4.婚約者
(遂にこの日が来てしまった……)
結局舞踏会から逃げ切る事ができなかったイゼル、舞踏会まで時間があるため自室にて項垂れていた。
「坊っちゃん、いつまでそうしているのですか、今日は逃げることは許しませんからな」
「へいへい」
ミスタに厳重に監視され、流石のイゼルも逃げ出すことは出来ない。
「む?誰か来たようですな」
ミスタがそう言った直後、自室の扉がノックされる。
「入室を許可する」
「あら、ミスタに常時監視されてちゃ流石のイゼル様も逃げ出せなかったみたいですね」
入って来たのはイゼル付きのメイドであるイセリナ。
「イセリナか……」
「随分と元気がありませんね、陛下がイゼル様を執務室にお呼びですから少しはシャキッとしてください」
「そうか父上が……今更俺を呼び出してどうするつもりだよ」
「むむ!舞踏会の前にお呼びとは、もしかすると大事なご用かもしれませんな」
(この前の脱走の事を今更言ってくるとも思えないし、こんな時にいったい何の用だろうか?)
ウェーリズ王国、国王である父親からのこのタイミングでの呼び出しに心当たりのないイゼル、いったい何の用なのかとソワソワしてしまう。
「ミスタ、くれぐれも移動中にイゼル様を逃がすんじゃないよ」
「むむ!このミスタがいる限り、イゼル様の側を離れることはありませんぞ!」
「はは……」
(出来れば美少女ヒロインからの言葉なら、もっと嬉しかったんだがな)
苦笑いを浮かべるイゼル。
この世界に産まれ落ちてから、自身の周りにヒロインの影も形も無いことに多少不満を溜めてはいるが、流石にそれを口にするほどアホではなかった。
「はぁ、何の用かはわからんが、取り敢えず行ってみるしかないか……行くぞミスタ」
「はは!どこまでもお供しますぞ坊っちゃん!」
「はいはい、そう言ってくれて嬉しいよ」
イゼルとミスタは他愛ない話を続けながら歩く、しばらく歩くと国王の執務室前に到着する。
「これはイゼル様に……ミスタか……イゼル様、陛下が中でお待ちです、中にどうぞ」
「む、騎士ランスロット」
扉の前には国王の騎士ランスロットが仁王立ちで立っていた、黒髪の美形騎士は無表情でその感情が全く見えない。
ランスロットとミスタの間には理由不明の謎の緊張が走る。
(父上の騎士ランスロットか……イケメンなのに無表情過ぎて怖いんだよな)
「さあイゼル様中へ」
まだ20代も半ばのはずのランスロットだが、王国最強とも噂される彼から発する覇気の圧にイゼルと気圧される。
「イゼル様ワシはここでお待ちしております」
「じゃあ行ってくるよ」
ミスタに背を押され入室するイゼル、チラリと後ろを振り返るとミスタとランスロットが睨みあっていた。
(えぇ……もしかしてあいつらって何かの因縁でもあるのか?)
睨みあう2人から逃げるように入室するイゼル、自室よりも広いその部屋には扉から離れた所に父親である国王の姿がある。
「父上、お呼びとの命を受けイゼルが参りました」
「うむ、イゼルよく来たな」
椅子に腰かけた国王アーサーは髪色は真っ白で、眉やまつげ、瞳までもが白い。
美形の国王は歳のころは30過ぎのはずだがその歳を感じさせない。
(いやーパパンは相変わらずのイケメンぶりだぜ、あのイケメンぷりが俺にもしっかり引き継がれていればな……)
あまりに美形すぎる父を前に、不細工ではないがイケメンでもないフツメンに産まれてしまった事を悔しがるイゼル。
(しっかしアーサーにランスロットって……偶然なんだろうけど、そのうちランスロットに裏切られたりするんじゃないだろうな?)
「ん?イゼル、お前はまた変な事を考えているな?」
「ははっ、そんな変な事なんて考えてないですよ~」
変な事を考えていたイゼルは悪徳商人のように両手を揉む。
「まったく……先日はまた王宮から脱走したそうだな、お前は産まれた時から変わった子だよ」
「お褒めに預かり光栄です!」
「ほー今のを褒めてもらっていると思うぐらいお前はアホだったのだな」
「いやー僕はなんてダメな奴なんでしょう、こんな僕じゃ次期国王なんて無理ですね、今日の舞踏会に出席するのも辞退したほうが良いかもしれませんね」
わざとらしく惚け、ワンチャン今日の舞踏会に出なくて済むようにならないかと、小賢しくも画策するイゼルであった。
「はぁ、お前はそうやって……イゼル、お前がアンブロスに次期国王の座を、王太子の座を譲ろうとしていることはわかっている」
「はは……何のことやら……」
「いつまでも王太子の、そして王の座から逃げ続けられると思うなよ」
(父上は何かを企んで……まさか!)
アーサーは眼光を強めると、椅子をガタンと揺らし立ち上がる。
「イゼル!お前には婚約者を……未来の王妃を決めてきた!」
「えゅっ!??!?」
(まじすか!?というか未来の王妃……つまり俺が次期国王決定すか!?ん……はっ!)
アーサーの言葉に驚くイゼル、そんな彼の脳内キュピンと一筋の閃光が走る。
「実は彼女は既に別室にて待機してもらっている、今から会ってくるといい、1歳年上になるがお前のような奴の手綱を握ってもらうのだ、年上の方が良いだろう」
「はっ、はひ……」
(まずいぞ!この流れは!ついこの前、同い年くらいの女の子にあったばかりだぞ!?)
☆
「改めましてご挨拶を、シーズ侯爵が一人娘レインでございます」
ドレスの裾をつまみ上げ恭しく頭を下げるのは、先日街道上で黒ずくめの者達に襲撃されているところを助けたレインだ。
「はっ……ははっ……どっ、どうも」
レインを目の前にしたイゼルの目は泳ぎまくっていた、それもそうだ、乙女の下着を本意ではないとはいえ覗き見し、コロスと明言されているのだから。
「ゴホンッ」
王宮の一室で椅子に腰かけるイゼルは既に逃げ出したい気持ちでいっぱいでソワソワしてしまうが、それを察知した背後のミスタが咳払いで牽制してくる。
「あの……イゼル王子とは以前お会いしたことがありましたでしょうか?」
落ち着かないイゼルの様子に、怪訝な顔をするレインが尋ねる。
「いっ、いや、今日が初めてじゃないかな~貴女のような美しい方に会ったなら忘れることなんてありませんよ!」
「あら、王子はお口がお上手なんですね」
クスクスと笑みを浮かべるレイン。
「はっ、はは、本心からの言葉さ」
(よっ、よし!どうやら向こうは気づいていないようだぞ!)
普段使うこともないおべっかも使い、全力でレインを持ち上げることで気分を良くしてもらい、自身があの仮面の騎士……いや、仮面の変態だと気づかれないようにイゼルは頑張ることにした。
「……イゼル様……流石に挙動が不自然すぎます……彼女と何かありましたかな?」
「なっ、ナニもないよ」
背後のミスタが耳打ちしてくる、否定するイゼルだがそれを信じるほどミスタとイゼルの付き合いは短くない。
「イゼル様!執事とお話しするのも良いですが、今は婚約者に選ばれた私が目の前にいるのです、今だけは私だけを見ていてほしいですね」
「!……そっ、そうですね、婚約者を目の前に申し訳ない」
(しっかし、さっきからあの時出会った彼女とは別物だが……こいつ猫被ってやがるな……)
水色髪の婚約者を改めて観察するイゼル。
(シーズ侯爵家は代々水魔法を得意とする一族だったな、髪色だけじゃなく瞳の色も水色なのか)
「ふふ、イゼル様、婚約者とはいえそうまじまじと見つめられては恥ずかしいですわ」
「あっ、ああ申し訳ない、女性に対して失礼でしたね」
(まあでも……俺の1つ年上で6歳……将来美女なること間違いなしの美少女婚約者か……)
イゼルが拳をぎゅっと握りしめる。
(うん!悪くない!ありがとうございますパパーーーン!!!)
異世界の父に感謝を送るイゼル、彼の脳内には自身がこのままでは王太子に選ばれることが抜け落ちていた。