11.騎士っていえば何でも許されると思っている
翌日。
昨日は初めての登校で疲れたのか、よく眠れた。
でも、カイルと登校したいから頑張って早起きする。眠い目を擦りながら身支度して、カイルを見逃さないように玄関ホールに降りる。
ふと気になって、玄関の扉を少しだけ開けて外を覗く。……変な予感というのは当たるものなのだろうか。そこには昨日と同じく、大きな馬とレオンがいた。
「おはようございます、マグノリア」
思わずぎょっとする。
まさか、いるわけないよね? と思って覗いたら、もういたのだ。いつからいたんだ……
まだ出かけるには早いけど、挨拶しようと思って駆け寄った。
「おはよう、レオン。今日も来てくれたの?」
「おはようございます、マグノリア。昨日はお送りできなくて申し訳ありません。どうか必ず、必ず、必ず、帰る前に声をかけてください。俺は大体、訓練場にいますので」
そんなに念押ししなくても……
昨日はあのまま、カイルと一緒に帰ってしまった。だって別に約束してたわけではないし……
私を責めているわけではないだろうが、まっすぐな赤い目がちょっと怖い。
「通学はカイルとするから送迎はいらないわよ」
「カイルもノワール公の補佐もあるし忙しいでしょう。俺はいつでも代わりになれるように側に控えているだけです。普段は俺のことはいないものとして扱っていただいて構いません。俺は、貴女の、騎士ですから」
そういう……ものなのか?
昨日も結局、私達が乗った馬車を守るように付き添ってくれていた。私が馬に乗らなかったからって、別に残念でも嫌でもないみたいだった。
「わかったわ。まだカイルも出ないみたいだから……戻るわね」
「はい」
せっかく来てくれたのに待たせるのは、なんだか悪いなぁと思うのは前世の感覚なのか。
屋敷に戻ると、いつのまにか使用人が控えていて、扉を開けてくれた。
「ありが……」
お礼を言おうとすると使用人は恐れるように目を伏せる。
「何をしているのかな?」
ぴしゃりと叩かれるような声。見るとカイルが不機嫌な表情で、腕を組んでいた。
「あ、おはようございます。お兄様。レオンが来てくれたので、挨拶を……」
「マグノリア。彼が自分は騎士だと言うなら、君がそんなに心を砕くことは無い」
カイルは私の言葉を遮って不機嫌そうな顔で続ける。
「君は捧げられた忠誠を、ただ受け取ってやれば良い。君はアルフレッドの婚約者だ。変な噂が立つと困るのは君だ」
「そうね……ごめんなさい」
正直、レオンをどう扱ったらいいのかわからないのだ。私の騎士、と言われても、何か困ってるわけでもないし、危険な目にあっているわけでもない。
昨日もアルフレッドとの会話が上手くいかなかった。アルフレッドの気持ちも考えず、悪かったなとも思う。
失敗して怒られると、やっぱり落ち込む。シュンとして俯いた。
「……ふぅ」
そんな私をみて、カイルは面倒くさそうにため息をついた。カイルにまで煩わしい思いをさせてしまったと、また暗い気持ちになる。
すると、突然、カイルが私に近づいてきたかと思うと信じられない行動にでた。
ぽんぽん、と、カイルの手が私の頭を撫でたのだ。
「!?」
「……君が最近、以前より闊達になっていたから、つい強く言ってしまった。……僕は、心配をしている。それはわかってくれるね?」
カイルは優しさを装った面倒くさそうな声色でそう言った。
が、そんな言葉は正直耳に入ってこない。
……え? 頭ポンポン?
何? 何が起きてるの?
思わず顔を上げると、カイルは取り繕ったように口の端をあげた。こうしておけばいいんだろ? とばかりに。
「僕のために頑張ってくれるマグノリアを、僕は大切に思っているよ」
は、はー!?
僕のために頑張ってくれと。そうしたら大切にしてくれると。
人を馬鹿にしたような目には、確かに私が写っている。ぽかんと間抜けな顔をした私が。
……やばい、色恋営業は私には効かないぞって、昨日思ったばかりなのに……!!
「わかりました。私、がんばります!」
気づけば、カイルの望み通りの返事をしていたのだった。
クッ……私は、弱い……
これか。以前のマグノリアよ。これにハマったのか。これはダメだな。これは、クズの王子様だ。
+++
聖堂に通い始めて一ヶ月がたった。
相変わらず、アルフレッドとの仲は進展しない。表面上挨拶はするし少し話もするが、気持ちを溶かすことが出来ない。
明確な、壁を感じる。
乙女ゲームのセオリーとしては、毎日挨拶で親密度アップ、のはず。
なので、めげずに毎日話しかけてはいる。
そのほかは、楽しい。
外面がいいカイルは、聖堂ではとても優しい良いお兄さんを演じてくれる。
レオンは相変わらず送り迎えしてくれるし、カイルがいない時にはエスコートしてくれる。
教員室にいけば、ルーカスが構ってくれる。ヒロインの出身地特定も手伝ってくれている。
一人でいるときは、たくさんのカイル狙いのお嬢さんとレオン狙いのお嬢さんが、取り巻きのように囲んでくれる。
カイルの家での話をしたり、レオン狙いのお嬢さんには紹介してあげたりする。そんなわけでカイルの株は上がり続けている。レオンは、残念ながら、良い話にはなっていないようだが。
そして今日は、一つイベントがある。
年に一回の模擬舞踏会だ。
イベント発生はヒロインが来てからだろうが、ヒロインがいない今だからこそ、私が活躍できる可能性がある。
社交界の練習、という意味もあるので、ホールは飾りつけられて、本当の舞踏会会場のようだ。
しかし、授業は授業。本当ならパートナーと組んで入場するのだが、衣装に着替えて集合し、流れやマナーの講義とともに進んでいく。
そしてついにメインイベントというか、ペアになってダンスをするプログラムに入る。ゲームだと踊るのは二回。アルフレッドとカイルか、レオンとカイルになる。絶対カイルとは踊れる。なぜなら踊ってる時にお前は敵だみたいな事を言われるイベントがあるからである。
ちなみに、これは序盤のイベントで、親密度がそこまで低くなければエフェクトがつく。
それが何とも、安っぽいCGでちょっと面白いわけだが、カイルの黒い羽根が舞うのは私は好きだった。……アレのせいでカイルのイメージがカラスだったのだが……
アルフレッドが迷いのない足取りで私の前にやってきた。
それは特別な思いもなにもない、道具でも取りに行くような足取りだった。
「一曲踊っていただけますか」
さすが王子。ちゃんと婚約者を立てて、真っ先に誘って下さったわけだ。
「ええ、喜んで」
私も微笑んで手を取る。
王子は貼り付けた笑顔に無難なステップで、慣れた感じでとってもお上手に踊る。
最後まで、エフェクトの白い薔薇は咲かなかった。アルフレッドの白い薔薇エフェクトは、よほどのことがなければ出る。ゲームが始まって何もせずに毎日すぐ寝るくらいの事をしないとエフェクトなしにはならない。
あれはゲームだからだろうか? まあ普通に考えれば、そうか。現実でダンス中に花が咲いたらおかしいよな。
でも、私はわかっている。このアルフレッドは全く本気ではない。
白薔薇の花びらが舞い散るなか、蕩けるような笑顔でヒロインを見つめるアルフレッドを、私は知っているだ。
だから今、ものすごーく、適当に、『こなされた』、ということが、わかってしまうわけなのです。
うーん、正直、これは結構、辛い。
「貴女は他に踊りたい人がいるでしょう?」
カイルのほうにちらりと目をやって、アルフレッドはさっさと離れていく。これで義務は果たしたとばかりの態度だ。
そしてきゃあきゃあと取り巻くお嬢さん方の一人の手をとっている。
ふと気づくと、私を、少し離れたところから見ている人が何人もいた。でも誰も近づいてこない。
私がアルフレッドに振られたところを、遠巻きに観察していたのだろうか。
……ちょっとこれは、まあまあ、辛い。
急に心細くなって、カイルを探す。このイベントの二人目はカイルのはずだ。アルフレッドからヒロインを奪うように、手を取るはずだ。
キョロキョロと見渡すと、カイルも女の子に群がられていて、その一人の手をとっているのが見えた。
……そうか。そうだった。……私はヒロインではないのだ。
カイルがアルフレッドからヒロインを奪うのは、アルフレッドとマグノリアを近づけるためだ。
……ちゃんと私がアルフレッドと踊ったから、もういいのだろう。
マグノリアのダンスの二人目は、カイルではないのだ。
誰とも視線が合わない。誰も、誘ってくれない。ゆるやかに流れる音楽だけが耳につく。
……なんだか、悲しくて、苦しい。
胸の辺りがキュウッと縮むような気がした。
視線が下がってしまう。悪役令嬢は、自信満々でいなければいけないのに。
つい、俯いてしまっていたら、
「マグノリア」
半ば強引に、手を取られた。カイルの華奢な手ではない。
「レオン」
「俺は、貴女の騎士ですから」
顔を上げるとレオンの強い目とぶつかった。音楽が始まる。レオンは私の返事を待たずに、グイ、と、抱き寄せた。
「いつでも駆けつけるし、婚約者でも貴女の想い人でも、代わりになるし」
至近距離から痛いほど見つめられる。
「必ず、護る」
赤い瞳の中に、チラチラと炎が舞っているように見えた。
優しいのに力強い手が、心地よい。少しくらい体をよじってもまったく動じないが、今は少し、振り回されるくらいがちょうどいい。
なすがままに踊っていると、レオンの無愛想な表情が、少しだけ緩んだ。
――あれ、これ、レオンのスチルじゃない?
無表情なレオンが少しだけ微笑む、あのスチルじゃない? エフェクトに炎が舞うやつ。
カイルのルートだと見られないから、一回しか見たことがない。踊りながら周りに火が出てて、キャンプファイヤーかよ! ってつい突っ込んじゃったやつだ。
レオン。あの時はキャンプファイヤーとか言ってごめん。
無表情なのに瞳の中に情熱が透けて見えて、ドキドキする。もしもう一度ゲームができるなら、すべてのレオンルートのエンディングを見たいくらいだ……
しかし……これは、密着度が、高すぎるのでは。
以前、カイルに怒られたことを思い出した。
情熱的な色を帯びているレオンの瞳に見つめられて、鼓動が早くなる。我慢できず、目をそらした。
「安心して、貴女の邪魔はしない」
優しい声がする。
「俺は、貴女の騎士だから。……もしかして、俺、困らせてる?」
ふわりとターンしたときに、二人の周りに火の粉が舞っているように見えた。
ひらひら、チラチラと、赤い小さいリボンのような光が見える。
騎士って、すごいんだな……慰めるためにエフェクトまで出してくれるのか。
そう思うと、なんだかおかしくなって、小さく噴き出した。
「ありがとう、レオン。元気になったわ」
「マグノリアにはいつも笑顔でいて欲しい。俺はその為にいるんだと、忘れないで」
曲が終わって、2人見つめあって一礼する。
レオンがほんの微かに目元を緩めた。それだけなのに、つられたように私も笑顔になる。
心がこもると、笑顔はこんなに温かい。
読んでいただいてありがとうございます。
執着系無表情騎士もよろしくお願いします。
2025/4/8 加筆修正。




