34.だいたい兄貴のせい
カ、カイルがあんなにあっさりと、嫌みの一つも言わずに去るなんて!?
私は吃驚していた。リリアンが人の話も聞かずにそんなことを言い出したのも驚いたし、アルフレッドが言い返したのも驚いたけど。
一番の驚きは、カイルがあっさりとその場を去ったことである!!
『貴様程度が調子に乗るなよ』とかなんで言わないの!?
『は、僕の何を知っているというんだ? ブランの田舎娘が』とか、なんで言わないの!?
変なもの食べた? ああ、ルドルフさんに変なもの食べさせられたんでしょう!?
まあでも、本当の事だったからね。昔のこととはいえ、やっちまったことは仕方ないもんね。
私が思いつく限りカイルらしいセリフを考えても、ちょっと三下っぽいもんね。あそこでスマートに立ち去った方が強キャラっぽいよね。うん。
と、考えていると
「もう大丈夫だ、マグノリア。私たちがあなたを守るから」
そんなことを王子はきらきらしながら言い出した。……余計なことを。
カイルに勝ったとテンションが上がっているのが見ていてわかる。恥ずかしいほどに浮かれている。
「あの、お二人ともカイルを誤解してますわ。確かに、確かに以前は良くないところもありましたけど、今は本当に反省していて……」
……ん? 反省はしてないかもしれない。開き直っている気もする。いや、私が信じなければ。
「何を言うんだ、マグノリア! あいつはわざわざリリアンに牽制しに来たんだろう!? リリアンをいやらしい目で見て、女の敵とはああいうものを言うんだな!」
「なっ! なんですって!? そんなことおっしゃらないで! 私の大事なお兄様を」
さすがにそれはないでしょう。カイルはああ見えてとても紳士なんだから!!
私は結構本気で怒っていたのだが。
「いいから、マグノリア。あなたのことは私がカイルから守るよ。もう心配ないさ」
キラキラした王子にたしなめられて、何を言っても無駄、と、私は溜め息をついた。
+++
「レオン、今日ブルー公爵大丈夫そうだけど、寄ってみる?」
そんなことがあった日。なにか楽しいことがないかなあと思っていたら、師匠から、今日暇だよのスタンプが届いた。
これは師匠に作ってもらった魔道具で、固定の相手にスタンプしか送れないスマホのような感じだ。対になっている端末同士でしか使えないので、トランシーバーのスタンプ版、と言うイメージか。
私の説明が下手だったのか、難しかったのかはわからないが、やり取りするのにSNSがあったら便利だな、と、説明したらこうなってしまった。ちなみに魔力で飛ばすため、位置情報は勝手についてしまう。
まあ、これはこれで便利である。
「なんですかこれ、すごいですね」
「相手がどこにいるかもある程度わかるのよ」
師匠も忙しいので、暇なときとか来ていい時はこれで連絡をくれるのだ。
そんなわけで、王都のブルー公爵家にお邪魔することになった。
+++
「師匠、お邪魔します! 今日は友達連れてきました!」
ブルー邸の敷地の隅に、掘建小屋のような作業場がある。
そこには、長い髪を適当にお団子にまとめ、瓶底眼鏡をかけて作業着に身を包んだ師匠が何やら細工をしていた。
「いらっしゃい。……あれ、ルージュのところの子じゃないか」
「……ええ、お久しぶりです」
師匠のいつものヘラヘラした顔がちょっと真面目になった。眼鏡をおでこにあげる。久しぶりに師匠の素顔を見た。相変わらず美人だ。
そういえば、師匠って隠しキャラなんだよね。ゲームで出てくるクールビューティーキャラと違いすぎて最初会ったときは別人だと思った。
「知り合いだったなら、別に私が紹介しなくても良かったじゃない」
「仕事で顔を見た事がある程度だよ。ねーマグノリアちゃん、僕人見知りだから、来るなら1人でおいでって言ってるじゃん」
ちゃん……?と、レオンが呟いている。
「師匠、突然ごめんなさい。先日、兄が帰ってきたって話したでしょう? 兄とレオンが、師匠にお願いがあるんだって。話聞いてくれませんか?」
「ええー、どうしようかなぁ。君のお兄さん怖いんだよねえ」
そういって、瓶底眼鏡をかけ直す。
「そんな事ないですよ! 最近すごく優しくなったから! あ、そうだ」
鞄からこの間撮った写真を出す。師匠に会うタイミングがあれば見せようと思って持っていたのだ。
「ほら、眉間に皺もないし、睨んで無いし! 優しそうでしょ!?」
「へー、よく撮れてるね。なるほど、君が持って行った貴重な一つは、この為だったのね……」
師匠は写真を手に取って、ふんふん、と、何やら納得すると、
「お兄さんに貸しを作っとくのもいいかもね。……レオンくんだったっけ? 話を聞こうか」
マグノリアちゃんはそっちで遊んでてね、と、まるで子ども扱いで、師匠はレオンに向き直った。
+++<Kyle>
「カイル、今いいですか? 進捗報告」
レオンが僕の部屋に来た。勝手にソファに座り込む。
「ああ、頼む」
「ブルー公爵ですが、すでに陥落済みでした」
「は?」
「条件はありましたが、二つ返事で賛同してくれましたよ」
たまに王宮ですれ違うブルー公爵を思い出す。いつも長い髪をきっちり編み込み、美しい顔立ちに片眼鏡をかけている。その鋭利な印象の美しさで、氷の美貌の公爵などと言われている。無口で人を避けているようで、喋ったことはない。
マグノリアとそこまで仲良くなっていたのか。彼女の事だ。また眼鏡にはしゃいだのだろうか。
「他にも何かあれば、マグノリアがお願いすれば何でも大丈夫なんじゃないですかね。マグノリア、何であんなになっちゃったんですかね。兄貴のせいですかね。男の落とし方とか教えてましたよね。いや、今回はわざとじゃない分、タチが悪いですよね」
つらつらと文句を言い出した。
「アルフレッドの紹介だし、マグノリアが公爵家の敷地内だけだから大丈夫、集中したいからついてくるなって言うから油断してました。無理やりでもついて行ってればよかった……」
「今日君、よく喋るなあ」
「最近カイル喋りやすいんですよ。前みたいにバカにせず話聞いてくれるじゃないですか」
そうだろうか? ……前は馬鹿にしていただろうか?
「忙しいからって、魔道具でお互い今どこにいるか確認できるようにしてたんですよ。たまたま空いてたりすると会えるように」
「効率的じゃないか」
「俺、今まで甘かったなと思って。さすがにここまでしたら気持ち悪いかな、と思って渡していなかったルージュの騎士の護衛アイテムを渡しました。マグノリアの魔力に反応して、いつでもどこにいるかわかります」
「やめろ気持ち悪い」
「ほら、俺だと気持ち悪さわかるでしょう?」
何で得意そうなんだ。
レオンが珍しく、天井を見上げて、ため息を吐いた。
「いや、別に危険があったわけじゃないんですよ。ブルー公も悪い人では無いですし、本当に気が合っただけみたいだし。ただ俺が交友関係の状況を把握できてなかったのが嫌なだけで。とにかく。ブルーはこれで問題ないです。いや、俺としては別の問題はできたんですが」
レオンはぶつぶつとまだ続けている。
喋りやすいといわれたのが存外悪い気はしなくて、適当に相槌を打ってやった。




