4.高笑い、縦ロール、そして取り巻き
創世神話。
まず大地があり、大地は五柱の聖霊を産んだ。
ブラン、ノワール、ルージュ、ブルー、ジョーヌ。
五柱の聖霊は力を合わせ大地を守り育て繁栄させる。大地は国となり、人になって王となった。聖霊は国の住人の中から使者を選び、その使者に役割を譲渡した。
この国は、王都の周りにこの聖霊の名を冠する五つの領があり、それぞれの公爵が治めている。
公爵は聖霊に選ばれた使者が成る。領土の中の子供に、信託が下るのだ。
通常、20から30年に一度、12歳から18歳までの子が選ばれることが多い。
選ばれた子は候補と呼ばれ、聖霊の儀式を経て後継となり、現公爵の養子となる。
どのくらいで後継となるか、どのくらいで公爵となるかはその時による。しかし、資質の問題か精霊の気まぐれか、後継となる前に神託が失われることもある。
聖堂の学び舎。
聖霊は王を守り、育て、導く。
故に、この国は聖霊公爵の決議によって運営されている。
聖霊公爵の候補となったものは、数年間、王都の聖堂で国の運営を学ぶ習わしがあった。
これが、ゲームのオープニングで流れる大まかな設定である。
ブラン候補に選ばれた主人公が王都の聖堂で学園生活を送ることになったよ、という導入部分である。
攻略対象は、王子アルフレッド、ノワール公爵の後継カイル、騎士見習いのレオン、新米神官のルーカス。隠しキャラもいるにはいるが、メインストーリーには関係ないので割愛する。
王都の聖堂は学園のようなものだ。12歳から18歳までの、公爵か王の推薦があるものが学べる。基本的にカリキュラムは個別指導のような感じで、クラス分けや学年分けはない。残念ながら制服もない。
しかし、文化祭や音楽祭、林間学校みたいなものがあったり、ダンスや剣術の授業は集団でやっていたり、まあまあ都合がいい感じである。
聖堂への入学前に、悪役令嬢にとって必要なものを入手しておこうと思う。
それは、高笑い、縦ロール、そして取り巻きである。たぶん。
縦ロールは侍女に頼めばすぐやってくれた。
銀色の髪をツインテールにして、それを縦ロールにする。
ヘッドドレスをつければ完璧である。
もちろん、ドレスはゴスロリである。
完璧である。可愛すぎる。
ゲームのマグノリアもゴスロリだった。銀のストレートの長い髪に、紫色の薔薇をあしらったヘッドドレス。いつも悲しそうな顔でぼんやりした目をしていた。
それもすごくかわいかったんだけど、ゴスロリはゴスロリでも、小悪魔をイメージしてみた。きゅっとツーテールに髪を結えば、心なしか目元もすっきり上がる。目に光が入るようになった気がする。
そうして、高笑いと縦ロールを手にした私は、取り巻きを得るべく、社交界に出ることになった。
「我がノワール家は孤独に愛される。そしてまた孤独を愛する。故に、この度はルージュ公爵にご紹介いただいた」
つまり、お父様はボッチであった。お友達がいないのだ。私がお茶会に参加したいといったために、唯一話ができる関係の女性、五公の一人、ルージュ公に頼んでくれたらしい。
ルージュ公は今の五公で唯一の女性だ。
迫力のある派手な美女である。”ルージュ”は軍事をまとめる公爵で、強いもの――物理的にというより、軍をまとめる総帥的な能力重視――が選ばれる。
ルージュ公はゲームではあまり出てこないが、アニメではよく目立ってた。魔導兵士の軍団を従えて鞭を振るうシーン、カッコよかったな。ファンにはルージュ姐さんと呼ばれていたなあ。
しかし、マグノリアとは接点が無かった。今までも会った記憶はない。なので私はテンションが上がっていた。
あの大人気有名女優に会える! みたいなテンションだ。
ルージュ公の屋敷は、ノワールと違って砦のような作りになっていた。石造りの高い壁がぐるりと囲み、鉄格子の門がごおおん、と大きな音を立てて開く。
通された先は整えられた芝生に区画通りに植物が植えられた、さわやかな庭園だった。
ここは男子禁制なんだそうで、私は門に入ったところで馬車を降り、お父様と別れてメイドさんに連れてきてもらった。
白いガゼボに何人かの女の人が見える。少し赤みがかった茶色い髪の女性が、こちらを見てにっこりと華やかに笑いかけた。
「あなたがマグノリア? 私がルージュだ。ノワール公から話は聞いているよ、よろしくね」
うわああ!姐さんだ!ルージュ姐さんだ!
「マグノリアと申します。本日はお招きいただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
ドキドキしながら、失礼のないように挨拶をする。一四歳、まだまだ子供だ。少しくらい優雅でなくても大丈夫だろうけれど、その分可愛くなくっては。
ひょこんと頭を下げた私を、ルージュ公は微笑ましい目で見ている。私も顔を上げてドキドキしながらほほ笑んだ。
「噂の人形姫さん、今日はよくお越しくださいました。私もノワールに借りを作れるのは、嬉しいね」
ゴージャスな美女。年齢不詳。真っ赤なドレスは身体の形が出るデザインで、大きくスリットが開いている。なんと網タイツ。赤いピンヒール。胸元もメロンが2つ乗っているようなボリューム。すごい谷間である。セクシーダイナマイトである。ありがたや。
「3年くらい前からかしら、ノワール公からは娘が距離をとるって相談されてたのだけど、年頃の女の子なんてそんなものよ、ほっておいてあげなさいっていつも言ってたのよ。今回の……ブフッ、娘からお願いされたって、浮かれてデレデレして……グフフッ あんな、ドラキュラみたいな顔して……」
ルージュ公は我慢できないと言った様子で俯いて肩を震わせている。
娘の前で、ドラキュラ扱いはどうかと思う。確かに私もそう思うけど。
「失礼。まあ、そんなわけで、今後何かあったら私を頼るといいわ」
キリっと仕切り直して妖艶に笑う。今更そんなカッコつけて取り繕っても……とは思ったがこの程度スルーできなければあの父の娘は務まらない。
「心強いですわ! ありがとうございます、ルージュ姐さん!」
「ん?」
ハッ!
つい!
あまりにも、姐さん味が強くて!
「あ、あああええと、お姉様!私、お姉様に憧れていましたの! 家族に女性が居ないものですから!」
さすがに初対面で姐さんはマズイだろう!?
と思って咄嗟に誤魔化したけど、……初対面でいきなりお姉様もアレじゃない? ダメじゃない?
ちら、と、ルージュ公をみると、ぽかん、とした顔をしている。そしてそのあと、まるで大輪の薔薇がこぼれ落ちるように、華やかに、相合を崩した。
「かーわいいー!! いいわよ、どうぞ姉さんって呼んで頂戴! これはノワール公の気持ちもわかっちゃうわね!」
デレデレである。
そうして、「私の妹分よ!」と、いろいろな方に紹介してくれた。
私もルージュ姉さまのおかげで臆することなくおしゃべりすることができた。聖堂に通っているというご令嬢たちとも知り合いになれたし、初めてのお茶会は成功だったのではないかしら。