12.寄り道したい日もある
「マグノリア、何ださっきのは」
ダンスが終わってから、カイルはずっと不機嫌だった。
聖堂では取り繕っていたが、帰りに馬車に乗り込んだ途端、ぎろりと睨みつけられた。
カイルがこんなふうに怒るのは珍しい。
でも、正直、今日は私も怒っている。
レオンのおかげで少し浮上したが、やっぱり、辛かったのだ。
拒絶したようなアルフレッドの後ろ姿、目も合わせないカイル。遠巻きに見られ、指を刺されるような錯覚。
「何だって、何かしら。上手く踊れたと思うわ」
「せっかく、アルフレッドととても似合いの姿を見せつけられたのに、なぜそこで終わらなかった」
「だって、アルフレッド様もお兄様も、私をひとりぼっちにしたじゃない。レオンが手を取ってくれなかったら、私は誰からも相手をされない、惨めな姿を晒したのよ」
「それでも!……あんな、あんな…破廉恥な……」
カイルは目を細め、眉間の皺を深くし、ふるふると頭を振った。嫌なものを思い出して、それを振り払うように。
破廉恥って言葉が似合うなぁ。いつもならテンションが上がりそうな言葉なのに、どうも冷めてしまう。
カイルはかちゃりと眼鏡を上げて、もう一度私をにらんだ。
「君は、アルフレッドの婚約者でありながら、あの見習い騎士と、ただならぬ関係だと思われるような事をしたのだぞ!?」
「誰がそんな!! レオンは慰めてくれただけよ!」
マグノリアとカイルが声をあげて怒鳴り合ったのは、生まれて初めてのことだろう。
マグノリアは、カイルに逆らったことなんてないのだ。いつも顔色を窺っていた。カイルが不機嫌になったら、それだけでオドオドしていた。
だからだろう、まさかの反撃にカイルも興奮している。
私を睨みつけたまま、バン、と、座面を拳で打った。
「君は美しい人形だ、僕の言う事を大人しく聞いていればいい。口答えは許さない」
「はぁ? なんですって!?」
腹が立った。
その時私は初めてカイルをキャラクターではなくて人間として見たのかもしれない。
それはたしかにマグノリアを所有物として扱っていたカイルらしいセリフだ。でも、それがすごく嫌だった。
私は、アルフレッドと仲良くなろうと頑張ってる。カイルの役に立とうとも頑張ってる。
それだけじゃない。レオンやルーカスが、困った時に助けてくれたり、笑顔でいてほしいと言ってくれたりするのだ。
私は都合の良い人形ではない。心もあるし、自分で考えて動けるのだ。
「ねえ、私、降りるわ!」
「な、」
大きな声で宣言する。カイルは驚いて目を丸くした。私は無理やり馬車の扉を開ける。
慌てて御者が馬車を止めようとするが、車と違って急ブレーキが効くようなものではない。
「おい、危ないだろう!」
カイルが慌てて手を伸ばすが、それをよけて、揺れる馬車から半身を乗り出す。
そこには期待通り、待ち構えたようにレオンがいた。
レオンは馬上から手を伸ばす。大きく馬から身を乗り出して、私の胴体を片腕で抱き上げた。
そして軽々と馬上に引き上げ、自分の前に座らせる。私が横座りで鞍に座ると、腕の中に閉じ込めるように支えて、手綱を握り直した。
「どういうつもりだ!」
カイルは顔を赤くして怒鳴る。
それを私は冷たく見下ろした。
「ご機嫌よう、お兄様。私、寄り道して帰ります」
「カイル様。マグノリアは俺が護りますし、後ほどきちんとお屋敷までお送りしますので、ご安心ください」
レオンはカイルを煽るように、上から目線で冷たい声で言うと、馬を操りとっとと馬車から離れて行った。
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涙をこらえようと目を強く閉じた。睫毛に溜まった水滴が冷たい。まだ、落ちてはいないからセーフだ。
「うー、」
「マグノリア、このままルージュ公の所に連れて行ってもいいですか?」
レオンの馬に乗せてもらって、しばらくは無言でいた。
頭が真っ白で、何も考えられなかった。
行くあてはなかったし、ルージュ公と聞いて、姉様に甘えたい気持ちも出てきた。
「うん」
それで、こくりとうなずく。
お茶会の時以来だ。手紙や贈り物のやり取りはしているが、ルージュ姉様も聖霊公爵。とても忙しい。
「突然行って、ご迷惑でないかしら……」
「大丈夫ですよ、今日は居るはずですし、マグノリアの顔を見たがってましたから」
レオンはそう言って、ルージュの屋敷がある方に方向転換した。
「少し飛ばしますよ、怖かったら言ってください」
+++
「マグノリア!どうしたの!?」
「ルージュ姉様」
そんな風に、全力で心配されると、涙腺が緩む。
「あああ。誰??私のマグノリアを泣かせたのは……」
おろおろしながら抱きしめられる。女の人の、匂いがする。安心する。
「誰でもないです……私が、私がしっかりできないから」
落ち着いて考えてみれば、アルフレッドは何も悪くない。変なのと婚約させられて、付きまとわれているのだ。最低限のコミュニケーションで済ませようとしているのは、仕方のないことだ。
カイルだって、婚約者がいる身でほかの男と仲良くするなって、当たり前のことしか言ってない。
アルフレッドに好かれようとして上手くいかないから。
カイルのためになりたいのに、怒られたから。
私が勝手に、傷ついて、八つ当たりしているだけだ。
自己嫌悪で涙が止まらない。
「マグノリア、レオンから少しだけ聞いているのだけど。アルフレッド王子があなたに相当冷たいそうじゃない」
ルージュ姉様が優しく髪を撫でながら、優しい声で言う。
「え……」
「あの王家の小僧のせいなの? 王家、潰す? そうしたら泣かない?」
優しい声で物騒な事を言う。いやいや、なぜそんな話に。ルージュが反乱起こしてどうする。
「違うんです。アルフレッド様は悪くない。……私に興味がなくても、それはアルフレッド様のせいじゃないし」
「こんなにかわいい子が頑張ってるのに興味がないっておかしいでしょう」
うん、私もそう思っていたから、上手くいかなくてショックを受けているのだ。
いくら絶世の美少女になれたからといって、何でも思い通りになるわけではないのだ。
「……アルフレッド様は、私が、仕方なく婚約していると思っているから……でもそれは、実は、ほんとのところもあって。だからアルフレッド様も、被害者というか」
「それじゃ、貴女も被害者じゃない」
「私は、……家族を助けられればそれで」
そうだ。なんでこんなに頑張っていたのかといえば、カイルとお父様のためだ。私がアルフレッドとうまくいけば、カイルはヒロインと結ばれて幸せになれるだろうし、クーデターを無理して起こす必要も無くなるかも。
……さすがに、娘を嫁に出した先を滅ぼそうとはしないのではないかと。戦国武将じゃあるまいし。
「……古臭い決まりのせいね。なんとかしてあげたいけど」
ルージュ姉様は忌々しそうにぽつりとつぶやいた。
「それで、レオンが色々助けてくれるから、甘えちゃって」
「レオンが?」
「毎日迎えに来てくれるし、一人にならないようにしてくれるし。さっきお兄様と大喧嘩したんだけど、ここに連れてきてくれたし」
「そうだったの」
「レオンをありがとう。レオンがいなかったら、私、どうなっていたか」
「そう……役に立っているならよかったわ」
そこから、私は姉様に、レオンがいかに私に尽くしてくれるかを話した。本当に助かっていたから。お礼を伝えたくて。
ようやく落ち着いた私に、姉様はお茶とおやつを用意してくれた。
現金なものである。話を聞いてくれて、おいしいお菓子とお茶があれば、少し気持ちが上を向く。
気が付くと、もう外は薄暗くなっていた。
ルージュ姉様が、ノワールには伝えておくから、今日は泊っていらっしゃいと言ってくれた。
読んでいただいてありがとうございます。
2025/3/14 加筆修正。喧嘩のシーンを増やしました。




