2.仮面の騎士
(しっかりしないと、私はシーズ侯爵家の1人娘なのだから……こんな奴らに捕まってお父様に迷惑を掛けるわけにはいかない!)
馬車から飛び出した少女は追い詰められた状況は冷静に理解していた、だがその冷静さは残酷にも自身の運命を察することにも繋がっていた。
「しっかり囲んで追い詰めろ!絶対に逃がすなよ!」
「お嬢様には指一本触れさせるな!騎士の誇りにかけて必ず守りぬけ!」
黒づくめの者達とシーズ侯爵家の騎士達が睨み合う、ジリジリと距離を詰める黒づくめの者達が仕掛けるのは時間の問題だ。
「ふん騎士風情が、いくぞっ、おぼぼぼぼぼ!」
黒づくめの者が剣を振り上げるとズドンッ!という音と共に土煙が辺りに舞う。
「いてて、勢いつけすぎた……」
「ゴホッ、ゴホッ……いったい何が起こったの」
土煙の中から姿を見せたのは尻餅をついたイゼル、勢いよく急降下したイゼルは着地に失敗した。
土煙で咳き込む少女は突然の出来事に戸惑う。
「おいお前ら、侯爵家の馬車を襲うとはいったい誰の差し金だ?」
「くっ、仮面を着けたガキだと!?貴様こそ何者だ!」
「お前らは俺の質問にだけ答えてればいいんだよ!」
イゼルが小さな体を駆使して黒づくめの者の懐に飛び込むと、魔力で強化した蹴りをお見舞いする。
「ぐわあぁぁぁ!」
「くそっ、このガキ普通じゃないぞ!」
「あれは誰なの、どうやら味方みたいだけど……みんな取り敢えずあの仮面の者を援護して!」
「ははっ!」
少女が号令を掛けると騎士達が黒づくめの者達に襲いかかる。
「ちっ、邪魔が入ったせいで……引き上げるぞ!」
リーダー格と思われる黒づくめの男が声を上げると、馬車を襲っていた黒づくめの者達が逃げ出し始める。
「そう簡単に逃がすかよ、ソードサテライト!」
イゼルの周囲に魔力で作られた二本一対の大剣が浮かび上がる、イゼルの背の丈以上に大きい大剣は彼が手をかざした方に飛びリーダー格の男に襲いかかる。
「ぐはぁぁぁ!」
腹部を切り裂かれたリーダー格の男は地面に倒れる。
「取り押さえて!そいつを逃がしちゃダメよ!」
倒れた男はシーズ侯爵家の騎士達に取り押さえられる。
「くくっ、生きて捕まる訳がないだろ……」
リーダー格の男が口内に仕込んだ何らかの薬物を服用すると、血を吐いて意識を失う。
「くっ、ダメですどうやら死んだようです……」
男を取り押さえた騎士は悔しそうにそう告げる、周囲を見渡せば他の倒れた黒づくめの者達も同じように血を吐き出している、シーズ侯爵家の馬車を襲った首謀者に繋がる手掛かりは失われてしまった。
「仕方ないわね……今は私達の無事を喜びましょう、それにまだ片付けなければいけない問題があるわ」
少女はイゼルに向き直ると彼を不審者を見るような目で見てくる、まあ仮面を着けた同年代の子供など怪しさしかないが。
「そこの貴方、まずは助けてくれたことには感謝するわ私はシーズ侯爵家のレイン、貴方は何処の誰なのかしら?」
「ふふん、この俺が誰かだと?俺は正義の味方……そう仮面の騎士さ」
イゼルは異世界にて中二病を発症したようだ。
「何をふざけているのかしら?貴方私と同い歳位でしょ?そんな歳であれだけ魔力を使いこなせるなんて信じられないわ」
「俺から言わせれば、あんな怪しい連中にその歳で挑み掛かる根性……いや、負けん気が信じられないな」
「貴方に言われたくないわよ」
ああ言えばこう言うとはよく言ったもので、お互い言い返しあうと徐々に喧嘩越しになっていく。
「ぐぬぬ、この仮面の騎士が助けてやったのになんて反抗的なんだ」
「仮面の騎士なんて名乗る不審者が素直に相手してもらえると?」
「いやー、そうですよねーじゃあ俺はこの辺で……」
灰色の髪をかきへらへら笑って自分の正体を濁してしまおうと考えるイゼル、面倒になったのかこの場を逃げ出そうとする。
だが神の悪戯か突然突風が吹くとレインのスカートがふわりと浮かび上がり、彼女の水色の髪と同じ色の下着がチラリとイゼルの視界に入る。
「あっ、水色だ」
「っ!!!」
頬を赤くしたレインはバッとスカートを押さえるが時既に遅く、目の前に立つイゼルをキッと睨み付ける。
「いや、何も見てませんよ~」
「コロス」
「えゅ!?」
「仮面の騎士……いや、仮面の変態!」
(なんかやべっ、逃げよ!)
レインから黒い魔力のオーラが発せられ、それを見てビビったイゼルはなりふり構わず空へと逃げる。
「こらー!待ちなさい!ウォーターアロー!ウォーターアロー!ウォーターアロー!!!」
「待て待て待て!流石にさっきのは不可抗力だろー!」
水の矢が雨のように上空のイゼルに襲いかかる。
「サテライトシールド!」
(魔力障壁で防ぐしかない!)
イゼルが現状操れる最大六本の大剣が彼の前面に現れる、六本の大剣が前面に均一に展開されると、その剣達を繋ぐように魔力の傘が形成され、薄色の魔力の盾が出来上がる。
イゼルとレイン、2人の魔力がぶつかりあう音が響くが魔力の盾が破られる気配はない。
「なによあれ!なんであんなに堅いのよ!」
(あぶねー透明化で逃げよ)
四散したお互いの魔力が煙幕代わりになっているうちに透明化で逃げるイゼル、まだ怒りが収まらないのかレインは護衛の騎士達に宥められていた。
「おっ、お嬢様落ち着いてください」
「不審者であるのは間違いないですが、一応助けてくれた恩人な訳ですし」
「それにもうこの場にはいないようです、どうやら逃げたようで……」
「この場にいつまでもいるのも良くありません、まずは王都を目指すべきです」
騎士達の進言に落ち着きを取り戻したレインは、乱れた服を整えるとコホンッと咳払いをする。
「申し訳ありません取り乱しました……まずは王都に向かいましょう」
「ははっ!」
レインが馬車に戻ると、騎士達も自身の馬に騎乗し馬車の周りを囲み走り出す。
(ええそうね、確かに助けてくれた恩人だわ……恩人にはちゃんとお礼をしないとね……)
フフッと笑うレインからは黒いオーラが滲み出ていた。
☆
「ヘックシュン!」
あの場を逃げ出し王都を更に離れ森の中に降り立ったイゼル、風邪をひいたわけでもないのにくしゃみが飛び出す。
「あぁー酷い目にあった」
仮面を懐にしまうと、森の中でも一際大きな木の上にある小さなログハウスに入る。
「ふーやっぱりここは落ち着くな……」
中に入るとベットに横になるイゼル。
ログハウスの中には魔獣の毛皮で作ったベットに、木の椅子とテーブルが置いてある、すべてイゼルが自作したものだ。
(剣を六本同時使用はやっぱ疲れるな、流石に眠く……)
ベットに横になったイゼルはうとうとしだすとそのまま寝息をたてる、イゼルが目覚めるのは晴天の空から太陽が消え、日が沈み世界が暗闇に包まれ始めた頃だった。