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ヴェルディカの灰羽  (残)

「おなか減ったなあ」

ヴェルディカは道端でうずくまり、通り過ぎる人々を見ていた。

ここ何日も食事をしていないせいで、ヴェルディカの羽根は灰色がかっている。

もとは純白であったが、このままでは黒くなって、堕天してしまうかもしれない。

何か食べなくては、そうヴェルディカは思うのだが、どうにも食事するのに気が引けるのだ。

「おなか減ってるの?」

ヴェルディカに少女が声をかけてきた。

「これいる?」

少女の手には真っ赤なリンゴが握られている。

ヴェルディカのことを乞食だと思ったのだろうか。

確かに、そう見えても不思議ではない風体ではあるが。

少女は屈託のない笑顔を見せてはいたが、一向に受け取らないヴェルディカを見て、不安そうにする。

「もしかしておなか減って無い?」

実際ヴェルディカは飢えていたし、目の前に食料があるのだが、手を出せずにいた。

ああ、この純真な魂に牙を立てたなら、どんな甘美な味がするだろうと思う。

それでも手を出すことにためらっていたヴェルディカであったが、飢えは自身が思っていたよりもひどく、自然とヴェルディカの手は動いていた。

そして、ヴェルディカはリンゴをつかんだ。

「じゃあね」

手を振る少女をヴェルディカのことが見えない人間たちにはどう映ったのだろうか。

少女が去り、見えなくなると、ヴェルディカはリンゴを見つめた。

ヴェルディカは自制の効いた自分に安堵し、そしてリンゴをひとかじりした。

リンゴはヴェルディカの空腹を満たすことは無い。

ただ口寂しさを慰めるだけである。

「おなか減ったなあ」

ヴェルディカはリンゴの芯を放り投げ、一人ごちた。


 

『何でそんなに人間の魂を喰らうことに、抵抗を感じるんだ?あいつらは家畜だ。何のために時々あいつらに手を貸していると思っている。あいつらの味を良くするためだけだろ。そんな常識に今更疑問を抱いてどうする?飢えて死にたいのか、お前は?』

ヴェルディカは友人の言葉を思い出しながら、当ても無くさまよっていた。

ヴェルディカは、多分人間を自分たちと重ねているのだと友人に答えた。

必死に生き、泣き、笑い、幸せを求める様に共感しているのだと。

人間は私たちに食われるために必死に生きている訳では無いだろうと。

『人間の家畜は草を食む時、人間に食われることを思うのか?そうではないだろう。生きるために草を食む。子を増やし、子孫を残そうと必死に生きている。それとどこが違う。人間は飼われていることを知らないだけだ』

友人の言葉がヴェルディカの心に重く響いた。

確かに牛や豚は、屠殺とさつされるまで自分が飼われていたなんて思いもしないかもしれない。

人間だって、その魂を引きずりだされるまで飼われていたなんて思いもしないかもしれない。

そうは思うのだが、ヴェルディカは人間の魂を喰らう事に抵抗を感じてしまうのだ。

ヴェルディカがリンゴを食べて空腹を満たされれば、問題無いのだが、いかんせん人間の魂でしかヴェルディカの空腹は満たされないのである。

結論の出ない思考の堂々巡りは、満月の闇夜に溶け込むのだった。


 

「許してください!お願いです!許して・・・」

「許してもねえだろうが。いいからさっさと金出せよ。払うもんはちゃんと払えって言ってるだけだろうが!」

狭い路地裏で若い男が中年の男を殴ったり、蹴ったりしていた。

何でそんな風に殴るのか、痛いだろうにとヴェルディカはぼんやりと眺めていた。

空腹は最高潮で、ふらふらとした足取りで、目もうつろであった。

「てめえ、何見てんだ。見せもんじゃねえぞ」

若い男がヴェルディカに気づいた。

ずんずんと若い男はヴェルディカに近づき、睨めつける。

いつかの少女に比べたら、その魂はまずそうだった。

しかし、こんなくずの様な人間なら食べてもいいかもしれないと、ヴェルディカは思った。

もちろんそれはヴェルディカの判断であり、実際は誰かにとってその若い男は唯一無二の男かもしれなかった。

「ああん?なんか文句あるの?お前・・・」

ヴェルディカは若い男の腹に腕を伸ばした。

そして、その魂を引きずりだした。

崩れ落ちる若い男、手にした魂は明らかにまずそうだったが、背に腹はかえられない。

ヴェルディカはシャリシャリと音を立てて、味わった。

その魂は思ったよりもまずく、吐きそうになるが、せっかく口にした食料を吐き出すまいと、口を押さえ、腹に押し流した。

そして、久方ぶりに満腹感を味わっていた。

だが、腹の中でうごめくようなむかむかがあった。

まるで食中毒にでもあったかのように。

気分が悪い、ヴェルディカはそう思った。

その上まだ腹の中の魂に意思があるように、ヴェルディカをいらいらとさせ、破壊衝動がむくむくと沸きあがるのだ。

やがてヴェルディカはいらいらを周りにぶつけ始めた。

手近なものを蹴り飛ばし、壁に拳を叩きつけた。

そして、ヴェルディカは、見つける、おびえた表情でヴェルディカを見つめる中年の男を。

ヴェルディカは舌なめずりをして、それを壊した。

哄笑こうしょうするヴェルディカ。

その翼は真っ黒く染まっていた。


 

もはやヴェルディカは人間を喰らうことに、何ら躊躇ちゅうちょすることは無くなっていた。

今日もよりうまい魂を探し求め、空を駆け巡るのだ。

「食いものは腐るほどある。さて、どれから頂こうか」

その漆黒の翼をはためかせて。

栖坂月先生


無視のできない作品が続きました。

この作品と『ある能力に〜』の二つは、どちらも素晴らしいと思います。それぞれに趣は違いますが、スッキリとした文体で、興味深く怪しげな物語で、思考する余地の残しながら明確な答えを示していると感じられました。読み応えのある作品、まずはありがとうございました。

特にこの作品、こういう話で私が釘付けになるのは、珍しいと思っています。矛盾を上手に描いた作品ではあると思うのですが、この全体に漂う虚しさ、悲しさは、なかなかすんなりと出てくるようなものではないように思います。

純粋な魂を考え無しに食べる白い翼の者と、望まぬ魂を食して黒く染まった者、どちらがより正しい存在なのか――いや、そもそも正しいなどという価値観こそ正しいのか、そんな堂々巡りをさせられてしまいました。

それにしても先生、最近特にコメディの切れが増しているように感じられます。大変結構なことなのですが、使いすぎると私のように羽が黒くなってしまいますので、お気をつけを(笑)

また来ます。それでは


午雲先生


山羊ノ宮先生、ヴェルディカの灰羽、作品読ませて頂きました。異界の存在が有つ禍々しさ、その雰囲気がよく出て居ると思います。

ヒトの生き霊?なまの魂を喰らう天使・・・・・・そう、妖精とか天使といえば善の化身として描かれる例がふつうだけど、異界の存在とは本来、まがまがしきもの、との認識が存りしもの、とも予感されます。生き肉を喰らう鷹と死肉を喰らう鴉と、どちらが残酷か?そんな命題すら感じ取れます。あの魔女もののようにこの天使もこれから活躍を始めるのでしょうか?主役のキャラが際立ち、その分、脇のキャラや筋立てが印象薄くなってしまい、バランス的にどうか?とも想われましたので、あえて星四つとしておきます。しかし、なかなか刺激的でありました。感想、以上です。

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