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[完結]破滅する推しの義妹に転生したので、悪役令嬢になって助けたいと思います。  作者: ru
第二章 グラスコードの悪魔

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39.怖くないし、大好き


 ノワールの屋敷に着いた。玄関前で霧の騎士(フォグナイト)から降りる。3人とも降りると魔導兵器は霧となって消えた。


 地面に立つと、立ちくらみがしてふらついた。魔力のせいではなく、重なる緊張のせいだろう。


「おっと」


 レオンに支えられる。私より大変だったはずなのに、しゃんと立っている。


「無理をするから」


 カイルが駆け寄ってくる。


「そっと部屋に戻ろう。明日、もう一仕事あるから早く休め」


 ふとカイルがレオンを見上げ眉を顰めた。


「ひどい顔色だぞ」

「寝れば治るんでお気になさらず」


 カイルは少し思案し、私の顔を覗き込む。


「……僕が運んでも良いか?」

「え、ええ」


 カイルが私を抱き上げる。


「ちゃんと掴まっててくれ。僕は騎士では無いからな」


 カイルは照れたように、でもそう悟られないようにか、顔を背ける。レオンより細い腕が私の背中と脚を支える。確かに不安定で、思わず私は首に腕を回した。

 抱きつく形になって何だか恥ずかしくなり、肩口に顔を埋める。カイルの匂いがする。借りている外套からもだ。男性の香水にしては少し甘い、梔子の季節の夜の公園のような香りだ。

 そう思うと顔が熱くなった。


 こんなに近く感じるのは久しぶり……いや、初めての事だ。鼓動が速くなった。気づかれるのではないかと思い身を縮める。


「怖かったら……レオンに変わる」


 カイルの小さな声。怖かったら、って、運ばれる事が、だけでは無いのだろう。少し不安げに声が揺れている。

 何でまだカイルまで気にしているのだ。私は何もされてないし、むしろ気持ちをぶつけてドン引きさせたのは私じゃないか。


「怖くないわ。助けに来てくれてありがとう」

「……無事でよかった」


 少し抱きしめる力が、少し強くなった。


「大好きよお兄様」


 私は気が抜けたのもあって、カイルの肩に顔を押し付けて少し泣いた。





 部屋まで運んでもらった。私を寝台におろし、そのままカイルも腰掛け、ふう、と息をつく。

 流石に重かったのだろうか。それともカイルも疲れたのだろうか。


 レオンは自分の部屋に先に戻った。明かりのある所で見ると確かに顔が土気色だった。もう限界だったようだ。

 カイルと2人きりになったのは本当に久しぶりだ。


「楽にして、早く寝ろ」


 カイルが立ち上がろうとした。

 一人になってしまう、と思うと急に不安になり、とっさに服を掴む。


「……何だ」

「お父様には内緒にするから」


 離れたく無い。


「もう少しだけ、そばに居て」



+++<kyle>



 

 ーー兄貴のせいですかね。男の落とし方とか教えてましたよねーーレオンの言葉が頭に響いた。いやいや、僕のせいではない。教えたのは、こういうのではない。僕が怖いとか怖くないとか、兄だとか妹だとか、そう言う以前の問題で、この状況でその言葉は良くないのでは無いだろうか。寝所で、男と2人きりで、服に縋って、そばに居て、って……君は自分で言っている意味をわかっているのか。


 頭の中にぐるぐると言葉が巡る。僕の心中など知らず、マグノリアは不安で一杯の目で僕を見上げている。


 自分に何かするかもなんて考えてもいない目だ。

 僕を確かに、信用してくれているのだ。


 そうだ。今日は色々あった。

 レオンが、マグノリアの居場所が突然変わったと伝えてくれて、それで慌てて探しに行った。


 王宮の隅の、隠されたような部屋に閉じ込められていたのは、「丁重に扱われている」とは言いようのない状況だった。助けやすいという事ではよかったのかもしれないが。


 それでは一人になるのは不安だろう。僕は兄だ。僕が支えてやらなくてどうする。怖く無い、大好きという言葉を、僕が信用しなくてどうする。

 その信用を返せなくてどうする。


 ベッドに座り直す。マグノリアの手を取った。


「そうだな。君が落ち着くまでここにいよう。もう大丈夫だ」


 出来るだけ優しく微笑んで見せる。マグノリアがほっとしたように笑った。





「お兄様に、渡したいものがあったの」


 もぞもぞ動いて、ベッド脇の小さな引き出しから、二つ箱を取り出した。一つを僕に渡す。


「どうしても選べなかったの。だから二つにしちゃった」


 開けてみて、と言われて開くと、眼鏡のチェーンが入っていた。今つけているものとデザインは似ているが、銀色の細いチェーンに、紫色の宝石が付いている。


「今つけていらっしゃるの、ジョーヌ公のお嬢様に貰ったものでしょう? そ、そう伺ったので、もう少しノワールっぽい感じの方がいいんじゃないかしらって……」


 顔を赤らめてもじもじと言い訳のように言う。レオンにでも執事の話を聞いて、そう連想したのだろう。いわれてみれば、キャンディ嬢を想起させる色だ。

 支給されたのは眼鏡の本体だけで、これはそんなものではなく、馬車やら馬やら酒場やら、何度か衝撃で眼鏡を落とし、仕方なくつけていたものだ。


 だからと言って、それで、銀の鎖にアメジスト。……これは直球すぎやしないか。そう言われれば僕だって意味はわかる。

 急にマグノリアが可愛く見えた。9歳の子と張り合うなんて。


「お兄様をとられると思ったのか?」

「だって、マナーの先生をされたんでしょう? お兄様から教えてもらうなんて、う、羨ましくて」

「本当に、大変だったんだ。君の素晴らしさを解らされたよ。君が妹で良かった」


 拗ねる顔が可愛くて、つい、頭を撫でる。

 頭に手を置いてから、しまったと思ったが、マグノリアが目を細めたので、以前のようにぽんぽんと撫でた。


「あと、これは土産物屋で買ったものだ。キャンディ嬢の趣味では無い」

「えっ」


 マグノリアの顔が、かあっと赤くなる。目が泳いでから、ホッと息をついて、誤魔化すようににっこり笑った。


「ふふ、こうして頭を撫でてくださるの久しぶりですね」

「そうだな」


 素直に誤魔化されてやる。


「で、こちらはちょっと、その、渡しておきながら何ですけど、私も恥ずかしくて」


 もう一つの方を開けてみせる。

 そちらもメガネのチェーンだった。黒い小さい石が連なっている。金具は金だ。ノワール邸の調度品と系統が似ている。正直少し、悪魔を連想させる。


「こちらは純粋に、お兄様に似合いそうなのを選びました。レオンと相談しながら。レオンもお兄様の事、とても信用しているから」


 信用されている……?

 確かに、今この状況がそれを証明していた。あいつが、どんなに疲れていようと、他人にマグノリアを任せるわけがない。


「これにドクロのチャームつけようっていうのは全力で反対しましたけど」

「それは本当にありがとう」


 数年前なら喜んだかもしれないが、少しは大人になったつもりだ。それは少し恥ずかしい。


「お兄様、良かったですね」


 マグノリアがふふっと笑う。


「腹心の部下が出来ましたよ」

「アイツは部下じゃない」


 咄嗟に言って、自分で驚いた。


「……友達だ」





 それから、少し話をして、マグノリアが眠そうになってきたので横にならせた。流石に着替えは手伝えない。

 背中の紐を緩めてくれと言われてそれだけやってやったが、白い頸を見て、ふと、5年前まで結婚相手の候補だった事を思い出してしまい、平静を装うのに苦労した。


 疲れていたのだろう、横になるとすぐに寝息を立て始めた。


 可愛いマグノリア。誓って、二度と君を傷つけはしない。


 僕を信じて寝顔を見せる彼女がとても愛しいものに思えて、僕は身を乗り出し、額に流れる銀糸の髪にそっと口付けた。


「僕も、大好きだよ」


 呟いてみたが恥ずかしい。何であんなに簡単に大好き大好きと言えるのだ。


 いつもの返事と言う事で、このくらいは大目に見てもらえるだろうか。


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