42.悪魔の兄妹
<Alfred>
どの口が言うか……幼いころからずっと、マグノリアを振り回していたのはお前ではないか。
そう思うが、動けない。カイルから見て私は取るに足らない存在で、今までこんな風に直接悪意や気持ちをぶつけられたことなどなかったのだ。
「お兄様もうよろしいわ」
マグノリアがカイルに寄り添う。
彼女の声は、普段の少し幼い無邪気な様子も、私を咎める時の棘のある様子もなく、ただ毅然として大人びていて、悪魔の娘のように美しかった。
そして、とても、とても、冷たかった。
「アルフレッド様、私にも矜持がございますの。兄もこう申しておりますし……」
扇で口元を隠し、冷たい目を私に向ける。
「婚約は破棄、と、させていただきますわ」
「な」
二人の足元にひれ伏した格好のまま、一方的にありえないことを告げられる。
「何を言っている、私たちの婚約はそんなに簡単なものではない!」
「聖霊公爵、五公の承認は取り付けた」
マグノリアが扇の陰から書面をカイルに渡す。
カイルは大仰な仕草で、それを開いて私に見せた。
「王の配偶者を公の血縁者とする制度の廃止と、次期王とノワール公の妹の婚姻の見直しだ。僕を含め五名。本来であればこの程度の問題、書面にしなくても良いのだが、君に見せるためにサインまでいただいてきたよ」
確かに、そのような内容と五名分の署名が入っている。そんなまさか。
……妹の婚約を無かった事にするためだけに、国の制度を変えて、公爵全員を動かしたというのか?
「見直しだから、未来に向かって婚姻することまでは禁じていない。君次第ではマグノリアの心も動くかもしれないぞ。ライバルも多いが、せいぜい頑張ってくれたまえ」
さて、お引き取り願おう、と、カイルが手を振る。
いつもはマグノリアのいうことしか聞かないルージュの騎士が、私を部屋からつまみ出した。
+++<Magnolia>
「みんな帰ったよー。お疲れー」
ルーカスがとんでもなく緊張感の無い声で大広間に入ってきた。
はー、緊張した。計画通りに終わった。
使用人もいないし、王子をゴリゴリ詰めた証拠は隠滅しとかないといけないし、4人で広間の設営を戻す。
「ルーカス、絨毯しまうの手伝え」
「これ、持ちあがんのかよ」
「敷いたときは持ち上がったんだ、大丈夫」
力仕事は三人に任せて、私はあちこちに仕組んだ魔道具を回収して解除していく。
絨毯の下に仕込んだ冷却の魔道具と、窓と燭台に仕込んだ照明の魔道具がいい仕事してくれた。
王の結婚の縛りの廃止と、私の婚約の見直し。
実は昨日の時点で五公の承認は取り付けていたのだから、普通に会議で通知しても良かったのだ。少々怖い目に合わせてやろうと言うのは、私たちのささやかな復讐心を満たすための計画である。
本当は、カイルがアルフレッドを呼び出して文句を言いたかっただけだったらしいのだが、朝その話を聞いた私が悪ノリして、衣装を揃え魔道具を仕込み、演出したのである。
あと私も一言言いたかった。自分で婚約破棄宣言したかった。ああスッキリした。
「後で会議があるからそこで正式に通知される。今度、協力と賛同をしてくれた方々にお礼をしなければな」
「パーティーしましょう! ダンスパーティ! 美味しいお料理とお菓子とお酒も用意して!」
「良いな、このタイミングでこの屋敷に五公集まれば、王家に喧嘩を売っているのを表明できる」
カイルも何だか楽しそうだ。
アルフレッドが来る前、準備しながらこれまでの事を教えてくれた。
さすがに、王家の廃止はすぐにはできないだろうと、その計画は後回しにしたそうだ。
やめたわけではないのはちょっと怖いが、まあ、とりあえず置いといて。
それで先に、王の配偶者の制度を変えるという一点だけで五公の賛同を集めて回った。王家を飛ばして何かを決めたと言う実績を作りたかったという。
でも、急いだのは、この制度がなければ、私も婚約解消を受け入れるだろうと思ってのことだった。
5人の賛同を集める。そう言えば簡単そうな事だけど、公爵同士は普段そんなに接点はない。
馴れ合うのはよく無いとされているし、バランスやしがらみや考え方の違いもある。バラバラの価値観を重視して選ばれた5人だ。まとめようとしてもまとまらないから、まとめ役として王家がある。
今回のことは、議案がすぐに国を揺るがすような事でもなかった事、もともと身内に関係がある話だったので、皆があまり良く思っていなかった事もあって上手く行ったのだと言う。
本当はそれだけではなくて、妹の為に奔走するお兄ちゃんは微笑ましくて、皆協力してくれたんじゃないかな。
カイルは自覚無いみたいだけど。
しかし、国の制度の問題を、王の執り行う正式な会議や手続きをすっ飛ばしたのはなかなか画期的で、当初の目的でもあった実績づくりには成功だという。次の野望への足掛かりになったと、手ごたえを感じて嬉しそうだった。
「レオン、それ持ってきてくれ」
「この布ってあっちにかかってましたよね?」
「この甲冑、廊下に戻しとくよー」
大広間を片付けながら、友達とワイワイしているしているカイルを見る。
「まって、その甲冑、目が光っちゃう!」
私も一緒に作業しながら、なんだかキャラクターは変わってしまったが、破滅はしそうにないキャラになってよかったな、と、思っていた。
てきぱきと指示を飛ばしながら、自分も作業するカイル。
ゲームの時系列を考えれば、今日のこれが反乱イベントになるのだろうか。だとしたら、反乱は成功と言う事だろうか。
……この人そのうち、本当に国を手中に収めちゃうんじゃないかな。
それはそれでいい。成功しても失敗しても、野望に向けて邁進する、それが彼の魅力なのだ。
そして私はそれに従うのだ。隣で支えて、少しでも頼りにしてくれたら幸せだ。
だって、私はマグノリア・ノワール。
カイルに振り回されて、人生捧げるキャラクターなんだから。
ああ本当に大好き。ずっと、彼を隣で見ていたい。




