13.お姫様になるのだから
コンコン。
ご飯をごちそうになって、お部屋に案内してもらって、髪を下ろしてくつろいでいると、困った顔をした姉様がやってきた。
「マグノリア。今日、お泊りしてくれるの私とっても嬉しいんだけど。一応、一応聞くわね。ノワール公が迎えに来てるんだけど、追い返していいわよね?」
「お父様が?」
「そう。追い返そうと思ったんだけど、一目だけでも合わせてくれって。なんか私が誘拐したみたいに言うのよ。じゃあ、一応伝えたから、追い返すからね」
そんなに追い返したいのか。
「あの、私帰りますから」
「……カイルが来て土下座するまで返すつもりないんだけど。そのうち、うちの子になれば問題ないと思うんだけど」
渋る姉様に、お父様と話すだけ、と言って、客間に降りる。
「マグノリア……」
ものすごくしょぼくれたお父様がいた。肩を落とし、眉毛が下がり、ひげも下がっている。
「すまない、マグノリア。もっと君と話をしなければならなかったな。カイルがひどいことを言ったようじゃないか。私も耳に入れる情報が偏っていたのだろう」
ぐす、と鼻をならす。え、泣いてる?
「いえ、私が自分でしてしまったことです。カイルの言うことは正しいし、落ち着いたらちゃんと謝ります」
「違うんだ。違うんだよ、マグノリア」
お父様は首を横に振り、隣で私を支えてくれていたルージュ姉様に言った
「すまないが、少しここで、二人で話をさせてくれないだろうか……」
「私の屋敷よ」
「もちろんわかっている。我が家に帰ってからにしようと思っていたが、マグノリアのこの顔を見たら……」
お父様は声を詰まらせる。
「話をして、帰りたくないならば、数日、ご厄介になるわけにはいかないだろうか」
「あなたは帰りなさいよ」
「もちろんである。様子は見に来るが」
「来なくていいわ」
姉様は冷たく言いながらも、お父様の様子を見てため息をついた。
確認するように私を見たので、こくりと頷く。
「……ドアの外にレオンを置いておくから、何かあったら大きな声を出しなさい」
そう言って姉様は外にでた。
お父様と二人で向かい合う。お父様はじっと私を見つめて、静かに口を開いた。
「まずは結論から話そう。婚約はまだ撤回できる。君が嫌ならば、白紙に戻そう。」
「え?」
「王の配偶者は、五公の身内から出すことになっている。それは五公と王家の関係を良くわかっていないものが外戚になり、問題が起こった事があるからだ。なので、昔、そう決められた。マグノリアは私の娘だからその資格があり、アルフレッド様と一番歳が近い。……本当は、もっとずっと前から、ほぼ決まっていたのだ。ただ、君はカイルの婚約者だと、私の兄が言い張っていてね。18歳になるまでは保留、ということになっていたんだよ」
お父様の兄――カイルの父は、お父様にものすごい対抗心を持っているのだ。ノワールに選ばれたお父様を、マグノリアから見てもわかるくらい激しく妬んでいた。それに、ゲームのキャラクター設定では、カイルの性格は、父親に異常に厳しく育てられたからとなっていた。
聖霊に選ばれるのは、最高の資質を持った上で、運できまる。ノワールは他の聖霊と比べて近親者を選ぶ傾向がある。それもあって、カイルは異常に厳しい教育を受けていた。次期ノワール公の器となるべく育てられたのだ。
それでも選ばれなかったら。
当然、選ばれない可能性のほうがずっと高い。そうしたら、宰相の娘婿として、公と縁がある者として、国の中枢に送り込もうとしていたのだろう。
それで、カイルが公爵になるかならないかがはっきりする18歳まで、マグノリアをキープしたということか。
「カイルがノワール候補に選ばれて、私の子になったとき、カイルがね。君の夢をかなえてあげてくれと言ったのだ」
お父様の目が優しい。
「『僕が現れるまで、マグノリアの夢はお姫様だった。僕がそれを邪魔していた』って」
え。
「確かに、カイルと遊ぶようになる前、君はよくお姫様ごっこをしていた。お父様は髪が黒いから王子様ではないわ、と、言われたものだよ」
お父様は懐かしそうに僅かに微笑んだ。
……それは、何歳のころの話? マグノリアの記憶を遡っても、記憶がないのだけれど。
まさか、本当にまさか、そんな子供の「プリンセスになりたい」を、本気にしたの……?
いやまさか。
カイルはマグノリアと結婚する必要がなくなったから、マグノリアを駒として考えただけだろう。
……お父様は騙されたのだ。騙される方がどうかしているようなの話だが……
でも、マグノリアの記憶を探っても、しばらくお父様と話した記憶がない。むしろ徹底的に避けていた。
特別な理由があったわけではない。どうせ何もわかってくれない。話しをしたくない。そんな思春期の女子として、よくあることだったと思う。
だから本人と話せなかったのか。
家のことだから、人にも相談できなかったのだろうか。相談相手になっていたカイルが全力で騙しにかかっていたのだから仕方がない。
「最近カイルから、君がアルフレッド王子と積極的に交流していると聞いていたから、それで安心していたんだ……でも、内心は、無理をしていたんだね」
お父様は頭を下げた。
「ちゃんと話をせずに進めてしまい、すまなかった。婚約解消を進めよう」
事情は分かった。
でも、ここで婚約解消されてどうする。アルフレッドの婚約者の資格があるのは、私と、……あと誰がいるだろう。たしか、ジョーヌ公にお嬢さんがいた。7歳だ。多分その子に行くのだろう。
……アルフレッドは受け入れるのだろう。私を受け入れたように。そして次のお嬢さんが、つらい思いをする。
楽になるのは私だけ。
そして、2年後にヒロインが来る。アルフレッドと恋に落ちるかもしれない。ちなみに、ブラン公本人も配偶者としては可だ。ヒロインは、王妃の資格がある。
そうしたら、アルフレッドは恋愛結婚で、大団円になるかもしれない。
でも、カイルはどう動く?
関係がないと言っても、配偶者を出した家はやっぱり特別だ。ちなみに今はブルー公の義姉が王妃だ。だからブルー公が重用されている。五家のうち、どこでもよければ、ブルーが優先だ。
ブラン公が王妃となって、ブランが重用されるようになる前に、何かしら動く気がする。ノワールとブランは対の関係だ。カイルがブランが力をつけるのを見逃すわけがない。
やっぱり、なんやかんやで、処刑。となりそうだ。
であれば、やっぱり私がアルフレッドの婚約者である方が良い。
私が悲しい思いをするのと、未来がどういう結果になるのか。
どちらが重要かなんて、考えるまでもない。
「いえ、待ってください」
「マグノリア……」
「わかりました。でも、婚約はこのままでいいです」
「家族のためと言っていたらしいじゃないか。私はマグノリアのほうが大切だ」
「いいんです、お父様」
できるだけ元気に言う。
「私、お姫様になるんですもの!」
読んでいただいてありがとうございます。
2025/4/24 表現を修正




