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『平行世界を行き来できる能力』を使って彼女を複数作った結果

作者: アカイノ

 もし人生の経験が倍になったら、僕たちは普通よりも倍幸せになれるのでないか?

 昨今、人生で最も幸せになる方法はより多くの経験をしたかどうかであるという研究があるらしい。この手の話は自己啓発っぽくてあまり好きではないが、この意見には共感する。

 だから、僕はもし自分の人生が倍になったら、幸福感も倍になるのではないかと考えたものだ。

 この仮説を実際に確かめられる能力を僕は手に入れた。『平行世界を行き来できる能力』である。

 

 僕は5人の女性と平行してかつ社会的に真っ当さを保って恋愛をしている。サクラちゃん、ユメミちゃん、モモカちゃん、ヒナタちゃん、アヤメちゃんと同時に、不倫することなくだ。僕は5つの平行世界行き来できる。5つの世界の記憶はもちろん共有()()()から、単純に幸せは5倍だ。普通一つの人生しか味わえないところを、僕は5つも味わうことができるのだ。

 

 この能力はとある異世界人から貰ったものだ。その異世界人は、なんでも自分がもう必要としなくなった能力を他人にあげるという活動をしていた。面白いのは、他人に能力あげるというのも彼女の能力の一つらしい。その能力には変な制限があり、ルーレットを回して該当した能力をあげるというものであった。ルーレットは人生ゲームで使うようなチープなもので、1〜9の数字とハズレと書かれたマスがあった。僕はルーレットを回し、見事ハズレのマスを引いた。

 

 そのハズレのマスに該当していたのが現在僕が使用している5つの平行世界を行き来できる能力であった。この能力がなぜハズレのマスに入っていたのか皆目検討がつかなかった。1〜9のマスにはこれ以上の能力が入っていたのかと。

 そのことを異世界人に聞くと、彼女はそれを肯定した。では具体的にはどのような能力が入っているのかと聞くと、彼女はもったいぶりながら、『服の汚れを一瞬で落とす能力』と答えた。


 まあ異世界人とは価値観が異なるということだろうか。もしくは異世界人にほもの価値がわからないと言えるかもしれない。


 とにかく、今僕はこのハズレの能力でこれ以上にない幸福を手に入れた。

 サクラちゃんとは先日一緒に遊園地に出かけた。ジェットコースターで一緒に叫んだり、綿飴を両端から同時に食べたり、観覧車で同じ夕日に照らされた。

 ユメミちゃんとは映画を観に行った。映画よりも映画に夢中なユメミちゃんが可愛すぎて、バットエンドの映画だったらしいが僕の頭の中はハッピーで満ちていた。

 アクティブなモモカちゃんとは海外へ旅行しに行った。初めての経験することばかりであったが、好きな人といれば怖いものはなかった。

 ヒナタちゃんとはカフェ巡り。全く興味のないことでも、好きな人の好きなものと思うと自然と好きになってしまった。

 アヤメちゃんには思い切って結婚を申し込んだ。正直OKなんてもらえないと思っていなかったが、彼女は僕の結婚指輪も躊躇いつつも受け取ってくれた。


 僕は世界で一番の幸せものであった。世界で一番好きな女の子5人との生活は僕を永遠の幸福へ(いざな)ってくれると本気で思っていた。

 しかし、この幸福は倒れ始めたドミノアートのように一気に瓦解していくのであった。


 初めのきっかけはサクラちゃんにフラレたことであった。どうやら他に好きな男ができたらしい。僕は自分の何が悪かったのかを彼女に問い詰めた。自分の悪いところを指摘してくれればいくらでも改善すると彼女に伝えた。彼女はそうゆうしつこいところとだけ僕に言って去っていった。

 サクラちゃんの失恋は僕に予想以上のダメージを与えた。正直、一つのルートが駄目になっても残り4つが大丈夫なら問題ない、その程度のことと思っていた。もちろん合理的な人間ならそう考えられるのだろうが、僕はそうではなかった。失恋を引きずったままユメミちゃんとデートした僕は、デート中特に理由もなく突然泣き始めてしまった。そんな僕を気味悪がったユメミちゃんは、男らしくない人は好きじゃないと言いその場を去っていった。

 2つの失恋を経験した僕は、さらなる追い打ちをかけられる。モモカちゃんが飛行機事故で亡くなったのだ。なぜそのような理不尽が彼女に、挙句の果てに最悪なこのタイミングで起こたっのか。神の無慈悲さを心の底から呪った。

 ヒナタちゃんとどうなったかははっきりとは覚えていない。気づいた時には牢屋に入っていた。鉄格子越しの監視が言うには精神が錯乱して近くにいた女性に暴行をしたらしい。

 僕はアヤメちゃんの世界に逃げ込んだ。アヤメちゃんは意気消沈している僕を優しく受け止めてくれたが、2年後に突然姿を消してしまった。「探さないでください」と書き置きだけされていた。


 こうして僕は世界一の不幸者になった。失恋程度の過大な表現かもしれないが、5つも重なればそれぐらいにもなる。


 僕が失意のどん底にいるとき、あの異世界人は再び現れた。今度は色んな人から必要とされなくなった能力を集める活動をしているのだとか。


 僕は彼女に能力を手に入れてからのことを洗いざらい話した。

 5つの平行世界で彼女を作ったこと。

 世界一の幸せ者に成ったと本気で思っていたこと。

 そこから転落して現在は不幸の真っ只中にいること。

 そして、ここからどう立ち直ればいいのか全くわからないことを。


 彼女は僕の話を最後まで真摯に聞いてくれた。

 その話を聞いて彼女は、

 

「幸せが5倍の人生ってのは、不幸も5倍の人生なんだ。そして人生は不幸な時間の方がずっと長い」

 

 と言った。そう言われた時、僕はこの能力がなぜハズレ能力であったのかを悟った。


 彼女は、僕の持つ能力を別の能力に交換することを提案した。正確には、『他人の能力をもらう能力』彼女が使って能力を返却し、以前も使った『能力を与える能力』で別の能力を与えるというものだ。

 僕はその提案に賛同し、再びルーレットを回した。

 

 それから2年後、僕は片田舎の町でクリーニングショップを開いている。世界一速いクリーニングショップを自称してそこそこ稼いでいる。もちろん、『服の汚れを一瞬で落とす能力』がありきの商売である。店舗を拡大しないかという話もあったが、能力ありきの商売では断るしかなかった。でも、それでいいと思っている。

 あれ以降、彼女や妻を作ったことはない。2年前の経験が少々トラウマになっているのかもしれない。田舎だからお見合いの話もくるのだが、今のところ断っている。

 たまに思うのは、あのまま『平行世界を行き来できる能力』を持っていたらどうなっていただろうかということだ。少なくとも今よりは刺激的な人生だったろうし、そっちの方が良かったのではないかと思う時もある。

 

 そんな時は身近な幸せを常に意識するようにしてる。

 僕には今そこそこ稼げる仕事がある。

 稼いだお金を好きに使える時間がある。

 色んなところに行ける車がある。

 帰るとリラックスできる家がある。

 家の近くには毎日サンドイッチを買うパン屋がある。 

 夜ぬくもりを与えてくれる布団がある。

 彼女はいないけど、僕の仕事を喜んでくれるお客さんがいる。

 

 僕は今そこそこ幸せである。


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