3.兄弟
「やべー寝すぎた……ライト」
光魔法でログハウス内に光を灯すと窓から外を覗く、外には光はなく暗闇に包まれている。
「はぁーそろそろ戻らないと流石に騒ぎになってそうだな」
日が沈む前には戻るつもりだったイゼルは、この後の面倒事を考えてため息をつく。
(一人立ちするにはまだ俺は弱すぎるし、この体じゃな……さっさと戻るか)
王宮を出て一人立ちしたいと考えているイゼルだが、王都を出れば外には魔獣が闊歩し危険も多い、それに小さな子供の体では色々と不便なことも多い。
諸々の事を加味してイゼルは十分に成長するまでは、面倒で仕方ないが王子としてこの国に残るつもりでいた。
「ん?何の音だ?」
イゼルが帰り支度を始めようとしていると、バキッバキッと木々が砕かれ倒れる音が聞こえてくる。
「あぁ……また面倒事の予感が」
ドンッドンッドンッ!
大きな足音が徐々にイゼルのログハウスに近づく。
「魔獣でも突っ込んで来てるのか?このまま進めばここに突っ込んで来るのは確定か」
うんざりした顔のイゼルからため息が漏れる。
「はぁ……やるしかないか」
イゼルがログハウスから飛び出すと風魔法を駆使して地面に着地する。
「迎え撃つなら防御より攻撃した方が楽そうだな、ソードサテライト展開」
イゼルは四本の大剣を呼び出すと、剣先を向かってくる魔獣に向ける。
(来るか……!)
ドンッ!ドンッ!ドンッ!と音がすぐそばに迫る。
イゼルは大剣の剣先に魔力を集めると迎え撃つ準備を終える。
「ボアァァァァ!」
木々を押し倒し目の前に現れたのは巨大な猪型の魔獣、巨大な牙を携えその大きさは成人男性の倍以上はありそうだ。
(ちっ、こいつはギガントワイルドボアじゃないか!よりにもよって俺のログハウス目掛けて突進してきやがって!)
「エクス・レイライト!」
大剣の剣先に集められた魔力が解放されると、四本の剣先から魔力の光線が放たれる、4つの光線が束になりギガントワイルドボアに向け一直線に飛ぶ。
「ボアァァァァ!!!」
ギガントワイルドボアも負けじと光線に正面から立ち向かう。
(頼むからこれで止まってくれ!こっちの魔力はそう多くないんだよ!)
イゼルは魔力操作に優れるが、まだ5歳の体に蓄えられる魔力は多くはない。
「ボアッ……ボアァァッ……」
イゼルの攻撃で全身を焼かれ脳天を貫かれたギガントワイルドボアが、ズドンッと音を立てようやく倒れる。
「はぁ、はぁ……折角休んだのにまた疲れちまった」
(くそっ、しっかし火力はいまいちだな……)
エクス・レイライトは現状の攻撃力最強の魔法であり、実際にギガントワイルドボアを貫いた光線は奥の地面までも数十メートルは抉っている、だがイゼルが満足する火力には程遠い。
(こんな魔獣が当たり前にいる世界だ……こんな世界で生き抜くためにも、もっと力をつけないとな)
「はぁ、取り敢えずあまり遅くなりすぎない内に帰るとするか」
「ほお、今のはなかなかの威力の魔法でしたな」
「っ!ミスタ!いつの間に!?」
イゼルが決意を新たにしていると、背後からミスタの声が聞こえてくる。
「魔力操作はピカイチですが、気配察知、魔力探知はまだまだですな、坊っちゃんを見つけてからあの魔獣をこの場にけしかけるだけの時間は十分にありましたぞ」
「なに!?そんなに前から……いや、そもそもあの魔獣はミスタ!お前の仕業か!」
「ぐっすり寝ておられたようなので、目覚まし代わりに用意してあげたのですが、どうやらしっかり目が覚めたようですな」
「もし俺が目を覚ましてなかったらどうするんだよ!」
「ずっとお側でお守りしておりましたので、その点はご心配には及びません」
(くそーミスタめ、王宮での習い事には甘々の過保護になるのに、戦闘関係になると途端にめちゃくちゃ厳しくなりやがる……)
王宮内での王族としての習い事になると甘く過保護なミスタだが、こと戦いにおいてはイゼルに手厳しいミスタ。
(まあこのミスタの厳しさのおかげで今の強さがあるわけで、その点だけは感謝してはいるんだが……この調子じゃ次の訓練は相当厳しくなりそうだ)
王宮での戦闘訓練では特に厳しさを見せるミスタ、力をつけたいイゼルにとってもその方が助かるのだがキツいものはキツいのだ。
「さてイゼル様、そろそろ帰りますぞ」
「おいミスタ、そんな顔で笑顔を見せられても怖いだけだよ」
傷だらけの顔でニッコリと笑みを浮かべるミスタ、その顔にあまりに不釣り合いな表情にイゼルの顔がひきつる。
「むむ!まだそんな事を言えるほど余裕が有りましたか!これはミスタが坊っちゃんを鍛えてきたかいがありましたな!」
(まずいこの流れは!)
「明日からの戦闘訓練は更に倍!もっと厳しくいきますぞ!!!」
「いやあぁぁぁぁ!」
「いやー明日からが楽しみですなぁ!」
ミスタは頭を抱えるイゼルを脇に抱えると王宮への帰路についた。
☆
「ぶへっ」
王宮の一角、イゼルの訓練場になっているそこには地面を舐めるイゼルの姿が。
「今日はここまで、日暮れからはダンスの練習ですぞ」
「ううっ……ミスタ、手を擦りむいたよ」
「何を言っておられる、そんな事で死ぬわけでもあるまいに、大事なお体ですからなしっかり鍛えねば」
(昨日と言ってることが違うだろうが!!!)
イゼルは訓練用の剣を杖代わりに立ち上がる。
「あら、泥臭い匂いがすると思えばイゼル王子じゃありませんか」
訓練を切り上げようとしていたところ、声を掛けてくる派手なドレスを着た女が現れる。
「こっ、これはロレーヌ王妃」
ミスタが王妃ロレーヌに跪く。
ロレーヌは金色の髪を背中まで伸ばし、多くのメイドを従えている姿は気位の高さを物語る。
そんな彼女の影に一人の幼い少年の姿も見える。
「ああ!あにうえっ!」
「おー、アンブロス」
まだ多少舌足らずに声を掛けてきたのは、イゼルの1つ年下の異母弟アンブロス。
まだまだ幼い少年は母譲りの金髪を綺麗に整えとても身綺麗だ、ミスタとの訓練で灰色の髪を汗で濡らし土埃で汚れたイゼルとは大違いだ。
「ちょっと!そんな汚い姿でこの子に近づかないで!」
イゼルがアンブロスに近づくと、シッシッとハエでも払うようにロレーヌがイゼルを遠ざける。
「まったく王子ともあろうものがそんな汚い姿で……もっと高貴な身分である自覚を持った方がいいんじゃないの?」
「ちっ、厚化粧ババアが……」
「なんですか?王子なら言いたいことがあるならハッキリ言ってみたらどうですか?」
「いいえ、なんでもありません王妃様!」
形ばかりの笑顔を見せ煙に巻くイゼル、そんな彼を不愉快そうにロレーヌが睨み付ける。
「うう、あにうえとあそびたいよ、ははうえ」
「いけません!こんな愚鈍な者と関わっていては次期国王となる貴方に悪影響しかありません!」
「ぼくなんかより、あにうえのほうがおうさまに……」
怒声を上げるロレーヌに対して涙目を浮かべるアンブロス。
小さな声でアンブロスが呟くがその声はロレーヌには届かない。
「ははは、アンブロス次の国王はお前がなった方が俺もいいと思うぞ、俺みたいな愚鈍な奴と遊んでるとろくなことにならないぞ」
「うう、あにうえぇ……」
「あら、貴方もたまには良いことを言うじゃない、今後もその殊勝な態度を心掛けるように……いくわよアンブロス」
ロレーヌはアンブロスの手をひくと、そさくさとこの場を後にする。
(すまんなアンブロス、俺も王様は嫌なんだ)
「イゼル様……あの言葉は本気ですかな?」
「ん?ああ、俺は王様になんてなる気はないからな、俺なんかよりアンブロスの方が王様に相応しいだろ……だいたいミスタも俺が王様になる気がないのは察してたろ、それでこんなに厳しく鍛えてくれてたんじゃないのか?」
「ふむ、まあそうですが……なるほどそこまで坊っちゃんが分かっていてくれたのなら仕方ありませんな、今後はもっと厳しくいきますぞ!」
「えゅ!?!?!?」
「うーん、腕がなりますなぁ!」
ミスタはヤル気に溢れ肩をぐるぐる回している。
イゼルはそんなミスタを見て昨日に続きげんなりとした顔を見せ、とぼとぼと着替えるために風呂場を目指す。
(やはり、お母上に似て自由を好まれますか……決して楽な道ではないでしょうが、ワシはイゼル様の味方ですぞ)
とぼとぼ歩くイゼルの背中を優しい笑みでミスタが見つめていた。