9.遭遇
「だずげで!だずげでぐださいぃぃぃ!!!」
「いや、はっ?……えーと、聖女、様……だよな?」
岩陰から飛び出して来たのは、グチャグチャに泣きわめく誘拐されたはずの聖女、その顔は涙とヨダレとあらゆる汚れが付着し、瞬時に判別することが不可能だった。
「えーと、たぶん?」
「ずいぶん汚れて、大変だったみたいですね」
困惑顔のシーフが同意し、テリスは可哀想な物を見るような目を向ける。
「よがっだ!視た通り本当に助げがぎだ!」
(ん?見た通り?どういうことだ?)
イゼルが聖女の言動に戸惑っていると、涙とヨダレでグチャグチャな聖女がイゼルの足にすがり付いてくる。
「うわっ!きったね!」
「あべし!」
奇しくもビースト同様にイゼルに張り倒される聖女、その姿は汚れきってもう聖女にはとても見えなかった。
「おいイゼル、気持ちはわかるが流石にまずいだろ」
「そうですよイゼル君、気持ちはわかりますけど女の子にそれは少し酷いですよ」
「そっ、そうだな……反射的にやっちまった、ごめんな聖女様?」
イゼルが手を差し伸ばすと、聖女がその手を力強く掴んで立ち上がる。
「いてっ」
「なにがいてっ、よ!私は聖女よ!無礼にも程があるでしょ!?」
激怒する聖女は、イゼルに溜まりにたまった鬱憤をぶつける。
「まあまあ聖女様、落ち着いてくださいよ、イゼル君も悪気があった訳じゃないんですから」
「悪気がないほうがむしろ悪いわよ!……てか、あんた達も揃って気持ちはわかるだとか酷い事を言ってたわね!」
見かねてテリスが割って入るが、聖女の怒りは収まるどころかむしろヒートアップしていく。
「まあ事実そうですし」
「むっきー!なによこの無礼すぎる娘は!?」
(むっきーなんて言う奴、初めて見たな……ん?まだ他に誰かいるのか、なんか知ってるような気配だが……)
一人感慨にふけるイゼル、彼は更に新たな気配を察知するが、思い出す気もなかった者達の気配を察知し、その警戒を完全に解いていた。
「姉御ー!マインの姉御!待ってくだせぇ!」
「「姉さーん!置いてかないでくださーい!」」
「げえ!アイツらまた来やがったの!?」
そこに現れたのはゴリスティンとモブリオン、ヒョロタの三人組、彼らの姿を確認した聖女は全力で嫌そうな顔をすると、イゼルを盾にして隠れる。
「む?お前は、イゼルてめぇが何でいやがる!?まさかギルドから俺達を捕まえてくるように命令されて……!」
「んー」
(大方、未開のダンジョンで価値ある魔石なりを独り占めしようとしていて、ギルドが自分達を捕まえに来たと思ってるのか?)
イゼルの予想はだいたい当たっていた。
(しっかし未開のダンジョンに乗り込むなんてアホだな、こんなアホどもにいちいち説明するのも面倒だな……よし!殴り倒して黙らせるか!)
「おいイゼル、お前の考えてることは予想がつくが、流石に止めとけよ?」
ニコニコと笑顔で拳を振り上げるイゼルをシーフが止めに入る。
「はぁ~いいか、俺達はな……」
そうして面倒臭そうなイゼルの説明が始まった。
☆
「なるほどな、そのビーストって奴に誘拐された聖女様を助けるために来たと……へっ、残念だったな!そのビーストって奴はとっくにマインの姉御が倒してくれたぜ!」
「だから倒してないわよ!そもそも私が誘拐された聖女なのよ!」
「へへっ、嘘はいけませんぜ姉御、ビーストにやられて気絶していた俺達が無事で、目覚めた時には姉御だけがいたんだ、それはつまり姉御がビーストを倒してくれたってことだろ!」
(たぶん聖女とまとめて捨て置かれただけだろうな、まあビーストが聖女を途中で捨てた理由がなんとなく察せられるが……)
この場でイゼルだけがビーストの心理を正確に読み解き、少しだけ同情していた。
「それに姉御は聖女なんて柄じゃねえですよ!」
「ああ?このゴリラ野郎!調子にのるんじゃないわよ!」
「へへっ、いてぇですぜ姉御……」
バシバシと聖女に叩かれるゴリスティン、その表情は何故だかどこか嬉しそうだ。
「「「うわぁ……」」」
ゴリスティンの姿を見てドン引きするイゼル、テリス、シーフの三人、聖女だけはゴリスティンが喜んでいることに気づいていないようだった。
「あっ、姉さん!俺も叩いてください!」
「ずるいぞモブリオン!姉さん俺も俺も!」
「イゼル君!この人たち置いて行きましょうか!」
ニコニコと笑顔で発せられるテリスの言葉、その表情は笑顔のはずなのにどこか怖さがある。
「はぁはぁ、まったくこいつら……でもこの人達と出会えたおかげで助かったわ、ん?よく見たらあなた、先程も助けに来てくれた人じゃない!」
「まあ、そうですね」
突然聖女に言い寄られるイゼル、だが彼の反応は美少女に詰め寄られているとは思えないほど平坦なものだった。
「うっそ!こんな運命的な出会いが……まるで絵本の王子様みたい!よく見れば見た目も悪くないし、あなたが私の運命の相手だったのね!」
「いえ、違いますね」
夢見がちな美少女に迫られて喜ばない男はいないはずだ、だがイゼルは同い年くらいの美少女に迫られても、微塵とも喜びを感じられなくなっていた、その証拠にイゼルの表情はまったくの無反応で固まっていた。
(見た目は悪くないんだよな、見た目は……ただ、あまりにも残念すぎる)
美少女であるが中身残念な聖女を見て残念がるイゼル、だが彼も内心ではヒロインがどうしただの、しょうもないことばかり考えている事を思えば、人の事をとやかく言う資格はないだろう。
(まったく失礼な奴ね、私みたいな美少女に言い寄られているのに随分と無反応だし、彼の見た目は結構悪くないのに)
「「はぁ……」」
二人は似た者同士だった。
☆
「それで聖女様……」
「ちょっと待った!いい加減その聖女ってのやめてよね!貴方は恩人なんだから私の事はマインって名前で呼ぶことを許可してあげる!」
深刻な顔で呟くイゼル、そんな彼を制止して聖女マインが元気な声で告げる、その声音は助かったことによる安堵から生まれる物だろう。
「そうか……よろしくなマイン!」
「軽!?普通そこは謙遜して名前で呼ばないところでしょ!?」
あまりにも軽いイゼルの態度に、マインのツッコミが炸裂する。
「おっ、落ち着いてください聖女様!こいつも悪気がある訳じゃないんです!」
「はぁ……マインさまー、イゼル君が話そうとしてたんですから、わめく前に大人しくイゼル君の話を聞いてくださいよ」
「……っ、この小娘がいい加減に……!」
シーフがマインを宥めようとするが、テリスがなぜか喧嘩腰で彼女に突っかかるため、マインがまたしても怒りだしてしまう。
「大変です姉御!ここは行き止まりで上に戻る道がありません!」
「なっ!?なんですって!?」
話に割り込んできたゴリスティン、彼が告げた絶望的な情報にマインの表情が驚愕に包まれる。
「あー、その話をしようと思ってたんだが……俺達が来た道は崩れて通れなくなったからな、別の道を見つけないと外には出られないぞ」
「そっ、そんなぁぁぁ」
イゼルが告げる絶望的な言葉の数々、それは助かったと思い込んでいたマインにとって絶望的な物だった。




