表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/81

バラの香り

彼女からはバラの香りがした。

通勤途中の電車の中でのことである。

通勤するときには大体同じ電車の同じ車両に乗る。

この車両に絶対のらなければいけないという決まりはないのだが、なんとなく使う車両が固定されるものである。

同じ車両の人たちは自然と顔見知りになっていくものである。

別段話しかけたりはしないが、この人は何処から来てどこで降りるかというのを覚えてしまうものである。

目の前に座っている人は次の駅で降りるから、次座れるなといった風である。

彼女は最近この車両に来た新参者である。

込み合う車内において、香水のきついにおいは迷惑以外の何物でもないのだが、彼女のにおいについては嫌な気はしなかった。

彼女が別段好みだったわけではない。

俺はもっとグラマラスなほうが好みだし、髪は短いのよりも長いのが好きだし、童顔よりも目鼻立ちがしっかりしているほうが好みである。

ただ彼女の匂いが気になるだけである。

もしかしたら自分でも気づかないうちに恋に落ちていたりするのだろうなんて考えたこともあったが、もし彼女に話しかけるとしても

「君、いい香りがするね」

とでも話しかけるのだろうか。

それこそ、その日から痴漢扱いされること間違いないだろう。

まだ若いのに、そんなことで人生棒に振るのは御免だ。

要はなぜ彼女の匂いがこんなにも気になるのかを突き止めればいいだけなのだ。

俺はバラの香水を買うことにした。


そして失敗した。

デパートのアロマコーナーには、男っ気は全くなく、完全に浮いていた。

下着売り場がちょうど隣にあるのも悪い。

何の後ろめたいことはないのに、挙動不審になる。

堂々としていればいいと思うのだが、一度舞い上がった心を落ち着かせるのは至難の技だった。

結局店員さんに声をかけられた。

「何かお探しですか?」

親切な店員の問いかけから、取調室の刑事のようなプレッシャーを感じる。

彼女の笑顔の裏に、さいぎ心が見え隠れしていたのは事実だった。

決して俺の被害妄想ではないと確信している。

「バラの香水を」

やっとのことで絞り出した勇気に、店員は流暢に店の品を説明しだした。

俺ははあ、そうですか、生返事するしかなかった。

はっきりいって店員の言いなりであった。

結局予算よりも高いものを買ってしまった。

帰りしな、後悔しながらも謎の解ける期待に胸を膨らましていた。


食事と風呂を済まし、いよいよ包みを開けた。

まるで宝箱でも開けるような気持ちであった。

店で品物を確認しているにもかかわらず、香水が姿を現したとき、思わず、おおっと感嘆してしまった。

まるで品物を鑑定するように香水をいろんな角度から見た。

シュッシュッと恐る恐る香水の頭を押してみた。

バラの香りがした。

当然である、俺はバラの香りがする香水を買ったのだから。

もしこれでキンモクセイやユリの香りがしようものならクレームをつけに行かねばならない。

理科の実験をするように、手であおいで嗅いでみるが何か違う気がした。

やはり何かにかけてみないといけないのだろうか。

枕やカーテンにかけてみるが、なんだか違う気がした。

やはり人にかけないといけないのだろうか。

いろんなところにかけてみた。

うなじ、手首、脇、ひざの裏、足の裏。

かけては嗅いではみるが、彼女の時とは違う気がした。

やはり女性にかけないと意味がないのか。

さすが道行く女性に香水をかけるわけにもいかないので、とりあえず寝ることにした。

香水はまだたくさんある。

結論を出すにはまだたくさんの実験が必要なのだろう。


俺はその日も同じ電車の同じ車両に乗り込んだ。

瞬間車両内の視線が一気に自分に向けられた。

理由が自分の匂いにあることに気づくには遅すぎた。

バラの彼女が乗車してきた。

彼女もほかの乗客同様俺を見た。

そして眉をひそめた。

俺はできることなら電車をすぐに止めて家に帰りかった。

泣いてもいいよと言われたら、号泣できるだろう。

結局、次の日からは時間帯をずらして、違う車両で通勤することとなった。

もう彼女のバラの香りが気になることはなくなった。

後にはまだたっぷりとあるバラの香水と、心に深い傷だけが残った。

這沢 りん


過去の作品一覧を見いたら、このタイトルに目が留まったので読んでみました。読みやすかったです。すっと、作品の世界に入れました。香りに関して無知な彼が、可笑しく、哀れで、可愛かったです。結構リアルな話だなと思いました。

指摘する点など無いんですが、彼女から漂う香りがどんなものだったのか、知りたいところです。


栖坂月先生


コレもある意味『ミイラ取りがミイラ』なんでしょうかね。

生真面目であったが故の誤った選択、とでもいうべき状況なのかなと、勝手に解釈させていただきました。文体が柔らかいので読みやすく、話そのものはとても面白かったです。

ただ、それが故に誤字は少し残念でした。

一つは『顔見しになっていくものである』→『顔見知りになっていくものである』で、もう一つは『結局定員さんに声をかけられた』→『結局店員さんに声をかけられた』という二ヶ所です。

何だか揚げ足取りみたいで、ミスの指摘はあまり好みではないのですが、せっかくの軽快な文章が小さなミスで途切れるのはもったいないと思ったので、あえて指摘させていただきました。

これからも面白い文章、期待しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ