8.出会い
「はぁ、はぁ……なんとか奴らを撒いたようですな」
息が上がったミスタが通路の陰から来た道を覗き見る、薄暗い通路からは人気はなかった。
(ミスタの息が上がってる所なんて初めて見たな、それだけ遠くに逃げて来れたわけか)
「ミスタ、そろそろ下ろしてくれ」
「ああ、申し訳ありません坊っちゃん、噛んだ舌は大丈夫でしょうかな?」
「だっ、大丈夫だよ!……それよりこんな暗いダンジョン内をよく走りきれたな」
ミスタが片腕に抱えていたイゼルを下ろす、下ろされたイゼルが来た道を振り返るが、そこには真っ暗な通路が続いているだけで先まではよく見えなかった。
「坊っちゃんとは鍛え方が違いますからな、坊っちゃんも訓練すれば魔力での探知が出来なくても、気配だけで人や物の気配を察知出来るようになりますぞ!」
「そうか……」
(王宮に俺の事を狙う奴がいる以上、国に戻るのも危険か……いっそ王宮の外でミスタに鍛えてもらうのも良いかもな)
「ミスタ、ちょっといいか?」
イゼルは自身の考えをミスタに伝える。
「なるほど、敵の発言が真実なら今王宮に戻るのは危険かもしれませんな」
ミスタは顎に手をやり熟考する。
「ついでに王にならずに済んで丁度良いと思ってませんかな?」
「そんなこと、思ってないよ?」
イゼルは口で否定するが、その眼は泳いでいた。
「まあ坊っちゃんが奴らに狙われている以上、ただ王宮に戻ればその途中を狙われるのは目に見えておりますな」
「そうだろそうだろ!それにあれだけの連中を動かせる奴が、王宮内にいる可能性が高いんだ、死んだふりをして外にいたほうが安全だろ!」
「わかりましたぞ……ですが、まずは先の事より今をどうするか考えるべきですぞ」
依然としてイゼルとミスタはダンジョン内、しかも何処の国のどのダンジョンかも判明していない、更に追撃してくる敵もいることを考えるとゆっくりは出来ない。
「わかってるよ、取り敢えず休憩出来る所を見つけよう」
「そうですな、ここは何らかの遺跡がダンジョンかした物のようですし、何処かに休める所があるかもしれませんな」
イゼルとミスタがダンジョン内を探索に歩き出す、そんな彼らの姿を遠巻きに赤い瞳が見つめていた。
☆
「はぁー水場があってよかったー」
遺跡内にて、僅かに崩れた天井から月明かりに照らされる水場を見つけた二人、疲れた二人はその畔で休息を取ることにした。
喉が乾いたイゼルは、湧水を手で汲み上げ飲んでいた。
「むむ!水を飲みたくなるのはわかりますが、あまり飲みすぎると腹を壊しかねません、ほどほどにするんですぞ」
「うん、ゴクッ、わかって、ゴクッ、るよー」
「……飲むか話すかどっちかにしてくだされ」
「……ゴクッ、ゴクッ」
「いい加減飲むのはやめるのですぞ」
「イテッ」
いつまでも水を飲むイゼルの頭頂部に、ミスタが拳骨を喰らわせる。
「いて~ミスタ!たんこぶができちまうだろうが!」
イゼルが頭を擦りながら抗議する。
「ん?なにかいないか?」
イゼルが頭を上げると視界の角に赤目の魔獣が壁に張り付いていた。
「む、あれはスケルトンリザードですぞ」
スケルトンリザードは全身が骨のトカゲ型の魔獣だ、移動速度が速く、全身の骨を飛び道具にして攻撃してくるのが特徴だ。
「え、あいつ壁に張り付いて、遠目から見てくるだけなんだけど……なんで攻撃してこないんだ?」
「魔獣と言ってもまったく知性がない訳ではありません、相手が自身より強いと思えば襲っては来ません、まあ警戒せず油断していれば強者でも襲われることはありますぞ」
「そうか、取り敢えず襲って来ないならそのままでいいか……」
「そうですな、本当は奴らの魔石でも集めて当座の資金源にしたいところですが、今は逃げるのを優先するべきですな」
魔獣には核となる魔石が存在し、強力な魔獣ほど大きな魔力を宿した魔石を持ち、魔石はあらゆる魔道具に使用される。
魔道具はあらゆる場所で使われるため、あらゆる国、地域で魔石の換金は容易にできる。
「ん?なんか形が違うのがいないか?」
「むむ、あれはスケルトンナイトですぞ」
通路の影から騎士の鎧を着た骸骨達が覗き見ていた。
「奴らは骸骨の為素早く、鎧を着込んでいるので硬い、なかなか厄介な魔獣ですぞ」
「ふむふむ……じゃああっちのは」
イゼルが指差す方向に、また新たな魔獣がいた。
「むむむ!あれはスケルトンメイジですぞ!」
魔法を使うのに補助的な役目を担う杖を持ち、ボロ切れのようなローブを纏った骸骨の魔法使い達。
厄介な魔獣達は魔法を使ってくるが、スケルトンメイジはその上に数も多いので、厄介さに拍車がかかる。
「へー魔法を使う魔獣か……あいつらどんどん近づいて来てないか?」
あらゆる骸骨達がガシャガシャと骨をぶつけ合いながら、ジリジリと距離を詰めてくる。
「む、どうやら頭数が揃ったことで、我々を襲う気になったようですぞ」
スケルトンメイジ達が魔石が付いた杖を構える。
「ふーん、ヤバイじゃん」
「ヤバイですぞ」
スケルトンナイトが錆び付いた剣を構える。
「「………」」
イゼルとミスタ、二人の額を汗が伝い流れる。
「キャオオオオオン!」
スケルトンリザードが雄叫びを上げる。
「逃げるぞ!」
「逃げますぞ!」
まだ魔獣がいない通路に駆け出す二人。
「坊っちゃん失礼しますぞ!」
ミスタがイゼルの服を掴むと、放り投げて肩に担ぐ。
「ぐへっ……ミスタ許すまじ……」
イゼルを抱えて走り続けるミスタ、その背後からはスケルトンリザードの骨を飛ばす攻撃、スケルトンメイジの魔法攻撃が飛んでくる。
「おいミスタ!逃げ続けるより戦うしかないんじゃないか!?」
「この数を坊っちゃんを守りながら片付けるのは一苦労ですぞ!」
「俺も戦うよ!」
「坊っちゃんの戦い方は派手すぎて、他の魔獣やあの襲撃者達を呼び寄せる事になりますぞ!」
「デスヨネー」
イゼルも薄々わかってはいたが、彼の戦い方は閉鎖空間では敵を引き寄せてしまい、むしろ足手まといになる。
「む、前方に誰かいるようですぞ」
通路の先に黒いローブを纏った小さな子供が現れる、背丈はイゼルと同じくらいだ。
「おい、あんた達……しゃがんでろ!」
小さな少年の声がイゼルとミスタに届く。
黒いローブの少年が背丈以上の漆黒の刀を影から取り出すと、その刀を横一線に一薙ぎする。
「む!これは……!」
「うわっ!」
刀から発生した漆黒の斬撃が、しゃがみこんだイゼルとミスタの頭上を通過する。
「っぶね!」
イゼルが後ろを振り返ると、斬撃に巻き込まれた魔獣達が揃って倒れる。
「まとめて片付ける……ヘヴィーグラビティ!」
イゼル達の頭上をローブの少年が飛び越えると、残った魔獣の集団に手をかざす、すると魔獣達を押し潰すように強力な重力が発生し、まとめて倒されていく。
「すっ、すげぇ……じゃねぇ!」
立ち上がったイゼルが驚くと同時に、怒りの表情を見せる。
「なんだガキ?助けてやったのに文句でもあるのか?」
「ガキ?てめぇも同い年位だろ!あんな斬撃を急に飛ばしやがって、残り少ないミスタの髪の毛が失くなって、完全にハゲたらどうする!?」
少年はローブで顔を隠しているが、それでも同い年位の少年であることはわかった。
「お待ちください坊っちゃん、その少年が言う通り、まずは助けられた礼を言うのが先ですぞ」
「わっ、わかってるよ……」
「それとワシはハゲてはおりませんぞ」
「どう見てもハゲ始めてるだろ、わかれよ」
ミスタにも否定したい現実の一つ位はあった、だがキラリと光る頭頂部が非情な現実を物語る。
「おい、お前らはこんな所でなにしてやがる?貴族の坊っちゃんと執事がこんな所に用があるとは思えないがな、興味本意でダンジョンにでも迷い混んだか?」
ローブの少年の疑問は当然である、舞踏会に出るために着飾ったイゼルは貴族の子供にしか見えず、それが執事を伴ってダンジョンにでもいれば怪しまれて当然だ。
「お前こそこんな所でなにしてる、子供一人で来るような所じゃないだろ」
「ふん、俺はあの顔無し共を追って来ただけ……いや、お前らに言っても仕方ないか」
「顔無し?……お前まさか……」
ローブの少年から出た、見に覚えがある特徴の人物の話に食いつくイゼル、だが自分達が通ってきた通路からの足音に中断される。
「おやおや、まさか君に出会うとわね、こんな所まで僕達を追ってきたのかい?」
「やっぱりいやがったな顔無し野郎!」
現れたのは一人のノーフェイス、彼の姿を確認したローブの少年は姿勢を低くし刀を構える。
「まさか標的の王子と一緒にいるとは、ちょうどいいまとめて捕らえてやろうか」
ノーフェイスがニヤリと笑みを浮かべ両腕を構える。
「なんだお前ら、あいつに追われてたのか?」
「そうだよ、お前こそあいつと敵対してるのか?」
「ああそういう事だ……なら丁度いい、あいつの相手は俺がするからお前らはさっさと行けよ」
「はあ?俺もやるに決まってるだろ!」
ローブの少年がイゼル達に先に行くように促す、だがイゼルもノーフェイス達にはやり返したい、なにより目の前の少年が戦うのに自分は逃げ出すのが我慢ならず共に残ろうとする。
「いけませんぞ坊っちゃん!我々がいても少年の邪魔になりましょう……彼は強い、ここは任せて行きますぞ!」
「ちょっ、待て、ミスタ!」
ミスタがイゼルを無理矢理抱えると、そのまま少年が来た道を逆に走り進む。
「おいお前、俺はイゼル!お前は!?」
「リュートだ……もう会うこともないだろ、じゃあなイゼル」
ミスタに抱えられたイゼルは、せめて少年の名前だけでも聞き出す。
振り返った少年、リュートが名乗るとローブで隠した顔が露になり、幼い少年の顔と前世でよく見た黒髪黒目が姿を見せる。
「はっ?その名前は、それにその顔……いや、でもそんなわけ……」
リュートと名乗る少年の名前を聞き、その顔を見てイゼルの表情は驚きに包まれていた。
「しっかり掴まってください坊っちゃん!」
イゼルはリュートにあることを問いただしたかった、だがそれを待たずミスタが速度を上げリュートとの距離が開いていく。
(あの顔立ち、黒髪黒目にあの名前……いや、まさかな)
イゼルの脳内にはリュートがある存在である可能性が漠然と浮かんでいた、だがそれを確認することはもう出来ない。
気づけばリュートの小さな背は見えなくなり、戦闘音だけが通路に響いていた。