33.王子、姫のために戦う
カイルとレオンの何か企んでいる話は、「国を掌握する」のが最終目的なのは変わらないようだ。ただ、ゲームでもアニメでも武力行使だったけど、一人ひとりに協力を要請しているところから見ると、流れは変わっているようだ。
私が無理に止めたら、やっぱり武力行使の方に行ってしまうのではないかと……少し不安で、ブルー公を紹介するのは約束した。
でも、師匠も公爵業で忙しいので、なかなかタイミングがなく数日経った。
アルフレッドとリリアンが、中庭の東屋にいるのをみつけた。
堂々と二人で逢引のようにしていて、何とも言えない気分になる。
挨拶だけしてこよう。レオンには見えないところに隠れているように、何があっても出てこないように言って、東屋へ向かう。
「ごきげんよう、アルフレッド様、リリアン」
「あっ、マグノリア、こんにちは!」
「なんだ今日は1人なんだね」
テーブルの上に、蛍祭のランプが幾つか並んでいる。
机を覗き込むように近づいて声をかけた。
「素敵なランプですね。どなたかへ贈り物?」
聞いてからしまったな、と、思った。
リリアンの顔がかあっと赤らみ、チラッとアルフレッドを見る。アルフレッドがリリアンに微笑みかけた。
その時だった。久しぶりに、あの声をここで聞いた。
「蛍祭のランプじゃないか。随分と熱い気持ちがこもっているようだが……婚約者である僕の妹への贈り物かい?」
そこには、午後の麗らかな日差しを浴びて、黒ずくめのインテリ眼鏡様が微笑んでいた。
「お兄様!」
不意打ちお兄様。お家へ帰ってきたけど、お父様の手前か私を避けるようにしていた。実はとっても悲しかったのだ。
そんな今。カイルが不意打ちで現れて、私が我慢できる訳がない。
尻尾があれば千切れんばかりに振っていただろう。尻尾でなくてもいい。ペンライト振りたい。今度作ろう。
ゲームのマグノリアだって、もう少し気持ちを隠せてたと思う。が、気持ちの種類が違うので少し多めに見てほしい。
笑顔でカイルに駆け寄ろうとした時、ガシっと手首を掴まれた。
みるとアルフレッドが、自分でも驚いた表情で私の手を握りしめていたのである。
+++<Alfred>
「アルフレッド様?」
マグノリアが私を呼ぶ。なぜ、咄嗟にマグノリアの手を取ったのだろう。
……カイルの元へ行こうとするのが我慢ならなかった。だから押さえた。という事だろう。
カイル。2年ぶりだろうか。随分と印象が変わった。
以前は幽鬼のように白く細かったが、何というか、健康的になった。人間らしくなったといおうか。
「久しぶりだね、アルフレッド。息災だったかい? 相変わらず仲が良いようで安心したよ」
どこか侮りの色がある声。目が笑っていない貼り付けたような笑顔。それは変わっていない。
「アルフレッド様、カイルが来たの。離してくださる?」
マグノリアはソワソワとカイルを見ている。
なぜだ。という思いが頭を締める。
だってマグノリアは私の婚約者だ。ここでカイルに駆け寄るなんて、おかしいでは無いか。
「……カイル、マグノリアはこの通り、私の婚約者として立派にやっているよ。だから、もう、構わないでくれないか」
カイルは肩をすくめて見せる。
「それは良かった。最近、君が他の女性と仲が良いと聞いたので疑ってしまった。すまないな」
そのまま、こちらに近づいてくる。
「その子かな? 僕にも紹介してくれよ」
そして彼はあろうことかリリアンに、にっこりと笑いかけたのだ。
「はじめまして、僕はカイルという。ノワールの後継だ。君はブランの候補だと聞いた。年も近いし、きっと長い付き合いになるだろう」
「は、はあ」
「おや? 君、どこかで会ったことがないかな?……もしかして、……リリアン、だっけ?」
するりと私とリリアンの間に入り込み、彼女の顔を覗き込んでいる。
……こうやって、何人の女の子を取られたことか……
私はそこまで話が上手な方でも無いし、気も効かない。最初は私に近づいてきて一生懸命話しかけてくれていた子が、気がつけばカイルの話に笑い、頬を染め、カイルの手を取っていた事が何度あった事か。
マグノリアはこんな扱いで良いのだろうかとふとみると、リリアンを口説いているカイルを興味津々で見つめていた。頑張れお兄様! と、口が動いている。特段嫌がっている様子はない。まさか、本当に兄として慕っているだけなのか?
「よっ よらないで!!」
突然叫んだのは、リリアンだった。
「あなたがマグノリアのお兄さんね!? マグノリアはあなたのせいで人生を滅茶苦茶にされたのよ!?」
ヒステリックにカイルに詰め寄る。とても苦しそうな、本気でマグノリアのためを思っている表情だった。
「アルフレッドから聞いているわ。まるで悪魔のような男だって。マグノリアだけじゃ無いわ、何人もの女の子があなたに弄ばれたって……」
リリアンはわっと泣き出した。
「ブランの街ではとても良い人だと思ったのに! 本当に残念だわ!」
カイルが私の方を向いた。信じられない、というような、今まで見たことがない顔だった。
「君、僕のことを何て言ったんだ……?」
その表情と、リリアンの泣き声、手の中のマグノリアの温かさが私の背中を押した。
「ほっ 本当の事だろう?」
青白い顔では無くなったからかもしれない。どこか不気味だった雰囲気がなくなり、人間らしくなったからかもしれない。
そんなにはっきりとカイルに言い返したのは初めてだった。
「マグノリアと私の婚約を勧めたのは君だ。それに、カイルがいなくなってから、多くの女性から話を聞いたよ。思わせぶりな態度で気を引いておいて、飽きたらそのまま捨てられたと」
カイルがいなくなってから、カイルに取られた女の子たちがそう言って戻ってきたのだ。一人ではない、幾人もだ。
「……」
カイルは何も言い返せないようだ。
それはそうだろう、本当の事なんだから。
「そうか。わかった」
あっさりと言うと席を立つ。
「邪魔してすまなかったな。……マグノリアは大事にしてやってくれ。大事な妹なんでね」
そう言いのこしてカイルは去っていった。
私は初めて……カイルに勝った、と、喜びを噛み締めていた。
+++<Kyle>
身から出た錆、自業自得。そんな言葉が頭をよぎる。特にショックでも悔しくもないのはなぜだろうか。本当の事だからか。自分でもどうかと思うからか。
まあ、これに関しては、言い訳のしようがない。
「失敗してたじゃないですか」
「うるさい」
レオンがなぜか草むらからひょっこり出てきた。
「何でそんなところにいるんだ」
「マグノリアが隠れてろって言うので」
だからと言って、もう少しマシな隠れ方があるだろう。柱の影とか。なぜ草むらに這っているんだ。
しかし、レオンのおかげで気がまぎれた。どうやら僕も少し落ち込んでいたようだ。
空を見上げる。ぽっかりと何もない青空だった。
「……すべて本当の事だからなぁ」
「改めて聞くと最低ですね」
生意気に言われてムッとする。
ただ、レオンは確かに、これと決めたら余計なことは考えない。一途で誠実ともいえる。
結局一番良い男なのはこいつなのかもしれないな、と思った。少しは見習おう。
「何とかする」
さて、どうしたものか。




