35.GPSを強要してくるタイプ
師匠の所から帰るとき、レオンが珍しく私にかなり強い目つきをして、小さな赤い宝石を渡してきた。
ルージュを思わせる赤だが、私に合わせてくれたのだろうか、銀黒の細工でチャームのようになっている。
「これ、持っててください」
「なに? 綺麗ね」
私が受け取ると、レオンは何やら少し悩んだ後に言った。
「これは、護衛アイテムです。なのでマグノリアを信用してないわけではないのでそれだけわかってください」
「何? なんか怖いんだけど」
「マグノリアの魔力に反応して、いつもどこにいるかわかります」
「えっ怖っ」
……GPS?
「魔力の強さで位置情報の精度は上がりますので、何かあったらできるだけ魔力を込めてください」
「いやいや、怖いって」
素で返してしまった。
位置情報ってなんだ。ファンタジーなら座標とかではないのか。
「どうして、ブルー公爵は良くて俺はだめなんですか!?」
「いや、師匠はそういうんじゃなくて、お互い忙しいし」
「そういうんじゃないってどういうことですか? 俺は、”そういう”の?」
少しかがんで、私に目を合わせる。マテをされてる大型犬のような。ヨシッて言ったら顔舐めてきそうな雰囲気である。
「そういう関係って、どういう関係ですか?」
「あ、あなたは私の騎士で、護衛なんでしょ!?」
「そう。だから、何も問題ない。でしょう?」
レオンの目がギラリと光ったように見えた。一瞬ひるんだ私の手からチャームを取る。
「どこに着けときましょうか。いつもつけてるリボンに通しましょうか」
「リボンだと落ちちゃうわよ」
「一つ貸してください」
レオンは手を伸ばして、結ってあったリボンを片方ほどく。意外と器用だ。
それにチャームを通して、私の首に巻いた。有無を言わせぬ迫力と早業である。
「可愛い、猫みたいだ」
「ちょっと、やりすぎじゃない?」
「これは譲れない。あとでもっと上手くつけておいてください。でも、外さないで」
「なっ」
「護衛のためにしか使いませんから」
むしろそれ以外に何の使い道があるのだ……
結局、押し負けて受け取ってしまった。
護衛のためなら確かに便利だろう。師匠と持っている魔道具にも確かにそういうものはある。
あと、レオンに居場所を知られるのは別に今に始まったことでもないので、冷静に考えれば悪いものでもないなと思い、持っていることにした。
この形なら、ペンダントにしろブローチにしろ髪留めにしろ、どこかに着けておけるだろう。
+++
「マグノリア、そのペンダントどうしたの?」
「え、ああ、いや……」
聖堂に来ると、アルフレッドとリリアンが出迎えてくれる。なんだか連行されているような感じだ。
そして三人でいることになる。レオンと一緒にダブルデート扱いも嫌なので、レオンには離れていてもらっている。
しかし、離れるなら絶対につけろと言われたチャームをペンダントにしていたら、リリアンの高い女子力で、突っ込まれた。
「いつものマグノリアじゃ選ばない感じじゃない? もしかして、もらったの? レオンにでしょう!?」
「え……ええ。護衛のアイテムらしくて」
「そうだとしても素敵だわ!」
大喜びされているが複雑な気分だ。どうせ気づくなら、今日も頭を飾っている黒いリボンに気づいてほしい。私の推しのカラーは黒であって赤ではない。
「へえ、いいじゃないか」
アルフレッドがにこやかに言った。
「今度私もプレゼントしよう」
私に向かって言う。
それを見て「え?」とリリアンが小さくつぶやいた。私も「え?」だ。
「そ、そうよね! マグノリアはアルフレッドの婚約者だもの」
「もちろん、あなたにもプレゼントするよ」
明るく言うリリアンに、当然のようにアルフレッドは言う。
リリアンの笑顔がわずかにひきつった。だがその微妙な表情の変化に気が付くアルフレッドではない。
「そうだ、マグノリア。王宮にあなたの居室を用意したんだ。早々に移ってくれないか」
「「え?」」
ついに、え?が、ハモってしまった。
「いやでも、私はまだ……」
「あなたを守るためにはどうしたらよいのか、考えたんだ。今君の家にはカイルがいるじゃないか」
「ええ、だからこそ、父や兄に相談してから」
「お父上は、マグノリアが良いのであれば良いということだったよ」
まさかまだ、カイルのことを疑っているのだろうか。それであればさすがに私もお父様が嫌いになりそうだ。
「実は……聞いたんだ。二年前、カイルがあなたを襲おうとした、と」
「!? まさかお父様?」
「いや、違うよ。人の口に戸は立てられぬってね。でもその反応を見ると、本当だったようだね」
「いいえ、けしてそのようなことは!」
「カイルが突然王都から出ていったからおかしいと思たんだ。あなたがかばったから、二年間の追放で済んだんでしょう? なんでそんなにカイルに甘いのかな。もし私と結婚する前に大事になったらどうするつもりなんだい?」
こう言われてしまうと反論できない。密室に連れ込まれたと言うのは本当なんだし、深く突っ込まれると困るのだ。
「ね、リリアンもわかってくれるだろう? 今マグノリアは悪魔と一緒に住んでいるんだ。だから私が保護してあげようと思うんだよ」
「え、ええ……」
「カイルは本当に酷い悪魔のような男なんだ。私はいつかあいつを倒さなければならない。そうしないときっと、あいつが私を倒しに来るだろう」
自分に酔っているアルフレッドに、リリアンと私の戸惑いは届かない。
+++<Alfred>
リリアンが言ったのを聞いて、マグノリアの胸に、いつも見ない色の宝石が光っている事に気がついた。
やっぱりレオンとは関係があるんじゃないか。
マグノリアは結婚相手であって恋人ではないし、本人も恋かどうかはわからないと言ったきりだ。
どうせそれもカイルの入れ知恵だったのだろう。そんな風にすれば、私が追いかけるとでも思ったか。
カイルがいなくなれば次はレオンだ。僕になどさほど興味ないくせに、義務だからと付き纏ってくる。
それはもうどうでもいい。私には今はリリアンがいる。カイルではなく、私を見ているリリアン。私を信じてくれるリリアン。
ずっと一緒にいてやりたい。
リリアンはそのうちブランの養子になるから、そうしたらマグノリアとの婚約を解消して、リリアンと結婚することもできる。
そうしたらマグノリアは自由だ。きっと私に感謝するだろう。
でもその前に、彼女を悪魔の家から救い出してやらなければ。義理とは言え、妹に手を出そうとするなんて本当に酷いやつだ。
王宮にいれば、カイルとはいえ簡単には近づけない。レオンも護衛の必要もない。
私が守ってやろう。
幸せな未来が広がっているのを感じて、私はとても良い気分だった。




