5.聖女
イゼル達が出発して数時間がたった。
未開のダンジョンが発見された地点、その近郊にあるカーンの街に向け進んでいたが、途中で荷馬車を見つけ乗せてもらうことができた。
「荷馬車に乗せてもらえたおかげで今日中にカーンの街に着きそうだな」
「そうですね!これも行商人の方と交渉してくれたシーフさんのおかげですね」
「まあ、そうだな……感謝はしておくよ」
「ふん、お前みたいなガキに感謝されてもな」
「なんだと!そもそも荷馬車に乗せてもらおうと提案したのは俺だろうが!」
「んだと!?」
今にも取っ組み合いを始めそうなイゼルとシーフの二人。
「なんだい、兄ちゃん達は仲がいいんだな」
御者の男が二人を茶化すように話かける。
「はい!お二人は初めて会ったときから仲良しなんですよ!」
本気でそう思っているのか、はたまた冗談なのか笑顔でテリスが御者の男に同意する。
「「俺達が仲良し?」」
「ほら、息ぴったりですね!」
「おい、真似すんな」
「お前が真似してんだろガキ?」
「ここでやるか!?」
「んだと!?」
また取っ組み合いになりそうな二人。
(ん?これは……)
だがイゼルが進行方向での戦闘を察知したことで、二人のじゃれあいは中断される。
「うわぁぁ!誰か襲われてやがるぞ」
行商人の男が叫び声を上げると、街道の先で黒いローブを身に纏った黒づくめの集団に襲われる馬車の姿があった、馬車を守るように鎧を着た騎士達が戦っている。
「あの馬車は……!」
白と金色で装飾が施された馬車の姿を見て、シーフが驚きの声を上げる。
(あいつらどっかで見たことあるような……)
一方イゼルは、馬車を襲う黒づくめの集団をどこかで見た覚えがあり、それを思い出そうと頭を捻っていた。
「そっ、そんな!聖女様の馬車を襲う不届き者達がいるなんて!」
行商人の男は恐れ多いと言わんばかりに、荷馬車を止めるとそのまま震えて動かなくなる。
「イゼル君!シーフさん!助けに行きましょう!」
「よし行こう!」
「待った二人とも……!」
荷馬車を飛び出そうとした二人をシーフが止める。
「戦っているのは聖女様の護衛を任された騎士達だ、不用意に近づいたら俺達も襲撃者達の仲間だと思われるぞ!」
「そうだぞあんた達!聖女様に不用意に近づこうなんてすれば罰があたるぞ」
「そっ、そうなんですね……」
行商人の男にも呼び止められ脚を止めるテリス。
「なあそもそも聖女様ってそんなに偉いのか?」
「なっ!?お前聖王国で暮らしていてそんなこともわからないのか!?」
イゼルの一言にシーフが驚きの声を上げる。
「いいか聖女様って言うのは……」
☆
聖女について説明するには、ロープレス聖王国建国の時まで遡らなければならない。
聖王国を建国した初代聖王は元々異なる世界からの旅人で、聖剣の勇者に選ばれた彼が魔王討伐に赴く過程で仲間となったのが聖女だ。
聖女と共に魔王を討ち果たした勇者は、多くの民に願われて王となり聖王国を築いた、当然生涯のパートナーとして選んだのは聖女だった。
その後は勇者と聖女は長い時を幸せに過ごしたそうだが終わりの時はやってくる、聖女に先立たれた勇者は一晩涙を流したそうだが翌朝それは起こったそうだ、聖女を名乗る少女が王城に姿を見せると、勇者が見慣れた聖女の力その物を見せつけた。
『ああ……聖女が帰ってきてくれた』
勇者がそう言うと少女は新たな聖女として迎え入れられたと言う。
その後は聖女がその力を活かして王を助け、代々聖女が亡くなるごとに新たな聖女が名乗り出てその力を示し歴代の王を助けてきた、そうして代を重ねるごとに聖女の権威は増し、いつしか聖王国の象徴的存在となったのだ。
(なるほどな、確かにそんな聖女様の馬車を襲うなんて恐れ多いよな)
シーフの話を聞いて、御者の男やシーフの焦りように納得させられたイゼル。
「いつまでもゆっくり話している時間はないから、一つだけ聞いておきたいんだが……」
「ん?なんだ?」
「聖女様ってのはお前の目から見て美女、もしくわ美少女なのか?」
「はぁ?こんな時にお前はなにアホなこと聞いてきてんだ?」
あまりにも突拍子もない質問に呆れた表情を見せるシーフ。
「いいから答えろ!」
「おっ、おう……まあ、今の聖女様は最近出てこられたばかりの、若い……まあ美少女だな」
イゼルに両肩を手でガッシリと鷲掴みにされ、あまりに必死の形相で迫られたことでついつい素直に答えてしまうシーフ。
「……!」
(これは……今度こそヒロインきたあぁぁ!!!……ん?待てよ……ここで俺が活躍して聖女様をお助けすれば……!)
シーフの答えに内心喜びを噛み締めるイゼルもといクズ、そんな彼を見てまさかしょうもない理由で喜んでいるとは夢にも思わないテリスとシーフ。
「よし!俺は聖女様を助けに行ってくる!二人は行商人のおっさんを守ってやってくれ!」
「待て、それなら俺も……ぐへっ!」
助けに飛び出そうとするイゼル、シーフが付いて行こうとするが、イゼルが鳩尾に一撃入れたことで白目を向いて倒れる。
「ちょ!?……イゼル君!なにしてるんですか!?」
「こいつをあんな危ない所に連れて行くわけにはいかない、ここは俺一人で助けに行くからテリスは二人を頼む!」
「そうだったんですね!わかりました、二人の事は任されました!」
まさかのイゼルの行動に驚きを隠せないテリスだが、クズの今考えたような言い訳に簡単に納得してしまう。
「それじゃあ行ってくる!」
イゼルが荷馬車を飛び出すと、聖女の馬車に金色の二足歩行の獅子のような獣が襲いかかろうとしていた。
(おふざけ抜きで、本気で急がないとヤバそうだな)
イゼルが脚に魔力を込めると、いっきに距離を詰めるために加速した。
☆
「なんで私がこんな目にあわないといけないのよ……!」
馬車の中で一人震える白い法衣を着たピンク髪の少女、彼女がカーテンを少しめくり馬車の窓から外を覗くと、外では彼女を守る騎士達が黒づくめの集団と戦っていた。
「聖女様に賊共を近づけるな!」
「命に代えても聖女様をお守りしろ!」
騎士達の必死の声が辺りに響く。
「邪魔な騎士どもを片付けろ!用があるのは聖女だけだ!」
黒いローブを羽織った黒づくめの男が、剣と盾を構えた騎士達に襲いかかる。
「くっ、そんな武器でこの盾と鎧を貫けると思うなよ!」
黒づくめの男が刃こぼれした剣で切りかかるが、騎士の盾に軽くあしらわれる。
「ぐわぁ!」
「くそぉ!守りが硬い」
黒づくめの集団が次々と斬り倒され絶命していく。
「ふん賊風情が!」
「このまま制圧するぞ!」
形勢は圧倒的に騎士達が優位、黒づくめの集団は徐々に数を減らし制圧されていく。
「おーおー、やってんなぁ」
そんな戦いの様子を一人に近くで眺めている男がいた。
男は金髪をオールバックにして、この場に似つかわしくないラフな格好をした筋肉質な男だ。
「貴様も奴らの仲間か!?」
騎士の一人が男に気づき、剣を向け威圧する。
「おいおいそんな必死に剣なんて向けてきやがってよ、俺があいつらの仲間じゃなかったらどうするつもりだよ」
男が騎士の剣を素手で鷲掴みにすると、力づくで剣をへし折る。
「きっ、貴様!いったい何も……くばっ!」
「雑魚がうるせぇな、雑魚に構ってられるほど俺は気長くないんだよ」
男が騎士を蹴り倒すと、鎧に男の脚がめり込み騎士はその一撃で意識をとばされる。
「っ、まずいぞ!」
「こいつ、他の連中と様子が違うぞ!」
一人の騎士が一撃で倒されたことで、他の騎士達が慌てたように駆け寄り、男を取り囲む。
「やっと来たかビーストの奴」
「これで形勢が変わるな」
「くそっ、こいつら仲間か……!」
「調子にのるなよ……!」
ビーストと呼ばれた男の登場に、黒づくめの者達は沸き立ち、息を吹き返したように騎士達に襲いかかる。
「どいつもこいつも雑魚ばかりか……ちっ、つまらねぇな、さっさと終わらせるか」
ビーストが一歩脚を踏み出すと、一瞬で目の前の騎士の懐に飛び込み、一撃拳を叩き込むだけで騎士の意識を刈り取る、鎧は割れあばら骨が折れる音が聞こえる。
「うおぉぉぉ!」
「そんなに叫んでも意味ねぇんだよ!」
斬りかかって来た一人の騎士、ビーストは騎士の一振を素手で軽くいなすと、その騎士の頭を鷲掴みする。
「ぐうっ、離せ……」
「離してくださいだろ!雑魚が!」
「ぐあぁぁ!」
地面に叩きつけられた騎士は、頭を押さえ痛みに悶絶する。
「っ、強い……!」
「ひっ、怯むな!聖女様をなんとしてもお守りするぞ!」
健在の騎士達は逃げずにビーストに剣を向けるが、その体の震えは隠しきれない。
「ちょ……!?」
(ちょっとヤバイんじゃないの!?護衛の皆が簡単にやられるなんて、どうにかして逃げないと……!)
馬車から外の様子を伺っていた聖女、ビーストの暴れぶりに一目散に逃げる方法を考えていた。
「ちっ、雑魚が何匹来ようと同じなんだよ!まとめて片付けてやるよ!」
ビーストの体が淡く光だすと、ムクムクとビーストの体が膨張し、着ていた服が破け弾け飛ぶ。
「なっ、なんだこいつ!?」
「ひぃ……!化物め!」
騎士達の眼前に現れるのは一回りも二回りも大きな二足歩行の獅子、顔は獅子のそれに変わり大きな体を金色の体毛が覆う。
「ヴガァァァァァァ!!!」
ビーストの咆哮が辺り一帯に響く。
「きゃあ!いったいなんなのよ、もう!」
馬車の中でその咆哮を耳にした聖女は、耳を塞いで辛うじてやり過ごす。
だがすぐ側で戦っていた騎士達は、ビーストの咆哮を受けて揃ってその場にへたりこむ。
「くそっ……何故だ、体が動かない」
「奴の咆哮で、体が痺れたとでも言うのか……!?」
へたりこむ騎士達は立ち上がろうとするが、体をうまく動かせず指先一つまともに動かせないでいた。
(護衛の皆座り込んでなにしてんのよ!?このままじゃ……これは!)
馬車の中で震えていた聖女、彼女の瞳が淡く光ると、彼女の視界にビーストによって馬車が屋根から押し潰される光景が広がる。
『逃げなければ、逃げなければ』
聖女の脳内に何処からともなく女の声が響く。
「っ、うっさい!わかってんのよ!」
バァン!
馬車の扉が勢い良く開けられると、中から聖女が迷いなく飛び出してくる。
「おっと、まさかこのタイミングで飛び出してくるとはな」
ズガァン!
聖女が飛び出した直後、ビーストが振り下ろした腕が馬車を押し潰し崩壊させる、馬車が壊れた拍子に馬達は逃げ出してしまったようだ。
「ちょ、待って、私も連れていってよ……」
地面に倒れながら走り去る馬達を眺める聖女、周囲を見渡せば倒れた騎士達は起き上がって来ることはなく、気づけば周りを黒づくめの集団が囲んでいた。
「助かったぞビースト、後は手筈通り聖女を片付けるだけだ」
「別にてめぇらを助けた訳じゃねえよ……ちっ、俺はもう飽きた、後はてめえらでやれよ」
「ああそうさせてもらう、我ら天の鎖の計画の邪魔となる可能性が高い聖女にはここで消えてもらおう」
「ふん、どうせ殺したところで、また涌いて出てくるんだろうけどな」
つまらなそうに聖女を眺めるビースト、黒づくめの男が一人ナイフを取り出して彼女に近づく。
「それでも次が出てくるまでの時間稼ぎにはなる、ノーフェイスの作戦通りここで聖女を片付ける」
「ひっ……あんた達なんなのよ!私は聖女よ!私を襲ったらどうなるか……!」
(なんなのよ!天の鎖とか、計画とか!邪魔になるから片付けるって……あんた達の計画なんて知らないわよ!なにもかも聖女なんて物が私の中にいるせいよ!)
辛うじて虚勢をはる聖女、しかし内心では自身の境遇に対する怒りと、目の前に迫る脅威に対する恐れでいっぱいだった。
「うるさい女だ、さっさと黙らせるか」
「いやぁ!誰か助けて!」
黒づくめの男がナイフを振り上げる、聖女は目をつぶりその腕で頭を覆うことしかできない。
「これで終わ……あがっ!」
「………えっ、なに?」
しかし男のナイフが襲って来ることはなかった、聖女が目を開けると黒づくめの男が呻き声を上げてその場に倒れていた。
「おい、大丈夫か?」
聖女の耳に襲撃者以外の声が届く、彼女が顔を上げるとそこには、灰色髪の青年イゼルが立っていた。




