43.エピローグ
「さて、かくして君は自由になったわけだが」
どさどさと、テーブルに積み上げられるお見合いの釣書。
「そうなれば、まあ、自然とこうなる」
「……モテ期ですかね」
「何を言っているんだ。君は美しいんだ。それに僕の妹だからな。邪魔が無くなれば当然だろう」
なぜか得意げな兄である。
「私、やりたいこともありますし、色々あったので暫くはそう言うのは……」
「全て相手にする必要はない。ただ」
いくつかまとめて私の前に積んだ。それでもそこそこの数がある。
「彼らについては、君が選ぶなら僕は反対しない、と言うのが協力の条件だった」
……結局、知らないところで、私の人生は売られていたようだ。しかも結構な人数に。
「安心したまえ。君の意思を最優先すると言う事にはなっている。これとこれだけ残して、後は断っておくがいいな?」
仕事の書類のように捌いていく。
良いのだろうか。一応、条件にしたくらいなのに……
「ま、これなら断られても仕方ないと思わせるのがいるからな」
渡された二人の名前は、レオンとブルー公だった。
「レオンについてはルージュ公の賛同の条件だ。だが、実はレオン本人とは話がついている。騎士の契約をしてくれるなら、結婚までは望んで無い。18まで誤魔化せれば上司は何とかすると」
私の意思がどうのと言っておきながら、勝手に話を進めていく。
ポカンとしていたら、カイルが言いにくそうに目を逸らし、少し早口で付け加えた。
「……少し都合よく端折った。もし君が望むなら、喜んで迎えるとは言っていた……つ、次だ」
もう一つを指し示し、憮然とした表情になる。
「ブルー公爵については僕は面識がない。立場も向こうの方が上だしやりにくい。下手をすれば大きな問題になりそうで、こればかりは手を打てなかった。君が自分で作った逃げ道なのかもしれないな」
「逃げ道ですか?」
「そうだ、僕からのな」
そう言ってカイルはニヤリと笑おうとして、……失敗して変な顔になった。
「お兄様?」
カイルは机に肘をつき、眼鏡の下に指を入れて両手で顔を覆った。
俯いて、目頭を押さえるようにしている。
「あー……何をやってるんだ僕は。せっかく君を自由にしたと言うのに、選択肢を消して回っている。これでは前と変わらない」
「あの、お兄様、そのお話ですと、私に他所に行ってほしくないように聞こえるのですけれど」
しばらくの間があって、小さい声で返事があった。
「……そうだ」
そうして、手で顔を覆ったまま指の隙間からこちらをみる。少し、顔が赤い。
「わるいか」
破壊力が高すぎて私は死んだ。
いや、死んでいる場合ではない。
「あちこちで言われたんだ、『まさか自分の恋心の為にやってるのでは無いだろうな』と。あくまでも君を自由にすると言うのを旗印にしていたから、僕は表立って選択肢になれない」
落ち着いたのか、開き直ったのか、起き上がって眼鏡を直した。もう平然とした顔をしている。切り替えが早い。
もう少し見たかったのに。
「いざ、君に自由があると思うと……どこかへいってしまうかもと思うと、落ち着かない。僕は、君がいるのが当然だと思っていたんだな」
そう言って、真っすぐ私を見る。
「君と何か企むのは面白い」
「ねえお兄様。私、自由ならやりたい事があるの。だからどこにも行かないわ」
「何だ?」
私は気取って扇を広げる。口元を半分隠してニヤリと笑って見せた。
「世界征服を狙う組織の女幹部」
「どう言う事だ?」
「お兄様が何をするにしても、補佐をすると言う事です」
「はははっ」
それを聞いて、カイルは楽しそうに、少し安心したように笑った。
「君がずっと家にいたいと言うなら、僕は歓迎する。近づく蝿どもはすべて叩き潰してやろう」
そう言ってカイルも、口の端を上げてにやりと笑った。
「そうだ、すぐにとは言わないが、幼い頃のようにカイルと呼んで構わないぞ」
「え?」
突然の話に戸惑う私を無視してカイルは立ち上がる。
「さて、そろそろ出かけなければ。今日は王宮に行くから遅くなる。君も僕の補佐をする気なら一層勉学に励みたまえ」
眼鏡を上げる。ついでにグラスコードの位置を直した。
そのグラスコードは、最近家でたまにつけているもので。
「まってお兄様、その、それ、そのまま出かけられるの!? 恥ずかしいって申し上げたじゃありませんか!?」
「いいじゃないか。気に入っているんだ。それに」
銀色の鎖と小さなアメジストのグラスコードが、カイルの目元で揺れる。
「このくらいは、アピールしても」
end
ありがとうございました。こちらで本編完結です。
めでたしめでたし。
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夢中で執筆した一カ月、とても楽しかったです。
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