朝顔
軒先に朝顔が咲いていた。
その花弁には朝露をたたえ、暑い夏に涼を届けてくれた。
「こんなところにいらしたんですか?朝食ができておりますからどうぞお食べになってくださいまし」
「わざわざありがとうございます。ほどなく行きますので」
「お体に触ります、どうぞお早くお越しください」
生返事を返し、じっと朝顔を見つめる男。
その様子を見て女は、男の隣にすっと腰を落とした。
「朝顔でございますか?」
「ああ、あまりに美しいものだからつい見とれてしまって」
「そうでございますね。季節の花というのは、趣があってようございますね」
「なぜ朝顔というのは朝にしか咲かないいのだろう?なぜだと思う?」
「さあ。なぜでございましょう」
「私は思うのだよ。朝顔は自分の咲くべき時を知っているのではないかと。こうやって花でさえ自分の咲くべき時を知っているというのに、私は何をしているのだろうか」
女は悲しそうに男を見た。
「ほかの維新志士の同志たちは、身を砕いて頑張っているのに、私は自分の体さえ満足に動かすことができないでいる」
「そう、ご自身を責めてくださいますな。誰もあなた様を責めるものなどおりませぬ。今はご自身の健康のことだけ考えてくださいまし」
「そうだな。誰も私を責めてなどいないのかもしれぬ。ただ、私は私を許せない。このふがいない私とこの体が恨めしい。何も出来ぬ自分が、苛立たしい」
男はギラリとした目つきで、やせ細った自分の腕をねめつけた。
「何も出来ぬわけではありませぬ」
「この体で何を・・・」
「信じてくださいませ。維新志士のお仲間を、未来を支えるこの国の民を」
「信じるだと、そんなことで何が変わる」
「この国はあなた様だけの国でございますか?違いますでしょ。だからこそ皆様で一緒にこの国を変えるとお思いになられたのでしょ」
「それはそうだが・・・私は何も変えられてはいない」
「人生は何もなさずには長すぎ、何かをなすには短すぎます。だからこそ人は子を生み、後世に思いを託すのです」
女は自分の腹を愛おしくさすった。
「信じてくださいませ。お仲間を、未来のこの国の民を、自分の子供を」
男は女を抱き誓った。
「そうだな。信じよう。たとえ朝顔になれなくとも、私はそれを潤す一滴の雫の朝露となろう」