わってんだよ。まだ切られてないんだから安心しろよ。
絶対マグノリア、まだ片思いのつもりだぞ。カイルの邪魔はしないわ、くらい思っているぞ。
俺だったらもっと……
と、つい考えてしまった。
「なあ」
「ん?」
目が合う。咄嗟に能力を発動させた。
「いっそ、一回結婚してみたらどうだ?」
「え?」
「バツイチで出戻れば、さすがにまわりも何にも言わないんじゃないかと思って」
「なるほどー。それは考えなかった」
かちり、と、ハマった感覚があった。
……やっちまった……
と、思うと同時に吹っ切れた。このままじゃマグノリアが可哀想だ。俺も可哀想だ。
「いいか、この話は誰にも言うなよ。結婚したいみたいに思われて面倒くさいことになる」
「確かにそうね」
「あと他にも、カイルのために家から出たほうがいいとか、そう言う事言われても聞くなよ。お前が、幸せになるかどうかなんだからな。お前が本当に好きならいいけど、そうで無いならついていくなよ」
カイルの為になるとか言って、愛ではなくメリットを説いてくるやつは絶対いるだろ。
マグノリアはそっちの方が心配だ。チョロいんだ。基本的に。
「……そう言う、都合のいい話は、もっと大した事のないやつじゃないと上手くいかない。この案は二十歳になるまで忘れてろ。そうしたらもう一度、……俺から話す。使えるものは使うし全力でやるからな」
二十歳まで、カイルが変わらなければ。まだ、兄妹のまま進展してなければ……俺も頑張ってみよう。6歳差だ、まあ、二十歳過ぎれば普通だろ。
……バレて、その前にレオンあたりにぶっ殺される可能性も高いが。
「わかった、それまで忘れてるわ」
「よし、良い子だ。レオン来るまで本でも読んでろ」
「マグノリア、お待たせしました」
しばらくして、レオンがマグノリアを迎えに来た。
「もうこんな時間? 何だか集中できたわ……」
マグノリアは伸びをすると立ち上がる。
「じゃあ、ルーカスありがとう。またね」
「おう、また、いつでもおいで」
俺は後ろを向いたまま、ひらひらと手を振った。
「ルーカス?」
レオンが訝しげに声をあげた。
「何かしなかったか?」
「何かってなんだよ。何もしてない。マグノリアに聞いてみな」
「? ずっと本読んでたわよ?」
「……ルーカスのところに嫁に行こうとか、そんな気になってないですよね?」
「はあ?」
マグノリアが素っ頓狂な声をあげた。
「……それならいいんです」
なんか嫌な予感がしたんで、と、レオンが呟いた。
……怖え。
カイル頑張れ、マグノリアを幸せにしろと、心から応援したい。ここまできたらそこに収まらなきゃ、マグノリアが可哀想だろ。
俺だって、推しキャラが報われた世界を見たいんだよ。




