38.二人乗りはロマン
上機嫌で出て行ったアルフレッドは、顔を青くして戻ってきた。
「部屋を変えるぞ」
そういうなり、あわただしく追い立てる。状況を理解できなくて立ち尽くしていたら、目隠しをされて、強引に手を取られて連行された。
「まって、おかしいわ、こんなの!」
王宮の部屋から無理やり引きずってこられたのは、忘れられたような建物の屋根裏部屋だった。
アニメで、マグノリアがカイルに監禁されていた塔を思い出させる。それよりは居心地がよさそうな部屋だが、お姫様の部屋ではない。
ここに来るまでもかなり複雑だった。何かあったときに潜むための部屋なのかもしれない。
「カイルは何をするかわからない。あなたを守るためだ、わかってくれ」
「アルフレッド様!やめてください!カイルは何もしないわ!」
遂に力ずくで押し込められて扉を締められる。外から錠が掛けられる音がした。
「え……」
状況に追いつけない。
一体何なのだ。王宮に来いと言われたから来たら軟禁状態だった。外出もできず、連絡もできず、アルフレッドも来ず、人にも会えない。
前の引きこもりマグノリアだったらいつも通りだったかもしれないが、私にはとても辛かった。
何度もアルフレッドに会いたいと伝えてもなかなか来てもらえず、やっと来たと思ったら酷い態度だった。でもここで更に嫌われたら、家にも帰れないと思って我慢したが、もう限界だった。
あのような扱いで、あのような目で見られて、それでも私はあれと結婚しなければならないのだろうか。
「あー、でも、リリアンなら引き取ってくれるかなー……」
リリアンがブランを継ぐまで、2人の関係は持つだろうか。ダメだったら、今度はジョーヌのお嬢様だ。
「はあ」
ものすごく暗い気持ちになって溜め息をついた。
私はいつまでここにいることになるんだろう? この扱い、カイルやお父様には伝わっているのだろうか? ここから逃げられないだろうか。
まだ日はある。
手の届くところにある窓ははめ殺しで開かない。開いたとしても、足を掛けるところもつかまるところもない。
王宮の、かなり高いところにあるようで、下は崖のようになっていて見えない。
「こわ……」
上の方を見ると、明り取りの窓が二つ並んでいる。椅子を持ってきて登ってみたら何とか覗けたが、見えるのは狭い屋根だけで、やはり何もわからなかった。
どうしようもなくて、赤い小さな石を取り出した。さっき外させられてから服の隙間に入れて持っていた。レオンが「魔力をこめれば位置情報の精度が上がる」と言っていたっけ。
どのくらいの範囲で届くかわからないけど、やらないよりはましだろう。
王宮の、変な位置にいるとわかれば、異変に気付いてくれるかもしれない。
少し落ち着くと、おなかがすいてきた。ご飯はもらえるのだろうか。
お風呂は……今日は無理だろうな。
+++
どのくらい時間が経っただろう。
もう外が暗くなってからずいぶん経つ。
赤い宝石を握りながら、寝台に座って膝を抱えていたら、コンコン、と、上から音がした。
見上げると、明かり取りの窓に大きな月がかかっていて、その前に二つの人影があった。
闇夜に溶け込むようにか、二人とも丈の長い黒い外套を羽織っている。
「助けに来たぞ、マグノリア!」
カイルが悪魔のような笑顔で窓から覗き込んだ。私が無事で嬉しいというより、何かが上手くいって機嫌が良いという笑顔だ。
この晴れ晴れとした悪そうな顔は、久しぶりに見た気がする。
「お兄様!」
その後ろに通常営業のレオンが見える。辺りを警戒しているのか、屋根の上に乗っているはずなのに真っ直ぐ立っている。
「待て、すぐ出してやる」
カイルがレオンに合図すると、レオンはするりと音もなく部屋に入った来て、私を抱き上げる。
つい胸元に縋り付くと、レオンの目の端が微かに緩んだ。
「位置情報、届きました」
「よかった……上手くいったのね」
私もホッとして微笑む。
ばさり
「わぷっ」
「羽織れ。……目立つ」
上から布が落ちてきた。カイルの外套だった。
おとなしくそれを羽織ってレオンに窓から外へ出してもらう。上からカイルが引っ張ってくれて屋根の上に這い出た。
屋根の上は傾斜があり、風もあって怖い。カイルにしがみついていると、窓から出てきたレオンが後ろから支えてくれた。
「どうやってこんなところに?」
外から登れるようなところはない。レオンだけなら登れるかもしれないが、カイルは無理だろう。
「あれだ」
闇夜に更に濃い暗闇が浮かんでいる。ふわりとその濃い闇が霧のように広がった。
霧が晴れると、闇の中に溶け込んで、光沢のある黒と紫のツートンカラーの巨大ロボットが鎮座していた。
「魔導兵器……?」
「ふはは、ついに手に入れたぞ」
カイルが自慢げに笑う。
「簡単な事だった。聖霊公爵はこれを使えるんだ。強すぎるので秘匿しているだけで」
……結局出てこなかったから、無い事になったと思っていたのに。
これからアルフレッドもこれを持ち出してドンパチやるのだろうか。怪我しそうなことはやめてほしい。
どうコメントしようかと考えていたら、カイルとレオンがいそいそとコックピットに乗り込んだ。
音もなく胸の部分が開き、階段状に二つ座席がある。霧の騎士は二人乗りだ。上がパイロットで下がオペレーター。カイルが上に、レオンが下に座る。2人が操作すると、「霧の騎士」の手が、意外と繊細な動きで私を包んで持ち上げる。
「しっかりつかまってろ」
二人ともなんだかとても楽しそうだ。……ってちょっとまって!
「レオン! そこは私の席でしょ!? 公式! 公式はその席マグノリア!」
「大丈夫ですよ、俺でも動きますし」
どうしてもロボットに乗りたい男子は譲りたくなさそうだ。
「譲りなさい! 私が座るの! ていうか、まさかこのまま飛ぶつもり?! 怖いって。重力とか風の影響とかどうなってるの!?」
空飛ぶロボットの手とか肩とかに乗って飛ぶのは、絶対に怖い。いやだ。
「……これ、結構魔力持ってかれるんですよ。マグノリアなら死なないとは思いますけど。そっちの方がまだ安全です」
命令口調でも聞かない。私が主人なのに。
「ああそうだ」
レオンが降りてきて私を抱き上げ、そのまま膝にのせて席に座り込む
「ちょっと狭いけど、これで」
「おい、それならこっちでもいいだろう」
上からカイルが口を出す。
「パイロットは運転に集中してください」
そしてカイルの方を見上げて言った。私から顔が見えない。
「集中できますか? この状態で?」
「……安全運転を心がける」
「そうしてください」
コックピットが閉まって、一瞬真っ暗になり、ふわっと目の前が窓のように見えるようになる。窓っていうかモニター?
助けに来てくれたのは本当に有難いんだけど、……個人的には馬で迎えに来てくれる世界観が良かったな……空飛ぶ必要があるならせめて魔法の馬車とか絨毯とか、ペガサスとか……いや、それも怖いか。巨大ロボットは意外と良いチョイスかもしれない。
二人のやり取りを見ていて、何となくそんなことを考えられるほどには元気が出てきた。
「行くぞレオン」
「はい」
カイルの号令で、レオンはアームレストの先に嵌め込まれた黒い宝石のような部分に、手を置き、フッと息を吐いて集中した。
触れている身体がふわりと熱くなり、それが宝石に流れ込む。
モニターに映る映像が揺れ、浮遊感を感じる。画面が下から上へゆっくり流れる。
一瞬重力が強くなり、止まった。地面に降りたようだ。
「このままノワールの屋敷まで行く。飛ばないが霧は出す」
「わかりました」
動かすにはエネルギーとして魔力がいるのだが、霧の騎士は燃費が悪いという設定だった。アニメではカイルが乱暴に操縦するから、毎回マグノリアが死にそうになっていた。
霧の騎士は滑るように走り出す。少し浮いて滑るように走っている。周りから身を隠す霧を出しているからか、人がいる所も構わず通っていく。
夜の王都の街並みが、凄いスピードで後ろに流れていく。
レオンの鼓動が、走っているように速くなっていく。だんだん息が上がり、額に汗が浮いてきた。魔力を使い続けるのは結構きついのだ。
私も役に立つだろうか? 公式は私なのだからダメでは無いだろう。
もしかしたら、属性のようなものもあるのではないだろうか。闇魔法を無理やり炎属性の戦士が使ってるからMP二倍必要、みたいな。
そう思って、レオンの大きな手に、自分の手を重ねて魔力をこめる。
「私も手伝う」
「マグノリア!?」
珍しくレオンが驚いた声を出した。その時、機体ががくんと揺れた。
レオンがカイルを見あげる。
「……安全運転だろ」
「わかってる! 君達も余計な事をしないでもらえるか!」
余計な事だと言われてしまった。
「マグノリア、助かります。……問題なければそのままで」
やはり私の魔力のほうが効率が良いらしい。私はそんなに辛くないが、レオンが少し楽そうになった。




