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[完結]破滅する推しの義妹に転生したので、悪役令嬢になって助けたいと思います。  作者: ru
第一章 銀縁眼鏡の悪役

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23.詰め込みすぎではなかろうか

<Kyle>


 ノワールの屋敷は広い。


 門から入ってから鬱蒼とした森のような庭に囲まれた道をゆく。


「アルフレッド様って、昔から工作などがお得意でしたの?」

「ああ、そういえばそうだったな」


 マグノリアの明るい声を聴きながら家に帰るこの時間は気に入っていた。

 しかし今日はアルフレッドの名前が出てくると少し冷たい気分になる。悟られないように努めた。


 ずっと引っかかっている。ブランでマグノリアが話したことだ。マグノリアが知っているわけがない情報。

 どう考えても、アルフレッドしかいないだろう。マグノリアに何を吹き込んだのだ。

 やはりこのままにしておくわけにはいかない。アルフレッドは何を考えているのか。マグノリアをどう抱き込んだのか。僕からマグノリアを奪った気でいるのだろうか。


 ……ただ王家に生まれただけの人間が、僕を出し抜こうとするなど許せない。

 マグノリアもだ。今も僕にころころと笑いかけているが、これが演技だというのなら大したものだ。


 馬車を玄関前で降りる。マグノリアに手を貸す。華奢な白い手が、何の気負いも無しに僕の手を取る。


「お帰りなさいませカイル様、マグノリア様」


 エントランスの扉が開く。丁度、柱時計が六つ鳴った。

 僕は静かに腹をくくった。


「父上は」

「本日は王宮にいらっしゃいます」


 父の不在を確認する。まだ暫く帰らないだろう。

 マグノリアに意図して冷たい視線を投げる。


「話がある。来い」


 マグノリアは驚いたように目を丸くする。

 僕は構わず彼女の肩をつかんだ。彼女は怖がるように縮こまったが、構わず抱き寄せそのまま玄関ホールの階段を上がる。


「僕が良いというまで控えていろ。……余計なことはするなよ」


 使用人たちを睨めつけ、書庫に向かう。自室は駄目だ。後で言い訳ができない。一瞬北の塔も考えたが、なぜか監禁されているマグノリアが脳裏にちらつきやめた。


「入れ」


 マグノリアを先に放り込んで扉を閉める。念の為鍵をかけた。

 かちゃり、と妙に大きく響く。


 書庫は蔵書は多いが狭く、本棚で埋まっているような部屋だ。マグノリアは馴染みがないだろう。

 僕はこの部屋が気に入っている。本の匂いは答えがどこかにあるかもと希望が持てる。

 ここなら、僕は僕らしくいられるはずだ。


「お兄様、突然どうなさったのです?」


 いつもと違う雰囲気を感じているのか、マグノリアは後退る。

 最近見なかった表情だ。僕の顔色を窺う様な顔。視線が逃げ場を探すように動いた。


 何故大人しくしない?


 そのまま壁に追い詰める。逃がさないように腕を彼女の顔の左右においた。


 大きく開いたアメジストの瞳に僕が映っている。酷い顔だと他人事のように思った。

 その酷い顔をさらに歪ませる。僕が心底怒っているとわかるように。


「マグノリア。僕に何を隠している?」


 マグノリアは表情を隠すように顔を背ける。

 苛ついて顎を掴んでこちらを向かせた。


「ねぇ、僕に言えないことでもあるのかい?」


 マグノリアの目に、最近はなかった怯えの色がある。前は僕を見る目にはいつもこの色があった。

 何故か少しの寂しさとともに、安堵が胸に広がる。


 まだ、僕のものだ。……もう、どう思われようと構うものか。


 僕から逃げようとした君が悪い。



 +++<Magnolia>




 こっわ


 これは怖い。流石に怖い。


 人払いからの、人気のない狭い部屋に押し込めからの、後ろ手で鍵ガチャからの、壁ドンからの、顎クイである。内心、僕を怒らせた君が悪いとか思っていそうだ。


 ……流石に詰め込みすぎではなかろうか。


 顔の横に肘をついているので、顔が近い。眼鏡越しの漆黒の目は、その奥で紫色の炎が燃えているように見える。瞳はどこまでも暗く、貼り付けた微笑みは壮絶な色香を放っている。僕は怒っていますよ、と、いう顔である。


 これは前のマグノリアであればイチコロだろう。

 いや、正直に言えば、私も死にそうである。


 ごめんなさい私が悪かったです、何でも言うこと聞くので許して下さいと、口から出そうだ。


 心臓がどきどきと煩い。顔も固定されて動かせない。手足は自由だが、攻撃などしようものならどうなるか恐ろしくて出来ない。

 昔、アニメや漫画でこういうシーンを見ると、金◯だ!金◯をかませ!と、思っていましたが、無理ですね。カエルは蛇に睨まれたら何もできないのです。


「アルフレッドに何を吹き込まれた?」


 地の底から響くような声で問われる。


 吹き込んだのはどちらかと言うとカイルだと思うのだが。

 言われた通りにやっていただけなのだが。仲良くなったらなぜ責められるのか。理不尽である。


 この世界で一般人が知り得ないことを言ってしまったので疑われているのはわかっているのだが、アルフレッド側についていると思われるのは心外だ。


「アルフレッド様とは、普通にお話ししてただけです」

「じゃあ誰だ? ルージュ公か?」

「お姉様とは難しい話はしません」

「だろうな。つまり僕に黙って会っていた人間がいると言うことか? それは誰だ?」


 カイルに睨まれるが、私は何も答えられない。だって誰からも言われていないのだから、答えようがない。

 答えが出てこないと知ると、カイルは小さくため息をついてから、眉尻を下げ、ひどく優しそうな顔を作った。優しい、甘い声で続ける。


「ねえメグ。僕は心配をしているんだ。ブランで言っていた事、誰から聞いたんだい? あれは危険な話だ。お兄様が君を守ってあげるから、話してごらん」

「……私は誰からも、何も言われてないわ」


 口許が笑みの形を止める。ピクリと目元が痙攣した。左の眉尻が跳ね上がる。視線が強くなる。

 カイルの機嫌が一気に下がったのを感じた。


 ああ、もう、こういうのほんと嫌だ。


 表情と空気で人をコントロールしようとする。こんなことしてもしなくても、私の答えは変わらないのに。本当のことしか言ってないのに。

 つまり私のことをかけらも信用していないのだ。


 もういい加減にして!!!


 私は思い切ってカイルを睨みつける。


 大きく呼吸する。

 改めて威圧的にこちらを見下ろす顔を、しげしげと見つめる。


 あ


 ……私、この顔、見たことあるわ。ていうか、一番好きなシーンだったわ。PCの壁紙にして耐えられずに一分で戻したあの絵……この顔は図書館の壁ドンイベントのスチルだ。


 うひゃあ


 やばい、そう思うと超近い。なにこれ。


 顔、顔良ー。


 パーツが細くて繊細で、お肌もピカピカ。少し青白い。薄い唇だけ赤いのは卑怯だと思う。

 目の中にちらちらと紫が揺れている。もしかしたら、私の目の色が映っているのかも。

 カメラアングルが少し低い気がする。私の身長の問題かな?

 その分、覆いかぶさる感じがあって、なんかもう、キャーって感じで……


 え、え、ちょっとまって、これ、ご褒美ですかね?


 この、顎の手、触っていいですかね? 私から触るのはやっぱNGですか?

 ていうか、指先まですべすべじゃないですか? 剣の稽古とかもしてますよね? ずるくない?


 おそらく、それまで感じていた恐怖が反動になったこともあると、後から考えると思うのだが。

 脅されている、という認識から、カイルの顔が近い、という認識になってしまい、心の歯止めが、崩壊した。


「……? マグノリア?」

「おっ お兄様って、ほんと綺麗ですよね……」

「……は?」

「いや、綺麗、とかじゃ言い表せないですね。この世の美を集結したような存在というか、すべてが美しいですけどやっぱ目ですよ。その人を人とも思わないような冷たい目が美貌を引き立てているというか。氷の女王みたいな、いや、女王とかって感じじゃないです。男らしいですもの。女性のように美しいっていうんじゃなくて、鋭利な刃物みたいな、そう、よく研いだ刃物みたいな、もうそれで斬られてしまいたい」


 あっやばい、駄目よ、こんなこと本人に言ったらドン引きされる……迷惑だわ。

 ああ、頭ではわかっているのに止まらない……


「黒髪黒目のインテリ眼鏡ってもうそれだけで凄く良いんですけど、プライドが高くて能力が高くて頑張り屋さんなところも最高で、天才で元から何でもできたって顔しながら実は努力で補っている所とかそうせざるを得なかった家庭環境とかすべて乗り越え手に入れた高い能力とか実力とか。すぐマウント取りに行っちゃうのも自分ほど努力していない人を尊敬できないっていう素直な気持ちの表れだと思うし、逆に尊敬できる人に出会うとすぐ信用しちゃう所もあるから意外と騙されやすかったりして、あと、想定外の状況に弱いところもギャップを感じで最高です」


 私はごくりとのどを鳴らした。


「ちょ……ちょっと、眼鏡とってもらえないですか? あ、取らなくてもいいですちょっとずらすだけでも」


 ……こういう時のために、ファンイベントには運営が必要なのである。

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