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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あの子で始まり、私で終わる

作者: ainsel

久しぶりに書き上げた小説です。特になにがあったわけでもないのですが……

今までの作風を期待してここを開いてしまった方、すみません。ブラウザバック推奨です。

 パン。

 ほおを力いっぱい張られた。

 口内に鉄の味が広がり、飲み込めなかった分が口端から零れた。

 熱を持ち始めたほおに手を当てれば、自身の冷えた指先が心地いい。


「なぜ、そんなこともできない?!」


 肩を怒らせ、口角から泡を飛ばす男性。整った顔立ちだが、その目は見降ろした私――幼い子どもを心の底から憎んでいる、そうとしか思えない。暴力の恐怖に、意識せずにがくがくと震える体。助けを求めようにも、逃げたくとも、すがれるものすらない。


「いつになったら、ふさわしくなれるのかしら……」


 目の前の威圧するような男の背後、きつい顔をした女が落胆したかのようにため息をついた。彼女もまた、私を救ってはくれないようだ。


 ここはどこ―――?


 そう思った瞬間、脳内を切り裂かれるような痛み。

 グッと悲鳴を堪え、もう片方の手で頭を押さえつけた。


 ずい分幼い頃から、躾と称した体罰を受けて来た。来る日も来る日も勉強の日々。そしてできなければ、食事も与えられず、睡眠時間も削られる。今張られたほおの他にも、いたる場所に傷跡や痣もある。

 幼い身体はボロボロ。

 心もすでに限界だ。


 だから、か。


 私の中に、黒いどろどろとした――煮えたぎるマグマのようなものが湧きだしてきた。気に入ってもらおう、褒めてもらおうと努力に努力を重ねた。すきっ腹を抱え、寝不足にふらつき、それでもなお打擲ではなく、いつかは愛がもらえるのではと期待していた。


 もっと?

 まだ足りない?

 これ以上、何が必要?


 内に膨れ上がった怒りが、憎悪へと変わる。

 もう、あの子の最期の糸は切れてしまった。


 もう頑張れない。


 そういって、消えてしまった。

 ここにいるのは、私。

 あの子ではない。


「ああああああああっ!!」


 私は私の心のままに、全てを解放した。

 膨大な魔力が猛威を振るい、周辺をどす黒く染めた。


 あの子を苦しめた者みんな、同じように消えてしまえばいい。


 暴走は始まりと同じように、突然終わりを告げた。

 私の意識はぷつりと途切れた。





「よくぞ目覚めてくれた。これでお前が次期当主だ」

「この日をどんなに待ち望んだか。ああ、やっとこれであなたを心より愛せるわ」


 ふっと戻った意識が最初に拾ったのは、二つの声。

 そして、体を包む温もりだった。

 重いまぶたを上げれば、涙を湛えた男女二人の姿が見えた。しかも男は私を抱きかかえ、女には両手を握りしめられている。思わずギョッとして、身構えた。

 どう見ても、私を殴った男とその背後で庇いもしなかった女だ。


「長かった――今までよく耐えてくれたな」

「今までのことは、本当にごめんなさい。でも、これからは親子三人仲良くやっていきましょう」


 私の意思など関係なく、べらべらとしゃべり続ける二人。

 どうやら、今まで虐げてきたのは私の魔法を発現させるためだったらしい。

 その魔法とは、黒魔法。

 心に闇を抱えるほど、負の力をため込むほど強力になるものらしい。


 まさかと思ったが、この二人は私の実の両親だった。

 黒魔法とはブレア公爵家直系の特殊魔法らしい。代々続いて来たブレア家はここ近年、その力が弱体化傾向にあった。しかし、過去には強力な力が使える者もいた。その差は何なのか。純血なのか、他家との婚姻か――長年の研究で、ついにその謎が解き明かされた。


 黒魔法使いの力の強弱とは、育ち方や環境で差が付くようだった。

 ある者は熾烈な当主争いの中で、ある者は戦争に駆り出されたことで、ある者は家族や愛する者を亡くしたことで、その力を発現させたという。特に戦時の当主の時代は、その傾向が顕著だったらしい。己や周囲の『死』を意識することで、黒魔法が強力になる傾向があるようだった。

 愛情をもって『普通に』育てても黒魔法は発現する。だが、その力はあまりにも弱く、なんとも頼りない。

 ブレア家の都合で戦争を起こすわけにもいかない。

 しかし、歴史あるブレア家には恐れられるほどの力、強大な黒魔法の使い手が必要であった。


 だから、私に対して辛くあたっていた、と二人は話を締めた。

 そしてすまなかった、ごめんなさい、と涙ながらに謝罪の言葉を紡ぐ。すべてはお前が憂いなくブレア家を継ぐため、と。


 私の頭をなでるために近づく手、それは私のほおを張ったのと同じ手だ。触れられるたびに、意識せずとも体は強張る。

 ごめんなさい、とこぼすその口からは、私を詰る言葉、尊厳を傷つける言葉しか出てこなかった。次はいつ、怒りのこもったため息に変わるのかと、落ち着かない。


 理解できない言葉を話すこの二人はなんなのだろう。

 私には、消えてしまったあの子の記憶がある。

 親だというが、私があの子ではないと気付きもしない。

 親子の絆とは、その程度のものなのだろうか。




 幼かった私の療養は数か月かかった。

 無数の傷に残るほどの物はなく、痣もいつしかきれいに消えた。痩せて骨が浮き出た体も栄養を考慮した食事、たっぷりの睡眠のおかげで肉もつき、そのうち年齢相応の成長も始まるだろう。


 体力的に健康になったところで、魔法の訓練が始まった。

 黒魔法を発現したとはいえ、身内にある強大な力を制御できなければ意味がない。もともと座学は寝る間も惜しんでやらされていた。恐怖と必要にかられながらも身につけた。基礎はある、ついでにわたしはなかなか優秀だったらしく、あっという間に黒魔法も自在に使いこなせるようになった。


 黒魔法――別名、闇魔法とも呼ばれる魔法は、主に人の精神に影響を及ぼす。意のままに精神を操り、人格さえ崩壊させる。本来なら忌避されるものだが、ブレア家は王家によって手厚く保護されている。祖先が結んだ盟約と言う縛りのおかげで、ブレア家の黒魔法は王家の血筋には効果がない。反逆することのない、王家にとって便利に使える駒だった。いわゆる、ブレア家は王家の暗部としての役割を担っている。黒魔法を発現させてから、その話も聞かされた。


 ぎこちなくも、少しずつ。

 私と両親はそれなりに『普通の』家族のような関係を築いていった。会えば挨拶をし、ともに食事をし、たまには茶をたしなみながら会話をする。両親からはたくさんの贈り物をもらった。私を笑顔で褒めてくれることも多くなった。

 たまにあの過去は夢だったのでは、と思うような日々。


 あの子の欲していたこと。

 求めて、求めて、でも決して手に入らなかったもの。

 それを今、享受しているのは私。


 寂しく、一人ぼっちで消えてしまったあの子。

 どこにいるのだろう。

 今、このぬるま湯のような安寧を知らせる術もない。


「ここに帰ってきたい?」


 虚空に問うても、応えはないとわかっている。

 私が奪ったあの子の居場所。

 あの子がたどり着けなかった未来。

 今なら、戻りたいと思ってくれる……?


 応えはない。

 だけど、私の心の奥に澱のように重なって沈んでいる感情。

 これは私のものではない。

 あの子が残してくれたもの。

 あの子が生きて、感じて来た証。





 パシン。

 差し出されたその手を払い落とす。


「な、なぜ――?」


 呆然とひざまずくその人は、この身体の父親だ。

 剣で心臓を一突きにしたつもりだったが、まだ息がある。少し狙いが外れてしまったようだ。どちらにしろ、床に広がる血の量を考えれば、そう長くもない。

 むしろ、即死ではもったいない。

 そのせいで、手元がぶれたのだろう。

 私の手には家宝だという鈍い光を放つ剣が握られている。その刀身はぬるつく液体にまみれている。

 死に向かうまでの時間、男が抱く感情はどんなものだろう。


「どうしてお父様にこんなひどいことを?!」

「ひどい?」


 不思議そうに首をかしげれば、その隣に寄り添った母親から悲鳴のような声が上がる。

 我が子を虐待した親と、その親を手にかけた子。

 果たして、ひどいのはどちらだろう。


「そういう風に教育してきたのは、あなた方でしょう?」


 今日、私は十六になった。

 この国では成人だ。

 つまり、爵位を継承するに支障がない年齢と言うことだ。


「だから、あなた方には死んでもらいます」

「な、なにをいって……」

「凄惨な過去や身近な者の死で黒魔法はより強力になる、ですよね?」


 返り血を浴びた私が微笑めば、女はヒッとしゃくりあげ腰を抜かしたようだ。

 ブレア家のため、強力な黒魔法使いになるため。

 そのために幼い我が子を虐待するなら、喜んでその我が子の手にかかってくれるだろう。

 そう思ったのに、どうやら違うらしい。


「く、狂ってる!あなたは……お前は異常よ!この悪魔っ!」

「さようなら」


 今度は過たず、心臓を一突き。

 ちょうど時を同じくして二人は息を引き取った。

 折り重なるように地に伏した二つの躯。

 夫婦仲よく死出の旅に出れたのなら、悪くない最期だと思う。


 トラウマが必要なら、子に親殺しをさせればいい。


 親が子を愛すれば愛しただけ、その親を自らの手で殺めればその心は闇に染まる。

 むしろ虐待し続けるよりも、よほど簡単で確実な方法だ。

 そんなことにも気づかないなんて。

 いや、気付いたからこそ子を苛む道を選んだんだろうか。

 今では問うこともできないけれど。


 悪魔?

 では、その悪魔を産み落としたのは誰?


 身の内の魔力が無限に湧き出る感覚。

 類を見ないほどに強力な黒魔法使いが誕生した瞬間だ。

 溢れるほどの魔力で、どんなこともできそうな気がする。


「まずは何をしようか」


 このままブレア家を滅門させてもいい。

 王家との盟約すら破って、反旗を翻してもいい。

 私は自由だ。


「それとも――」


 あの子が欲しかったものを、この手で作ってみるのもいい。

 温かい家族、望まれて生まれる子ども。

 今度は間違えない。

 その子を愛して、愛して、愛しつくして――最期にこの命を捧げよう。きっと、その子は私以上の黒魔法使いになれるはず。


 それこそが、私の、親の務め。


 やっと、あの子のために生きる目標が持てた。

 だから、もう少しだけ生きてみよう。

 あの子のために。

あの子と私の性別は決めてません(二番煎じ)。

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