3.悪役令嬢になろう
転生して数日。いろいろ考えてみた。
我が家の破滅を回避する作戦。
大きく分けて2つだ。
ひとつ目は、計画を探って、クーデター自体の回避。
ふたつ目は、ヒロインに、カイルルートで攻略させること。
クーデター自体を回避しないと、お父様が死ぬ。だからこの計画自体をなくすのが一番。
でも、もし物語が改変できず、エンディングは決まったもののどれかになるのであれば、カイルだけでも助けたい。そうすると、カイルルートで攻略させるしかない。
他の攻略対象のエンディングでは、カイルは死ぬ。カイルルートでハッピーエンド以外、道はないのだ。
そのために今動けること。
まずはお父様とカイルの仲間に入れてもらい、クーデターの計画の内容を知る。そのためには、お父様とカイルと、仲良くならなければならない。
そして私はこう決意した。
「悪役令嬢になろう」と。
マグノリアは王子アルフレッドの婚約者。ポジション的には悪役令嬢、ライバルキャラたりえる。
しかしマグノリアはヒロインを虐めもしないし、ルートによっては友人にもなるのだ。本当はカイルが好きで、アルフレッドと結婚するのが嫌というのがストーリーに絡んでくるから、ヒロインを咎めもしないし、むしろアルフレッドにのし付けてあげたくて仕方ないみたいなそんな感じなのだ。
家族から政略結婚の道具として使われた、運命に翻弄される哀れなお姫様。それがマグノリアの役どころである。
王子ルートだと、ラストは婚約破棄で王都追放。やっと自由になれる……と嬉しそうな追放エンドだった。
多分、カイルが悪役だからそういう事なのだろう。
しかしこれでは、クーデターの仲間入りなどできるわけがない。
なんでマグノリアは悪役に入れてもらえないのかと考えれば、自分のことにしか興味がないからだ。自分がカイルが好き。アルフレッド嫌。皆私の嫌なことするの。そんな、うじうじぐじぐじと考えているから、カイルにいいように操られるのだ!!
あ、勘違いしないでくださいね、個人的にはマグノリアは好きだったんですよ。私は私利私欲のために動くキャラクターが好きなので、お人形のように超かわいい無表情キャラのくせに、「カイルの為なら何でもする、だって私カイルが好きだから!」という頭の軽さが大好きだったんですよ。
でもね、これじゃあ仲間には入れてもらえない。
ノワールの悲願は王政の廃止なんですよ。五人の聖霊公爵が実際には政治も全部握っているのに、最後の最後、王の決裁が必要と言うのが我慢ならないらしい。
そんなクーデターの仲間に入れてもらうなら、私もちゃんと、賢くあらねばならぬと思うのです。カイルの言う通りに動く駒ではなく、カイルの意をくんで動く配下に、まずはならねばならぬと思うのです。
そう考えて私は、「悪役令嬢」になったらいいんじゃないかと思ったのだ。
自分で考えて、自分で働く、そんな悪役令嬢に。
じゃあ、悪役令嬢ってどういうのだ?
まずは……あれだ、主人公をいじめるんだ。マナーができてないとかで。
あっ、カイルがやってた。「ブランは庶民的で君も助かったね」とか言ってた。
あと、婚約者がいる男性に近づくなんて最低ね、この泥棒猫がとかいうんだ。
あっ、カイルがやってた。「手癖の悪い子猫とは僕が遊んであげよう」とか言ってた。回りくどい。あとエロい。
あと階段から突き落とすとか。
あっ、カイルがやってた。自作自演で自分で助けてた。
……悪役令嬢の役割を、全部やってた。カイルが。
そりゃ断罪もされるわ。
これはカイルにやらせないように、私が代わりにやる、という方向で行こう。
はっ!!
私がこれを先にやりつつ、ヒロインとカイルのフラグが立つようにすれば、いいのでは!?
そうしたら、ちゃんとカイルルートに導きつつ、クーデターの計画廃止も上手く行くのではないかと!!
よーし、ではこれから、ブランの田舎者に、マナーについてビシビシ文句を言えるように、もっと教養を磨きましょう!
それから、王子の婚約者である事をもっと派手にアピールしましょう!!
それから、階段から落としたりいじめたりできるように、取り巻きを作りましょう!!!
それから……一番重要なのはこれか。
私は小物入れから、父に貰った紫と金の飾りが美しい黒い扇子を取り出した。
鏡の前で扇子を開き口元に当てる。 顎を引き気弱そうな紫の目に力を込めてにらんだ。 輝きのないアメジストのようなレイプ目に少しだけ光がともる。
そして扇子を少しずらして、少しだけゆがめた赤い唇を見せる。
鏡を見つめたまま、ゆっくり顎を斜め上にもっていき、見下すポーズをとる。
最後の仕上げ。勇気を出して。息を思いきり吸う。
「ほーっほっほっほっほっほ…ゲホゲホ」
高笑いは、要、練習ね。まずは肺活量からか……
今まで、ろくに運動もしないで引きこもり、うじうじといじけていたことが足を引っ張っている。
一番重要なのは、やはり「型」。ノワール家の「悪役」型を、私のものにするのです。
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「ほーっほっほっほっほっほ」
「はーっはっはっはっはっは」
昼下がり。肺活量も鍛え、発声練習もばっちり。
咳き込むこともなくなってから、こうしてお父様と高笑いすることができるようになった。
抜けるような青い空に向かい大きな声で笑うと、とても気分がいい。
大きな声ははしたない?
しらんしらん。
お父様も喜んでいるし大丈夫。
我が家の庭は、あまり開放的ではないが、うっそうとした薔薇の茂みが独特な影を落とし、味があって美しい。
「ねえ、お父様、私お願いがあるの」
「なんだね、何でも言ってみなさい」
「私、社交界に出てみたいの。女性の方の知り合いをもっと増やしたいわ」
「そうか……何とかしよう」
「本当? うれしいわ!」
私はまずはお父様を篭絡することに決めた。 っていうか、もともとお父様は私に弱かった。
どちらかというと、私が避けていた。なので私から話しかけると、大喜びで、すぐに仲良し親子になった。
今日のように、お庭でお茶だってしてしまうのだ。
カイルは難しい。なかなか心を許してくれない。
ちょっと妹が積極的に話しかけるようになったくらいでキャラが変わったら解釈違いなので、さすがカイル! とも思うのだが。なかなか、普通に話してくれない。
気分は複雑だ。
今日も声はかけたが、「気持ちは嬉しいが日の光に当たりすぎると気が滅入るのでね」と、ちょっと理解できない理由で断られた。
「マグノリアは最近とても明るくなったね」
お父様が言った。
「まるで暗い洞窟に輝く黒曜石のようだ」
ちょっとなにいってんのかわからない。
「そうかしら。お父様やお兄様のようになりたくて頑張っているのよ。黒曜石というのなら、雰囲気は似てきたのかしら」
お父様は嬉しそうだ。
「マグノリア、とらわれた駒鳥のように愛らしかったが、高らかになくヒバリのようなお前も大変魅力的だ」
どういう意味……? とりあえず、高らかに、笑っとく?
「ほーっほっほっほっほっほ」
「はーっはっはっはっはっは」
高笑いが青空に吸い込まれる。
大きな声で笑うとすっきりするわね。