6.強襲
イゼルの視界に広がるのは祭壇と思われる空間、ダンジョン化した遺跡内なのか辺りを見渡しても石の床と壁ばかり、他は暗くてよく見えないが、背後の光り輝くゲートがイゼルとレインの姿だけをちょうど見やすく照らしている。
「よく来たね、僕はノーフェイス……短い間だけどよろしくね」
そしてそんな暗闇の中に溶け込むように、一人の黒いローブを羽織った人型の存在が二人の正面に立っていた、ローブを深く被り顔は見えない。
「……これはお前の仕業か?」
「そんな分かりきった事を確認してどうする?」
さっきまでイゼルとレインの二人は王宮内にいたはず、だが大広間に出るはずの扉の先には王宮内とは別の空間が広がっていた、そのあまりの異常事態に分かりきった事を改めて確認してしまうイゼル。
(くそっ、この状況がヤバいのは分かりきってる、目の前の奴が敵であろうこともな……)
「まあこんな状況、多少は気が動転してしまうだろう……ならば混乱している内にさっさと終わらせるとしよう」
ノーフェイスが頭まで深く被ったローブを捲り上げるとそこには口だけがあった、そこには顔と呼べるものは存在せず口だけが喋り続けている、その声音は男であろうと思われる。
「ひっ……」
その人の物とは思えぬ姿を見たレインは小さく悲鳴を上げる。
「くそっ」
(やべぇ、なんだよこいつ……ははっ、舞踏会で緊張していたのがバカみてぇだ……脚が震えてるのが見なくてもわかる……でも)
イゼルはレインを守るように震える脚で一歩前に出る。
「ほお、流石は王子……いや、男の意地とでも言ったところか」
ノーフェイスはイゼルを嘲笑うようにニヤリと笑う。
だがそんな笑みもすぐに消え失せる事になる、イゼルもレインも頭から抜け落ちていた、彼らの背後にはまだランスロットがいたことを。
「二人共!今すぐ下がれ!!!」
イゼルとレインが後ろを振り返ると、光り輝くゲートからランスロットが飛び出してくる。
ゲートを抜けると二人の前に立ち、守るようにその背に二人を隠す。
「っ、ランスロット!」
「ちっ、邪魔が入らないようにする約束だったはずだが……」
ローブの男はランスロットの姿を確認すると、面倒臭そうに舌打ちする。
(よし!ランスロットがいればこの状況乗り切れるか!?……しっかしあんな鎧どこから取り出したんだ?)
異常を察知して助けに来たランスロットは先程まで騎士の正装をしていたはずだが、今はどこから取り出したのか黒い鎧を着ている。
「まあいい……黒騎士ランスロットは確かに脅威だが、たかが一人……子供二人いつまで守りきれるかな?」
ローブの男が片手を振り上げると、陰から二人の黒ローブの者達が飛び出してくる。
「取り敢えず転移門をさっさと閉じるぞ、ファントム援護しろ」
「へっ、俺様に命令すんじゃねえぞテレポス!」
メガネを掛けたテレポスと呼ばれた紫髪の男は右から、髪を虹色に派手に染め、粗暴な態度が目立つ男が左から、それぞれ左右から挟むようにイゼル達に迫る。
「遅い……ブラックムーン」
ランスロットが漆黒の大剣を取り出すと、半円状に放たれた黒い斬撃がローブの男達三人に襲いかかる。
「ふんっ、その程度で……」
軽く体をひねり回避するノーフェイス。
「遅いと言ったはずだ」
「ぐっ!……早い」
だが重々しい黒い鎧に、漆黒の大剣を担いだランスロットが疾風の速度でノーフェイスに迫る。
「ふんっ!」
ランスロットの振り上げた大剣がノーフェイスを捉え、そのまま地面に叩きつけると地面が揺れ軽い地割れを起こす。
「マジかよ……」
(はえぇ!?まったく見えなかったぞ)
「騎士ランスロット……最強との噂は聞いていたけど、実物はこれほどなんて」
ランスロットの実力に驚きを隠せない、イゼルとレインの二人。
「おいおい、ノーフェイスやられたのか」
「戯れ言はいい、こっちはさっさと転移門を片付けるぞ」
地面に叩き伏せられたノーフェイスを尻目に、ランスロットの攻撃を各々回避したファントムとテレポスが、ランスロットを無視してイゼル達の方に迫る。
「俺だって……!ソードサテライト!」
イゼルが呼び出した六本の大剣達が一斉にファントムとテレポスに襲いかかる。
「へっ、この程度かよ!」
ファントムを貫いたはずの大剣は、霧でも貫いたように彼の体をすり抜ける。
「子供のお遊びだな」
テレポスが手をかざすと、飛びかかる大剣の前に光のゲートが出現し、剣達はその中に吸い込まれていく。
(あの魔法は……って、今はそれどころじゃない!)
「私も!ウォーターアロー!」
「誰がやろうと同じことだ」
レインが放つ水の矢も同様に、テレポスによって打ち消される。
「させん!」
イゼルとレインの危機に、ランスロットが一足飛びに二人の前に戻る。
「この程度で隙をついたつもりか?お前ら二人もさっさと片付ける」
「ちっ、面倒だな」
「確かに……だが、俺達を舐めすぎだ」
「これで終りにする、ブラックアサルト」
ランスロットが放つ黒い衝撃波が、ファントムとテレポス二人に向けて放たれた。
「ランスロット!後ろだ!」
突如として響くイゼルの叫び声。
「ああ、終りにしようか」
「ごふっ……なにっ……!?」
しかし、イゼルの叫びがランスロットに届く前に決着はついた、先程までランスロットの後ろにいたイゼルとレインが彼の胸を後ろから素手で貫いていた。
「どういう事だ……!」
「こういう事だよ」
ランスロットの後ろにいたイゼルとレインから霧が噴き出すと、その姿が二人のノーフェイスに変わる。
「バカな、貴様は間違いなく……」
「ああ、あれはもう死んでるみたいだ、でもおかしいな、別に僕が一人だなんて言った覚えはないけど?」
「くっ、魔力は感じなかった……いったい………」
ランスロットを嘲笑う二人のノーフェイス、ランスロットは胸から血を流しながら片膝をつく。
(そんな、このままじゃランスロットも……もう一人で逃げるか?)
その光景を見せつけられたイゼルの脳内には、最悪一人で逃げる選択肢が浮かんでいた。
「っ」
(とにかくここから逃げ……いや、まずはレインを逃がす!)
だがそれは選ばない、イゼルにも男としての意地があった。
(取り敢えず状況把握だ……このまま後ろのゲートに飛び込めば恐らく王宮に出られるはず、だがあの顔無し野郎が呟いていた事が気になる……確か『邪魔が入らないようにする約束』だったか、もしあの言葉が真実なら王宮にも敵がいる……二人で戻っても助かる保証はないし、そもそもこのゲートを閉じないと追って来られて状況はほとんど変わらない……なら!)
イゼルはゴクリと唾を飲み込むと、レインに振り返る。
「レイン、作戦がある」
「作戦?」
「ああ、作戦は……」
レインが耳を傾けるとイゼルが突然彼女のドレスを掴み、魔力で強化した身体能力を活かし彼女をゲートに向け放り投げる。
「きゃあ!待ってイゼル!さっきの魔法についてもまだ……」
レインの声は途中で途切れもう聞こえない。
「ほお、彼女だけでも逃がそうとは、勇敢ではないか」
「誉められても嬉しかないよ!」
(サテライトブラスター!)
イゼルが呼び出した六本の大剣が、剣先から魔力の玉を撃ち出しながらノーフェイスに接近する。
「小賢しい攻撃だな!」
二人のノーフェイスは苦もなくその攻撃を素手で捌ききる。
「この程度は通用しないのはわかってるよ!」
六本の大剣はそれぞれ二人のノーフェイスにその刀身で攻撃するが、それさえも素手で弾ききる。
(サテライトデストロイ!)
「ちっ、なにっ……!」
弾かれ地面に突き刺さる大剣が、ズドンッとノーフェイスの側で爆発を起こす。
「おいランスロット!生きてるか!?」
「なにをしている……俺を置いてさっさと逃げろ……」
爆発で発生する煙幕に紛れてランスロットを連れ出したイゼル、飛行魔法で低空飛行し彼を抱えたまゲートを目指す。
「アホか!誰か見捨てて逃げても寝覚めが悪いだろうが!あと、その鎧と剣が重いんだよ!」
ランスロットは重傷を負っても漆黒の大剣を離すことはない、それもありイゼルの飛行速度は普段よりも遅い。
「バカだな、黒騎士を見捨てて逃げれば良かったものを」
イゼルがゲートに到達するよりも先に、そこにはテレポスが待ち構えていた、テレポスが手をかざすとゲートが縮小し消え始める。
(やっぱりあのゲートを操るには手元でしか出来ないのか、なら計算通りだ!)
「おらぁぁぁ!」
イゼルが消え始めたゲートに向けランスロットをぶん投げる。
「待て、それはダメだ……!」
「レインを頼むぞランスロット!」
投げられたランスロットはイゼルの思惑を察し、それを止めようと手を伸ばすがもう間に合わない、ギリギリでゲートを抜けたランスロットは光の向こうに消える、ランスロットの通過と同時にゲートも消失した。
「へっ、帰り道が失くなっちまったな王子様よ」
「ファントム!いつまで見ているだけのつもりだ」
「まさかガキ一人にお前らが出し抜かれるとは思わねぇだろ、それに本来の標的は今もここにいる」
「はぁ、はぁ」
(ヤバい、六本操作を少ししただけで息が上がってやがる)
呼吸が乱れたイゼルは膝をつきその場に倒れそうになる、だがゆっくり休む暇もなくファントムとテレポスが接近してくる。
「今回は彼の勇戦を誉めるべきだろうな」
爆発で発生した煙幕からは、三人のノーフェイスが何事もなかったように歩き出てくる。
(また増えてやがる……そもそもこいつらからは魔力を対して感じない、魔力によらない魔法以外の力だとでもいうのか?)
「なあおい、どうせ俺はこの後死ぬんだろ、だったら最後にお前らの力がなんなのか教えてくれよ」
「ああ、そんなことか、僕達が魔力を使っていないことはわかってるみたいだね、僕達は異能力と呼んでいるこの世界の外の力さ」
イゼルの問いに、戦いで高揚したノーフェイスが嬉々として答える。
「おいノーフェイス!そこまで話していいのか?」
自分達の情報を話すノーフェイスを、テレポスが注意するように声をかける、その声には僅かに怒気が含まれる。
「いいさ、どうせここで彼は終わりだよ」
イゼルが体を起こし立ち上がると、彼の周りには三人のノーフェイス、ファントムにテレポスが囲んでいる。
「じゃあ終りにしようか」
ノーフェイスの一人が手を振り上げると、それをイゼルに向け振り下ろす。
(ここまでか……)
目をつぶり顔を背けるイゼル、終わりが目の前に迫る。
「やらせるわけにはいきませんな!!!」
「なっ、ミスタ!?」
だがイゼルにノーフェイスの拳が振り下ろされることはなかった、イゼルが目を開けると目の前でミスタがそれを両手で受け止めていた。
「ちっ、また邪魔が入ったか……」
ノーフェイスがいい加減面倒だと言わんばかりに、大きく舌打ちした。