6.誘拐
「ほー、やるじゃねえかガキ!蹴りで一撃とはな」
「ちっ、てめぇ俺に気づいていながら、わざと見逃したな?」
ビーストの挑発するような態度に、腰の剣を抜いてその刃を突きつけるイゼル。
「退屈しのぎになりそうだったからな、そんじゃあさっさとやるか」
「まあ、そうなるよな……」
金色の獅子がギラリと尖った爪を見せつける、今にも襲いかかろうとするビーストに対してイゼルも構える。
「はぁー助かったぁぁぁ……てっ、お願い!私を助けて!」
助かったことで気を抜いたのか、脚を広げて地面に座り込み淑女らしからぬ姿を晒す聖女、そんな彼女が思い出したようにイゼルにすがり付くと、この場の戦いの空気を完全にぶち壊す。
「ちょ!?」
(流石に今は空気を読めよ!)
イゼルが聖女を振りほどこうとビーストから目を離した瞬間、ビーストが早くも動く。
「助けてやるから取り敢えず離れ……くっ!」
ガキンッ!
ビーストが振り下ろした爪を剣で受けたイゼル、なんとか傷を受けることは回避できたが、衝撃でそのまま吹き飛ばされてしまう。
「きゃあ!助けて!」
聖女はビーストに片手で鷲掴みにされ、その体を宙に浮かされる。
「まったく、折角の機会に水を差しやがって、このまま握りつぶして……」
「ちっ、させるかよ……」
吹き飛ばされたイゼルが立ち上がり、ビーストに睨みをきかせる。
「いや……聖女を助けに来た酔狂な奴とこんな場所で殺りあうのはもったいねぇな、場所を変えるか」
イゼルの目を見て面白い事を思いついたのか、ニヤリと笑みを浮かべるビースト。
「痛い!痛い!離してよ!」
「ちっ、ピーピーうるせぇ女だな!折角もう少し生かしといてやろうと思ってたのに、間違ってぶち殺しちまうぞ!!!」
「ヒィッ……ご、ごめんなさい殺さないで!」
ビーストの手の中で縮こまる聖女、恐怖から締め付けられる痛みを唇を噛みしめ堪えている。
「大人しくなったな、それじゃあ行くか」
「行かせる訳ないだろうがよ」
「へっ、ここでのてめぇの相手は俺じゃねぇ……おい、お前らこいつの相手をしろ!」
「ちっ、ビーストの奴また勝手なことを」
ビーストが黒づくめの男達に命令するが、作戦にないビーストの行動に素直に従えないでいた。
「おい!命令が聞こえなかったか雑魚どもが!」
「くっ……皆やるぞ……」
ビーストに恫喝されて渋々動き出す黒づくめの男達。
「ビースト!この事は報告させてもらうぞ!」
「ああ好きにしろよ、まあてめぇらが生きて帰れたら、だがな……まさか生きて捕えられるようなヘマはしないよな?」
「ちっ……」
嫌々ながらも武器を構える黒づくめの男達、ビーストはそれを見届けると満足そうにこの場を離れ始める。
「そう簡単に行かせて……」
「お前の相手は俺達だ」
イゼルの前に黒づくめの男達が立ちはだかる、騎士達との戦いで手負いの者も関係なく残った数人がイゼルを囲む。
「やるしかないか……」
「聖女を助けたかったらしっかり追ってこい!あんまり襲いと聖女の命は保証出来ないがなぁ!」
走り去るビースト、彼が残した言葉にイゼルは焦る。
(不味いな、さっさと助けに行ってやらないと本当に殺されるぞ……見失う前にコイツらを片付けないと)
イゼルが剣を構えると黒づくめの男達に襲いかかった。
「来るぞ!」
黒づくめの男達が武器を構え、懐に詰め寄られた一人が剣を振り下ろす。
「くっ、避けられたか……!」
「おらっ!」
「ぐふっ!」
上半身を捻るだけで男の剣を避けたイゼル、得意の腹に蹴りを一撃入れることで黒づくめの男の意識を刈り取る。
「っ、包囲陣だ、包囲して圧殺するぞ!」
「その程度でやられるかよ!」
イゼルに宙に飛び上がると、自身を囲んでいた男の頭を足蹴にして、そのまま包囲の外に飛び出してしまう。
「ちょこまかと厄介な!」
「逃がすな!今逃がせばアイツに……ビーストに何をされるかわかったもんじゃないぞ!」
「うおぉぉぉ!」
黒づくめの男がまた一人斬りかかるが、軽々とイゼルの剣で受け止められる。
(アイツらも嫌々戦ってるみたいだけど……これはチャンスでもあるな、早く聖女様を助けに行きたくもあるが、ここで一人でも生け捕りにしてこいつらの情報を引き出す!)
「ぐっ……!」
つばぜり合いの状態で腹パンされた黒づくめの男、痛みに悶絶して膝から崩れ落ちる。
「こいつさっきから気絶させるばかりで……まさか、俺達を生け捕りにするつもりで……!」
「不味いな、生け捕りにされて情報を吐くわけにはいかん!気絶している奴らの息の根を止めてやれ」
「ちっ、気づかれたか」
気絶し倒れた男達に近寄る黒づくめの男達、それを止めようとイゼルが駆け寄る。
「がはっ!」
「くそっ、やめろ!」
倒れていた男の一人が首筋に剣を立て掛けられ、そのままグサリと下ろされる。
口から血を吐いた男はそのまま出血が多すぎて絶命してしまう。
「はっ、そう簡単に捕まるか……」
止めをさした男もまた口内に仕込んだ薬物をガリッと服用し、白目を向いて力をなくしたように倒れる。
「よし!いい加減足止めもいいだろう、引き上げるぞ!」
「散開しろ!生け捕りにされそうならすぐに自決しろ!いいな!」
イゼルが目を離した隙に各々バラバラに逃げ出す黒づくめの男達、あまりの逃げ足の早さに誰を追うべきか一瞬の迷いがイゼルに生まれる。
「っ……取り敢えず追うしかないか」
イゼルが一人に狙いを定めて走る。
「くっ、俺を狙ってきたか……腹をくくるしかないか、がはっ!」
イゼルが追いかけていた男は、狙われていることに気づくと追い付かれる前に薬物を服用し自決してしまう。
「くそっ、マジかよ……ここまで人間が迷いなく自決なんて出来るもんなのか?」
黒づくめの男達が迷いなく自決する様に、イゼルは僅かに恐怖を覚えていた。
(だが思い出したな、こいつら俺がまだ王国にいた頃に、レインの馬車を襲ってたのと多分同じ連中だ)
イゼルが周囲を見渡せば、既に残りの者達は逃げおおせたか、息の根を止められ倒れている者だけだ。
(それとあのビーストって奴、魔力を全然感じなかった……あれは恐らくノーフェイス達と同じ異能力って奴か)
「イゼルくーん!大丈夫ですか!」
黒づくめの男達が逃げ出すのを確認して、テリスがイゼルの方に駆け寄ってくる、荷馬車の方を見ればシーフも意識を取り戻したようだ。
「ああテリス、俺は大丈夫だよ」
(この黒づくめ連中と、ノーフェイス達が繋がっているとは限らないが……恐らく繋がっている可能性が高い、どうやら俺の敵はいろんな所で活動しているみたいだな……)
「はぁー」
イゼルの口から特大のため息が漏れる。
(このまま冒険者として気ままに生きていきたいけど、ノーフェイス達が各地で暗躍しているとなると、このまま冒険者している訳にもいかないか……王国から離れた聖王国なら、イゼルの名前で活動していても大丈夫だと思ったんだけどなぁ)
「どうかしましたかイゼル君?」
「いや何でもないよ……」
(とはいえだ、アイツらからいつまでもコソコソと隠れ続けるのも癪だし、やられっぱなしは、やっぱ嫌だよなぁ……まあ、そんな個人的な感情でアイツらと戦うことを決めたら、ミスタにまた怒られそうだけどな)
イゼルがはぁーともう一度ため息を吐くと、荷馬車へと戻って行くのであった。
☆
「それで逃げられた訳か」
「ああ、そうだよ……」
シーフに責めるように詰められ、バツが悪そうに顔を反らすイゼル。
それもそうだろう、勇んで飛び出したは良いものの、聖女は誘拐されビーストにはまんまと逃げられたとなれば、流石のイゼルもシーフに顔向け出来ないでいた。
「ほう、俺をぶん殴って気絶させた上、手柄を独り占めしようと飛び出したのに逃がしたと?」
「そっ、そうだよ……」
「はぁ、まったくあれだけ調子に乗っておいてこの様とはな」
流石に大人しくなったイゼルを前に、ここぞとばかりに責め立てるシーフ。
「まあ待て、いつまでもこうしててもしょうがないだろ、早く聖女様を助けに行かないとだろ」
「む……まあ、確かにそうだな……だがあの騎士達でもどうにも出来ない相手だ、俺達でどうにか出来るとは……」
辛うじて話題反らしに成功したイゼル。
二人が話し込む間、負傷し辛うじて息のある騎士達はテリスと御者の男に介抱され、なんとか意識を保っていた。
「くっ、早く、聖女様をお助けせねば……」
「ダッ、ダメですよ!今動いたら傷がもっと酷く……」
騎士の一人が無理に立ち上がろうとするが、傷が痛むのかそのまま座り込む。
「うぐっ……それでも行かねば、たとえ命に代えても……」
「あぁ!動いちゃダメですよ!」
テリスに止められる騎士、だが無理に動こうとして更に傷を開いてしまう。
「迷ってる時間はないぞ、騎士達があの様子じゃ俺達が行くしかないだろ」
「だがあのビーストという奴はどうする、かなりの化物のようだが……」
「アイツの相手は俺がする、だからシーフ……あんたにはアイツが何処に逃げたのかを見つけて欲しいんだ、そこの心配をしてない辺り出来るんだろ?」
迷いを見せるシーフだが、それはビーストとの戦闘になることが想定されるためだ、ビーストを追跡すること自体には実は不安はなかった。
「っ……確かにアイツが何処に行ったのかは俺なら探れると思う……だがな、やはりあのビーストの相手がな……」
「だから、それは俺に任せろって!」
「お前に任せるのが一番不安なんだよ」
「なんだと!」
「やんのかこら!」
結局また犬のように睨み合うことになってしまう二人、だが今回はイゼルが先に折れた。
「……頼む、俺も個人的な事情で、あのビーストって奴には用があるんだ、だが俺にはアイツと戦うことは出来ても、追うことは出来ない」
「……」
「だから頼む、お前の……シーフの力が必要なんだ!協力してくれ!」
誠実に頭を下げるイゼル、意外な姿を見せる彼を見てシーフも真剣な眼差しを見せる。
「イゼル、お前の気持ちはわかった、だがやはりあのビーストは危険すぎる、まずは援軍を呼びに行くべきだ」
「本当にそれでいいのか?それで聖女様が助けられると本当にそう思うのか?」
「それは……」
シーフも薄々は感じていた、援軍なんて物を悠長に待っていれば聖女を助けることは不可能だと、だがそれでもやはりなかなか決心出来ないでいた。
「俺はシーフの追跡能力を信じる、だからお前も俺の力を信じてくれ、次は必ず倒す」
「……はぁー、まったく、そんな風に言われたら応えないわけにはいかないか……」
「よし!決まりだな!」
いよいよ覚悟を決めたシーフ、そんな彼を見てニカッと嬉しそうな笑みを浮かべるイゼル。
「ふぅ、ようやく決心してくれて良かったよ……いつまでもウダウダ言うようだったら、お前を聖女を見捨てた奴として聖王国に報告しなくちゃいけないところだったぞ」
「ちょ、おま!?悪魔かお前は!」
「イゼルくーん!シーフさーん!お話はまとまりましたか?」
イゼルとシーフの話が一段落つくと、テリスが二人に駆け寄ってくる。
「ああ、ようやく決心してくれたよ」
「それじゃあ……」
「俺とシーフで聖女様は助けに行くよ、テリスは行商人のおっさんと一緒に……」
「待ってください!それなら一緒に行きます!」
イゼルはシーフと二人で聖女を助けに行くつもりだったが、意外にもテリスが強く同行を志願してくる。
「うーんでもなぁ……行商人のおっさん一人で、街まであの騎士達を連れていくのは大変だろ」
「大丈夫です!騎士の皆さんはだいぶ回復されたようで、もう自力で歩ける人達もいるみたいですよ」
テリスの言う通り、荷馬車の方を見れば何人かの騎士が自力で起き上がっていた。
「応援を頼むなら騎士の皆さんに頼んだ方が早いですよ……それに聖女様を助けるのに戦力が多いにこしたことはないですよね?」
「うーん、それはそうだけどさ……」
「何を迷うことがあるイゼル、テリスの言う通り戦力が多いにこしたことはないんだ、騎士達も荷馬車に乗せてなんとか街まで行けそうだし、俺達は一刻も早く聖女様を助けに行かないと」
シーフが言う通り、騎士達は負傷者を荷馬車に乗せ、街に向け出発する準備をしていた。
「そうだなわかった、それじゃあテリスも一緒に行こう……俺は騎士達に聖女様を助けに行くことと、援軍を呼んでもらうよう話してくるから、二人は先に……」
「それも大丈夫です!僕が騎士の皆さんに全て話しておきましたから!」
「ん?そうか……テリスがそう言うなら大丈夫か」
「なあ俺からも一つ聞きたいんだが、テリスは僕っ子なのか?」
イゼルの頭に僅かにもやっとした引っ掛かりを覚えるが、シーフの言葉にそれは流される。
「僕っ子?ですか?……すいません、僕は僕なので……」
「僕は僕?それはいったいどういう……?」
「なんだシーフ、まだ勘違いしてたのか?テリスは男だぞ」
テリスの言葉をいまいち理解出来ないでいたシーフだが、イゼルからもたらされた決定的な一言に顔が青ざめる。
「へっ、あっ?イゼル、冗談はやめろよ、俺達ようやく仲良くなれそうだっただろ?」
「ああそうだな、仲間のシーフには嘘はつけないと思ってな、正直に教えただけなんだが」
「お前、俺が勘違いしているのをわかっていて黙っていたな?」
「さあな~」
わざとらしく頭をかいて顔を反らすイゼル。
「でもよ、シーフが勝手に勘違いしたのが悪いんだろ?俺を責めるなよ、あとさっさとビーストの追跡を始めろよ、聖女様を見捨てる気か?」
「ぐぬぬ、ここぞとばかりに……」
「ほら、さっさと行くぞ」
納得いかないという表情をしながらも、イゼルに背中を押されビーストの追跡を始めるシーフ。
だが彼に行けと言いながら、イゼルはまだ足を止めていた。
(まずは聖女様を助けに行かないとな、ただ何かずっと引っ掛かるような……)
「さあ行きましょうイゼル君!」
「ああ、そうだな……」
(いや、気のせい……だよな)
足を止めていたイゼルはテリスに声をかけられて歩き始める、だがその瞳はテリスを捉えて離さない。
「こっちに真っ直ぐ向かったみたいだ、二人とも着いてきてくれ」
「ああ、今行くよ」
二人を先導するシーフが呼び掛けてくる、その声でイゼルは意識を聖女救出に戻す。
三人が歩き去る後ろで、荷馬車に乗り込む騎士と御者の男達、その目はどこか虚ろだったがそれに気づく者は誰もいなかった。




