16.悪役令嬢をプロデュース
「アルフレッドは幼少より周りに貴族しかいない。女性はおしとやかな淑女が多い。以前の君のようなタイプというか。まあ、ルージュ公みたいなのもいるが、僕から見たところ、強い女性からは距離をとっているな」
「はあ」
「そう考えると、意外性を狙う意味で、君の最近の路線は、間違えていないと思う。可愛らしく明るく天真爛漫」
「はあ」
え、まさか、……可愛らしいとか思ってたんですね、ものすごく客観的ですけど。
「アルフレッドの母君も明るくて素朴なタイプだ。そう考えると少し落ち着いた方がいいか。……菓子でも作ってやったら効くかもしれないな。幼いころ王妃様が良く作ってくださっていた」
「はあ」
確かに、アルフレッドに手作りお菓子渡すと親密度アップしたわ。……それってそういう裏設定だったんだ。
「高笑いはやめた方がいいな。家ではよいが。男受けはしない」
「はあ」
家ではいいんだ……
「少し服装を変えよう。前の男を引きずっているように見える」
「!?」
前の男本人がそれ言う!?
「帰りに買い物に行くぞ」
かっ、買い物イベントですか!? 嬉しいけどなんか違う……
「あと、これを読んでおけ」
数冊の本を渡される。「恋愛心理学入門」「悪魔の交渉術」「心理操作の秘訣」……
へー、この世界に、ビジネス書とか自己啓発本とか、あるんだー……
「はあ」
「なんだ、やる気がないのか」
「いえ……」
いや、やりますよ、やりますけど。私がカイルに逆らうなんてあり得ませんけど。
……なんか、キャラが変わってないか?
「相槌は、『さすが』『知らなかった』『すごい』『センスあるね』『そうなんだ』で返せ。そんな阿呆な顔をするな」
「……さすがー」
さっきから、プロデュースに燃え上がるカイルについていくので精いっぱいである。
これはどうとらえればいいんだ。少しはカイルと仲良くなったと考えていいのだろうか。これが仲間ポジション? ……いや、手下ポジションだな。
……悪役仲間に入れてもらう作戦は、上手くいっているということだ。ポジティブにいこう、ポジティブに。
先ほどは流し目の直撃で心を打ちぬかれかけたが、続いてこれでは、体調を崩しそうだ。
+++
「似合わないな」
「似合いませんね」
意見が一致した。
マグノリアの銀色の髪、アメジスト色の瞳。そこに、アルフレッドの目の色に近い服を着ると……
上級者向けの、カラーリングとなるわけである。
紫×緑。初号機……という言葉が浮かぶが何だっただろうか。
スポーティーな服装なら、ありな気がするが、……
マグノリアこんなに可愛いのに、カイルが選ぶ「アルフレッドが好きな女が着てそうな服」が、ことごとく似合わない。どんな思惑があろうと、カイルが私の服を選んでいるという状況は本当に嬉しいんだけど……着こなせなくて残念である。
まあ、そりゃそうか。アルフレッドとマグノリアはお互い嫌なのに婚約、というのがストーリー上のポイントなわけで。マグノリアはカイルに合わせてあるキャラデザなのだろう。
「いつものほうが、いいです……」
ふと、お店で用意してくれた小物の中に、バレッタがあるのが目に入った。
以前のマグノリアは髪を下ろしていた。ハーフアップにしたり、お花を挿したりしていた。最近は、私の趣味全開で、ツインテールにヘッドドレスかリボンである。
髪留めなら、エメラルドが入っていてもワンポイントな感じでイケる気がする。
「これはどうでしょう、銀色の髪に合いそうですし。ここにエメラルドが入っていますし」
「どういう髪型にするつもりかい?」
「ドレッサーお借りして、やってみますね」
ツインテールをほどき、良く梳かして、ハーフアップにする。バレッタで止めてみると、かなり大人っぽくなる。
「こんな感じです」
「いいじゃないか。清楚で優しそうに見える」
清楚で優しそうって、にじみ出るものであって作るものではないような属性だけども。まあいいけど。たぶん今求められているのは歌舞伎町から港区に行くことだから。
と、何かもやもやしていると、ふと、カイルの目が泳ぐ。何か考えているようだ。
「どうしました?」
「あ、いや」
組んでいた腕を解いて片手で口元を抑え、居心地の悪そうな顔をしている。みたことのない表情だったので、私はつい見つめてしまう。
ちらっと私を見て、沈黙に耐えられなくなったように、言いにくそうに言った。
「いい、とは思うんだが……僕は、いつもの髪型のほうが」
え
眼鏡で目がよく見えないが、頬が心なしか、少し赤いような……
「か…………………悪くない………と、思う……」
……ほう。
カイルもツインテール派だったとは。
そういう性癖だったとは。
心の中に、しっかりとメモをする。
宣誓。私は生涯、ツインテールを、やめない。
「じゃあしょうがないですね!」
「いや、でもそれは僕の主観であって、目的に沿って考えるべきで……」
「適当にワンポイントで、エメラルドのブローチでもつけておきますよ。だから髪型は変えませんー」
きっとメイドがいい感じにしてくれる。
どうにでもアレンジできそうな、シンプルなエメラルドのブローチを一つ、買うことにした。
+++
翌日の朝。
「これを」
馬車の中で小さな包みを渡された。
可愛らしいラッピングだ。両手に収まるほどの大きさ。
「手作りだと言って渡せ」
は?
「アルフレッドは、そういう物を愛情と受け取れるやつだ。自分のために頑張ったと思えば情も湧くだろう」
「え、これどうしたんですか?」
カイルはどこか得意げに眼鏡を押し上げた。
「僕が作った」
「え、私の分は?」
「朝、食べていただろう、マフィン」
あれかー!!もっと味わっておくんだったーーー!!!
「あれですか!? ちょっと待ってください、いつもと変わらなかった……って事はプロと変わらないじゃないですか!?」
「料理というのは、レシピ通りにやれば誰でも同じになるのだな。一度自分でやってみてから君にやらせようと思ったが、結果が同じならそれでいいだろう」
いやいやいや、そうはならないだろう。
「同じになりません! お兄様もよくご令嬢からいただいているでしょう!?」
「あんなよくわからない物を口にできるか」
カイルはそういうのを愛情とは受け取れない人なのか……
なんだか少し可哀想に思えた。
「お兄様、こういうのはちゃんと自分で作りますから、今度教えてください。私はお兄様ほど器用ではありませんから」
これほどうまく作れるほど器用でもないが、兄が作ったものを自分が作ったと偽れるほど器用でもない。
それにほら、カイルとお菓子作りなんて、考えただけで顔がニヤける。
これは妹の特権だ。そうだ、私の愛情たっぷりのお菓子だって、味見と称して食べてくれるかもしれない。
「だから、お兄様が作ったものは、私がいただきますね!」
私はカイルの手作りお菓子(可愛くラッピング済み)を手に入れたのだった。
がたんごとんと馬車の揺れに身を任せながら、どうしてもどうしても……考えてしまう。
「ち、ちなみに、エ、エプロンとかしてやったんですか?」
「エプロン? ああ、したけども」
グッ……
コラボカフェの絵が実写で存在していたというのか。なんだそれは。ランダムコースターのために通わなくていいのか……
まあ、カイルのグッズは交換希望に沢山でてますのでね、大体すぐ手に入るんだけどもね、自分で手に入れるのが愛だよね。
「ち、ちなみにエプロンの色は」
「? 白だったけど」
「何で呼んでくれなかったんですかー!!!」
ちくしょう! みたかった! いや、これからチャンスはある!
コラボカフェは緑だった! 洒落たカフェの店員さんの格好だった!
思わず、カイルの腕に縋りつこうとすると、するりとよけられた。冷たい。
「君はたまに、こう、……何かに取り憑かれたようになるね」
カイルは、諦めたように溜息をついて眼鏡を押し上げた。
2024/4/24 加筆修正。




