27.モテ期に負けた男
時は、カイルが帰還する、3か月ほど前に遡る。
「まあ、アルフレッド様ったら!」
きゃあきゃあとかしましい声が廊下まで聞こえている。
アルフレッドに合うのは日課にしている。今日もご機嫌伺いに来たのだが、魔導研究室の前で私は頭を押さえていた。
カイルが居なくなった影響は、こんなところに出てきていたのだ。
カイルはモテた。
顔も良い、頭も良い、優しい(外面は)。次期公爵。婚約者もいない。
特定の相手もいない。あと、マグノリアとアルフレッドの邪魔をしないように、モテるようにふるまっていたのもある。アルフレッドに懸想する女子がいれば、あからさまに落としにかかっていた。被害者は実は少なく無い。
……その鬼畜の所業の是非は、今は置いておくとして。
カイルが遊学という名目で聖堂からいなくなり、アルフレッドは急にモテはじめた。
次期国王のくせに次期公爵にボロ負けだったってものどうかとは思うが、王子は結婚に制限があるし、婚約者もいるし、まあ仕方ない部分もあると思う。
手の届かない王様と、ワンチャンありそうな公爵だったら、後者に軍配が上がるのは当然だ。
というか、カイルの方が全然かっこいいし。それは純然たる事実だし。だからモテるのは当たり前だし。
そのカイルが突然いなくなったのだ。アルフレッドに夢中だったけどカイルに邪魔されていたお嬢さんたちはもちろん、カイルに夢中だったお嬢さんたちまで、一斉にアルフレッドに殺到した。
そしてその、急に来たモテ期に抗えるほど、アルフレッドは強くなかったのである。
そんなわけで、わたくし、マグノリア・ノワール。アルフレッド王子の婚約者。カイルの義妹。
普通に、悪役令嬢をやらざるを得ない事になっている。
「さすがですわー!」
「お上手なのねー!!」
扉の向こうは何とも楽しそうだ。
いつもの事だけど、何だか馬鹿馬鹿しくなってくる。
「マグノリア、命じてくれ。ひねってくる」
「いいから。手を出しちゃダメよ」
レオンが言ってくれるが、さすがに王子をひねったらまずいだろう。カイルは助かるかもしれないが、私とレオンが処刑エンドだ。
はあ、ため息をひとつ。よし、と、気合いを入れる。
扇を口許に。わたくしは由緒正しき婚約者様なのである。
魔導研究室の扉をあけると、アルフレッドを3人の女子生徒が囲んでいる。何やら手元を覗き込み、胸を押し付けんばかりに密着している。
キャバクラか!?ちょっとサービスしてくれる感じの、キャバクラなのか!?
「アルフレッド様、ご機嫌よう。随分と可愛らしいお友達ですわね」
3人の女子は青くなり、さっとアルフレッドから離れる。
私はひと睨みして差し上げる。
すると、「失礼します!!」と、口々に囀り、外へ飛び出して行った。
「なんだマグノリアか、何か用?」
アルフレッドはつまらなさそうに言う。
「そうですわね。何やら楽しそうな声が聞こえたものですから、覗いてみましたの」
「はあ。カイルもいないんだし、もう少し自由にさせてくれてもいいだろう。どうせあなたと結婚はしなくちゃいけないんだしさ。あなたも好きにしたらいい。その騎士との噂、私が知らないとでも思ってるのか?」
背後に控えていたレオンが動いた気配がしたので、扇でレオンの胸を叩いてとめた。
「レオンは護衛ですわ。その様な噂を信じるの?」
「はん、どうだか」
こんな様子である。
籠絡しろと言われて、結構仲良くなったと安心していたら、あっという間に遊び人になっていた。
たしかに、私も最初は計画的だった。カイルに言われた通りに、好かれるように思わせぶりに振る舞ってたし。それはね、私も悪かったと思いますよ。
だからちゃんと言ったじゃん! 恋かどうかはわからないけど、楽しくやろうって!
まあ、もしかしたらそれが、彼の中で、他の女の子と遊んでも良いって話になってるのかも知れない。
カイルとは仲のいい兄妹になったんだし、カイルはリリアンと幸せになってもらって、私は私でちゃんと、アルフレッドを好きになろうとしてたのに!
レオンの件も確かにある。レオン目立つし。大体一緒にいるし。でも、この二年で二人とも育ちまくった結果、逆にだいぶ主従関係っぽくなったのだ。美しいお嬢様と狂犬な従者的な。むしろこの関係に色気は無くなった。当然、疑われるような関係では無い。
「要件はそれだけ? もういいだろ」
「……魔道具の、お話がしたくて」
魔道具の話は唯一の共通の趣味の話題だ。自動ドアの件から私も興味をもった。最初はアルフレッドが簡単な魔道具作りや機構の考え方を教えてくれていたのだが。
「叔父を紹介しただろ」
途中で……いや、モテ期到来の頃からか。彼の叔父、即ちブルー公爵を紹介され、それからその話もしてくれなくなった。
ブルー公爵の実家は魔道具屋だ。本人もとても詳しく、公爵の仕事をしつつ趣味で制作している。仕事の息抜きになると言って喜んで教えてくれるので、私も師匠と呼んで慕っている。
そんなわけで、話をする気はないようだ。
「……そうですわね。ご機嫌よう」
早々に辞して、ドアの外。
ああ、昔ここで言われたわね――『ああも舐められては気分が悪い』
最近はここでいつもあの声を思い出す。
カイル、早く帰ってこないかなぁ。
季節はもう春になる。そろそろ、リリアンに神託が降りる。
+++
「おかえりなさい! ルーカス、どうだった?」
リリアンを迎えに行っていたルーカスが王都に帰ってきた。それを聞いて、報告書を出しに聖堂の教員室に立ち寄ったルーカスを捕まえた。
ルーカスは2年前からあまり変わっていない。もう大人だったからか。最近は世界になれたのか、攻略対象らしくよく女生徒に囲まれている。よかったね。
「明日にしてくれー 往復6日、ほとんど馬車だ。俺は帰って寝るんだ……」
「いいから! どうだった!? リリアン可愛かったでしょう!? 恋に落ちた??」
「勘弁してくれぇ~」とルーカスは情けない声を出す。
そして深々と椅子に座る。そのまま崩れるように机に突っ伏した。
「リリアン16歳だぞ……俺、社会人。ラブコメは学生同士でやってくれ……」
22歳は乙女ゲームの大人枠では十分若い。そんなにダメかな? ちなみに隠しキャラとして、25歳がいるので最年長ではないんだけど。
「いい子だったよ。真面目で、一生懸命で、最初から人の話ちゃんと聞くし」
頭だけ上げてぽつりと付け足した。
「カイルの時と比べると大違いだ」
「その話詳しく」
「今関係ないだろー」
絶対私が食いつくと思って言ったくせに。意地悪である。
ゲームの進行通り、先日ブランの神託が降りた。ルーカスが迎えに行った。二週間ほどしたら聖堂に通いだす予定である。
おおむね、ゲーム通りである。
ただ、護衛は変わっていた。ゲームでは、リリアンの護衛としてレオンが同行するということになっていたが、レオンはすっかり私の従者なので、話にも出なかった。
「マグノリア、こちらですか?」
レオンが教員室に顔を出した。
「ほら、迎えだよ、帰りな」
ルーカスはしっしっと手を振って私を追い出す。
「はーい。じゃあまた、話聞かせて」
私はレオンを連れて歩き出す。




