36.最後のピース
<Kyle>
マグノリアが王宮に移ってしまった。マグノリアが承知したのだから仕方がない。僕には止めようもないことだった。
大方、僕から守るためとか言ったんだろう。
アルフレッドは今、誰がマグノリアを傷つけているのか、自分でもわからないのだろうか。
過去は過去。後悔と言うものはしないようにしているのだが、さすがに二年前の自分を殺したくなった。
しかし、結局の所、今できることをするしかない。
五公の協力を得るまで、後2つだ。
ブランと、もう一つは僕自身。
父上を説得することも考えたが、これは僕の発案で、自分の手で最後までやりたい。なので、僕が早くノワール公を継げば良い、と思った。
継ぐ、ということはすなわち、聖霊公爵の代替わりとなる。聖霊を宿す器としてふさわしいとノワールに認められなければならない。
ノワールにさえ認められれば、父上に認められなくても良いというのは、ある意味好都合だと思ったのだが、自分なりに色々やってみても何も起こらない。
聖霊関連は要件がよくわからない。
ノワールは、「賢い人間であること」が要件だと言われてはいる。だが、賢いというのは試験の点数が高いことではない。そんな簡単なことはとっくにクリアしている。
何をもって賢いとするのかは不明だ。
正直な所、今僕はそんなに賢い動きをしているとも思えない。目的を達するためと考えれば、余計な遠回りをしている。さっさと武力や魔力を集結して、アルフレッドの首でも取ってしまえばいいのだ。
できないことでもないし、この国の実権は五公が握っている。うまく纏まれば、影響は意外と少ないと思う。
しかし、この計画の軸にはマグノリアの存在がある。
今回は僕が奪ってしまったものをきちんと返す。それがミッションだ。
なのでできるだけ穏便に、マグノリアが結果を素直に受け取れるようにしなければならない。
今できることをやるだけだ。そう思って一つ一つクリアしてきた。
ノワールには毎日祈り続けるしかない。
+++
「リリアン、少し話をしたい」
リリアンを説得しなければ、ブランのピースがそろわない。
レオンに頼んでアルフレッドの足止めをしてもらい、リリアンが一人でいる時を狙って声をかけた。
レオンがどのようにして足止めをする気なのかは怖いので聞いていない。暴力はいけないとだけ言っておいた。
リリアンは警戒した目で僕を見る。それはそうだろう。女の敵のような話になっているからな。
「マグノリアの事なのだが」
そういいながら、彼女が良くいる東屋で、できるだけ距離をとって座る。
口元も目元も、笑わないように気を付ける。レオンに言われたのだ。信頼を得たいなら笑うな、目をそらすな、睨むなと。
正直、目を見て、笑いもせず睨みもせずって難しくないか? と言ったらそういうところが駄目だと言われた。誠実の先生はなかなか厳しい。
リリアンの目を見ながら、レオンの教えを守って話す。
「王宮に行ってから会えない。アルフレッドから何かマグノリアのことを聞いていないだろうか」
「何も聞いてませんけど……」
「君はマグノリアにあった?」
「いいえ……アルフレッドもマグノリアの話を避けているようで……」
よし、少しコミュニケーションがとれた。つい、懐柔用の微笑みを浮かべようとして慌てて表情を硬くする。眼鏡を押さえてごまかした。
「君は、僕についてひどい話をたくさん聞いていると思うけど」
「ええ……」
「全部、本当の事だから」
誠実の先生の教えその2だ。嘘をつくな、怪しまれていることはこちらから肯定しろ。
そして言い訳をするな。
「反省している。不誠実だったと思う。自分でやってしまったことだが、何とかしたいんだ。それで、マグノリアを助けたいと思っている」
君もアルフレッドが欲しいのだから丁度良いだろうと、以前なら言っていただろうがグッと我慢する。
教えその3だ。人の気持ちを推測するな、話すときは自分の事だけ話せ。
「でも、あなたはマグノリアを道具のように考えていたんでしょう? マグノリアはずっと悩んでいたって言ってたわ」
「それはマグノリアが言った?」
「……いいえ、アルフレッドから聞いたわ」
マグノリアが言っていたなら仕方がないと思うが、アルフレッドにそのように決められるのは気分が悪い。
「信じてもらえないかもしれないが、アルフレッドとマグノリアが婚約したあたりから僕たちの関係は大きく変わっていてね。そんなに酷いものではなくなっていたと思う。ブランに旅行に行ったのはマグノリアの発案だ。あの時、マグノリアと、レオンと、僕と三人だった」
リリアンの表情は硬い。レオンとマグノリアの仲を、僕が邪魔したと思っているのだろうか。
「その時に、マグノリアからこれをもらったんだ。君なら、込められた意味が分かるかな? もしわかったら教えてほしい」
僕はあの日貰ったランプを取り出した。
差し出してくれたのに受け取らなかったランプ。これを見ると、少し悲しそうに窓辺において行った後ろ姿を思い出す。
「これ……」
リリアンがランプを見て目を大きく開けた。
「これ、あなたがもらったの……?」
+++
何とかリリアンに信用してもらい、訳を話してブラン公を紹介してもらえることになった。リリアンも賛同してくれたから、ブラン公も大丈夫だろう。
「やったぞレオン、作戦成功だ」
「良かったです。俺も見てましたが、まるで立派な誠実な男のようでしたよ」
草むらから出てきてももう驚かない。が、レオンに一言言おうと思ったその時だった。
「……?」
「どうしました? カイル」
突然、僕の胸の内になにかが広がった。とっさに胸を押さえる。
ーーーあ、揃ったのか
すとん、と、納得した。今僕が目的のために必要なピースを集めていたように、僕のピースを集めていた存在がいたのだ。
そしてそれが、何なのかはよくわからないが、どうやら揃ったらしい。
そして僕の願いが。二年前から本気で願い続けてきた事が受け入れられた。
「カイル、大丈夫ですか? なんかさっきの誠実が裸足で逃げ出しちゃった顔してますけど」
「くははははっ」
胸の底から湧き上がるものにこらえきれず嗤う。ーーおそらくこれは、ノワールの思し召しだ。代替わりの器ができたということだ。
駄目だ、秘匿事項だ。レオンにもまだ伝えてはいけない。
「なんですか、ノワール公みたいに笑って」
「ああ、いや、なんでもないよ。色々うまくいきそうでね」
高揚した気分を押さえて、話を逸らす。
「そういえば君、アルフレッドをどうしたんだ」
「いやー、俺にできる事なんて、暴力以外だと監禁くらいしか」
「監禁は暴力の内だろう」
「マグノリアとおんなじこと言う。大丈夫、ルーカスに頼みました。アルフレッドを呼び出して、マグノリアに手を出さないように暗示をかけてくれって」
レオンも軽口をたたくようになったなと思いつつ、聞き捨てならないことを聞いた。
「暗示?」
「ああ、ルーカスって不思議な術みたいなのを使うんですよね。目を見て話されると、気が変わるような。あれは暗示みたいなもんかと」
「暗示か……」
それはかなり、今までの僕に影響のある話を聞いた。……いくつか心当たりがある。
「カイル? 相当悪い顔してますよ?」
「いやなに」
僕は眼鏡を押さえた。
「よい手駒が手に入ったと思ってね」
今日はいろいろなものが、掌に転がり込んでくる。




